『正体』
藤井道人監督と横浜流星のお馴染みタッグによる、逃亡死刑囚を信じる人たちとの出会い。
公開:2024年 時間:120分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 藤井道人
脚本: 小寺和久
原作: 染井為人
『正体』
キャスト
鏑木慶一: 横浜流星
安藤沙耶香: 吉岡里帆
野々村和也: 森本慎太郎
酒井舞: 山田杏奈
又貫征吾: 山田孝之
井澄正平: 前田公輝
川田誠一: 松重豊
安藤淳二: 田中哲司
井尾由子: 原日出子
笹原浩子: 西田尚美
足利清人: 山中崇
後藤鉄平: 宇野祥平
金子健介: 駿河太郎
野口園長: 木野花
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
日本中を震撼させた凶悪な殺人事件を起こして逮捕され、死刑判決を受けた鏑木慶一(横浜流星)が脱走した。
鏑木を追う刑事の又貫征吾(山田孝之)は、逃走を続ける鏑木が潜伏先で出会った人々を取り調べる。しかし彼らが語る鏑木は、それぞれがまったく別人のような人物像だった。
さまざまな場所で潜伏生活を送り、姿や顔を変えながら、間一髪の逃走を繰り返す鏑木。やがて彼が必死に逃亡を続ける真の目的が明らかになる。
レビュー(若干ネタバレあり)
横浜流星×藤井道人
一家の惨殺事件の犯人として逮捕され、死刑囚となっていた鏑木慶一(横浜流星)が搬送中に脱走し、姿を変えながら各地を転々と逃亡する。彼は潜伏先でどんな人々と出会い、そして逃亡を続ける先には何があるのか。
無実の罪を着せられているのかどうかはともかく、主人公が必死で逃亡するプロットは、何度も映画やドラマになっている『逃亡者』を思わせる。私が観たのはハリソン・フォード版だが、日本でも江口洋介や渡辺謙でドラマ化されている。
もっとも本作はそのリメイクではなく、染井為人の同名小説の映画化。亀梨和也の主演でWOWWOWドラマにもなっている。ちなみに私は未見・未読の状態で本作を鑑賞。
監督は藤井道人。横浜流星とは『青の帰り道』、『DIVOC-12(短編)』、『ヴィレッジ』、『パレード(NETFLIX)』と多くの作品を手掛け、信頼関係は絶大。
そもそも、諸般の事情で撮影・公開順が前後してしまったが、本来この作品は横浜流星との初長編映画になる予定で長年取り組んでいたものなのだそうだ。
そんな経緯もあって、本作は大いに期待していたのだが、正直言って、私にはイマイチ刺さらなかった。
とはいえ、世間一般の評価は高いようだし、報知新聞の映画賞も取っちゃうし(公開前の受賞はどうかと思うけど)、ついでにウチのカミさんも感動していたので、私のような意見は少数派なのかもしれない。
期待外れだったのは、物語の重要な要素であるはずの、警察側の描き方があまりに説得力に乏しい点、これに尽きる(ネタバレになるので、後述とさせていただく)。
横浜流星渾身の七変化
横浜流星の演技は、相変わらずのハイレベルだったと思う。映画に感動する人が多いとすれば、彼の演技力がこのリアリティのない設定を補って余りあったということなのだろう。行く先々で容姿をたくみに変えて別人になりすます。
◇
まずは大阪のブラックな工事現場で長髪と無精ひげに牛乳瓶の底のような丸眼鏡をかけ、日雇い労働者になった鏑木と、一見怖そうな同僚・野々村和也(森本慎太郎)との不思議な友情。
現場を仕切ってる駿河太郎が怖すぎて、『ヤクザと家族 The Family』を思い出した。この工事現場のヤバさも『ヴィレッジ』っぽく、いかにも藤井道人監督らしいバイオレンスな世界をもっと堪能したかったが、身元がバレそうになり、鏑木は失踪する。
◇
次はフリーのネット記事ライターとして、出版社に潜り込んで仕事をする鏑木。彼の才能を買う安藤沙耶香(吉岡里帆)と親しくなり、信頼関係を築いていく。
彼女の父親(田中哲司)は弁護士だが、女子高生痴漢冤罪で被告人となっており、そのことが沙耶香の鏑木に対する心理にも影響を与えている。
鏑木は金髪にマスク着用だが、沙耶香との食事でマスクを外したところで、初めてまともに横浜流星の顔が拝める。
◇
最後は諏訪湖近くの介護施設に勤務する鏑木が、同僚として酒井舞(山田杏奈)と出会う。舞は上京して専門学校に行くも挫折し、この施設にUターン就職(この設定、意味あったかな)。
真面目そうで清潔感溢れるイケメンの鏑木に舞は恋愛感情を抱くが、あることで彼を不利な立場に追い込んでしまう。
この三回の別人なりすまし以外にも、両目を一重にして水産加工工場で働いたりと、横浜流星の七変化はなかなかの見もの。
ただ、鏑木があちこちで出会いを繰り返すロードムービー的な雰囲気を出すのなら、わざわざ序盤に、刑事課長の又貫征吾(山田孝之)が森本慎太郎、吉岡里帆、山田杏奈、ついでに田中哲司とも、事情聴取するシーンを入れる必要があったか。
鏑木を知る者みんなが口を割らないことで、彼の善人ぶりを匂わせたいのだろうけど、はじめから登場人物を明かしてしまうことでやや興ざめだった。
レビュー(本格ネタバレ)
ここから本格ネタバレしているので、未見の方はご留意ください。
その誤認逮捕はおかしいだろう
住宅街での一家惨殺事件で頭に浮かぶのは、『愚行録』(2017、石川慶監督)や『キャラクター』(2021、永井聡監督)あたりか。
いずれも、猟奇殺人犯が主役級の扱いだが、本作では、当初模倣犯と思われた謎の男(山中崇の怪演、ワロタ)に余罪があり、こいつが真犯人ではないかということになる。
鏑木の冤罪は観客の誰しもが初めから確信していることだろうが(そうでなかったら結構衝撃的だ)、それでも、なぜ彼が誤認逮捕されてしまったのかということは、この物語において重要なファクターだろう。
だが、その部分の説得力が本作はどうにも弱い。唯一の目撃者で生き証人である祖母・井尾由子(原日出子)は、ショックと現実逃避から、現場から逃げた真犯人のことを忘れ、そこに残っていた鏑木を犯人と証言する。
◇
その鏑木はたまたま通りがかった若者で、悲鳴を聞いてドアの開いた家に入り血だらけの惨殺現場に足を踏み入れる。逃げる犯人を見るが、被害者の背中に刺さった鎌を抜いてあげたところに、警察が踏み込んできて現行犯逮捕。
三人殺され、血みどろの現場で、顔にしか返り血を浴びていない鏑木が、一旦拘束されるにしても、そのまま死刑判決ではさすがに警察の捜査や裁判がずさんすぎないか(昭和の冤罪事件ならともかく)。
警察の描写が薄っぺらい
又貫刑事(山田孝之)は鏑木の犯行説を信じ切れてはいないようだが、上司の川田刑事部長(松重豊)に押し切られて、18歳の青年を逮捕し、そして逃げられる。
警察の暗部を描くにしても、悪者は松重豊ひとり。しかも世間が大騒ぎする死刑囚脱走なのに、足取りを追っているのはいつも又貫刑事と部下(前田公輝)の二人だけ。警察組織の描き方があまりに薄っぺらい。
松重豊は『孤独のグルメ』や『HERO』など、善人役も目立つが、本来はこういう不気味な役の似合う役者だったと再認識。
鏑木が諏訪湖の介護施設に潜入していたのは、そこに入居している井尾由子(原日出子)に近づくため。それも復讐ではなく、再度証言をしてもらうためだった。
物語は結局、誤認逮捕の可能性を確信した又貫刑事の英断で、裁判のやり直しとなる。裁判長が「主文」といったあとにサイレントになる演出は斬新。
鏑木が指名手配犯だと分かり、懸賞金欲しさに通報する野々村(森本慎太郎)。無断で鏑木の動画をSNSに上げたことで、図らずも「脱走殺人犯」の所在を世間に流布してしまう舞(山田杏奈)。
この二人はあまり信頼の絆をアピールできる立場にないのではないかと斜に構えて見てしまう。首尾一貫して鏑木を信じていたのは沙耶香(吉岡里帆)だけだったなあ。
でも、世間では隣近所の人に評判も良い「あんないい人が」殺人事件を犯すことだって少なくない。養護施設の園長(木野花)をはじめ、鏑木を知る人が皆、なぜ彼を無条件で信じてくれたのか。
それこそがこの物語の真髄だと思うのだが、結局みんな、安易に信じてしまっていやしないか。