『かそけきサンカヨウ』 考察とネタバレ:<幽き>なのは花ではなく、父子家庭で手もかけずに育った娘との親子関係

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『かそけきサンカヨウ』 

今泉力哉監督が、窪美澄の短編原作を映画化し、秘蔵っ子の志田彩良を主演に迎えた家族ドラマ。今回は笑いなしのシリアスタッチ。

公開:2021 年  時間:115分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:     今泉力哉
原作:      窪美澄
     『かそけきサンカヨウ』
 (『水やりはいつも深夜だけど』所収)

キャスト
国木田陽:  志田彩良
国木田直:  井浦新
国木田美子: 菊池亜希子
清原陸:   鈴鹿央士
鈴木沙樹:  中井友望
有村みやこ: 鎌田らい樹
宮尾数人:  遠藤雄斗
清原夏紀:  西田尚美
清原絹江:  梅沢昌代
三島佐千代: 石田ひかり

勝手に評点:2.5
(悪くはないけど)

(C)2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会

あらすじ

高校生の陽(志田彩良)は、幼い頃に母の佐千代が家を出て、父の直(井浦新)とふたり暮らしをしていた。しかし、父が再婚し、義母となった美子(菊池亜希子)とその連れ子の4歳のひなたとの4人家族の新たな暮らしが始まった。

そんな新しい暮らしへの戸惑いを、同じ美術部に所属する陸(鈴鹿央士)に打ち明ける。実の母・佐千代への思いを募らせていた陽は、絵描きである佐千代の個展に陸と一緒に行く約束をする。

レビュー(まずはネタバレなし)

幽き山荷葉の透明な花びら

今泉力哉監督が、笑い一切なしの全てシリアスタッチなドラマを撮るのは珍しい。得意の恋愛ものではあるが、むしろ家族との関係に比重が高く置かれている。

原作は、『ふがいない僕は空を見た』窪美澄による、短編小説集の中の一篇だ。聞き慣れない言葉にタイトルの意味がすぐに浮かばないが、<かそけき>とは淡い、薄いといった意味の修飾語で、<サンカヨウ>は山荷葉と書き、水に触れると花びらが透明になる、小さな白い花を咲かせる植物。

短編集の作品はみなカタカナの植物名が含まれており、本作タイトルもそれにならったものだが、知らないととっつきにくい。

主演はついに今泉作品で主演に抜擢が嬉しい志田彩良『パンとバスと2度目のハツコイ』での主演・深川麻衣の妹役として、姉を食うほどの存在感。その他、『mellow』『his(ドラマ版)』など、今泉力哉監督の常連メンバーの一人といえる。

志田彩良の凛とした端整な顔立ちが、本作の、父と二人暮らしで早く大人びてしまった娘の役に似合う。そして、彼女が演じる主人公・陽の父親・国木田直を演じるのが井浦新。硬軟合わせてどんな役柄でもこなす井浦だが、今回は娘思いの実に物静かで優しい父親だ。

陽には同じ美術部に仲の良い級友の清原陸(鈴鹿央士)がいるが、映画のメインはあくまで父と娘の関係なのだろう。ポスタービジュアルもこの二人になっている。

遠い日の母の記憶と、新しい家族

「自分の覚えている、一番古い記憶って何?」
同じ高校に進んだ仲良しの男女が制服姿で、レトロな喫茶店で話に盛り上がっている。

(C)2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会

その場で思い出せなかった答えを、陽は家に戻って夕食の準備をしていて思い出す。それは、山の中で母の背負い子に入れられた赤ん坊の自分に、サンカヨウの花の説明をしてくれる母。

「これがサンカヨウ。朝露や雨を吸って、どんどん透明になるのよ、きれいね」
だが、仰向けに背負われた陽には空しか見えず、花の姿など分からない。不思議なシーンだ。

次第に陽の置かれた環境が分かってくる。彼女は父親と二人暮らしで家事を引き受けている。幼い頃に出て行った母の記憶は殆どない。やがて父は唐突に、結婚したい女性がいると娘に切り出す。そして、その女性・美子(菊池亜希子)には、小さな連れ子のひなたがいた。

原作は短編のため、後半部分は大きくオリジナル脚本が追補されているのだが、まず中盤までの展開は原作にほぼ忠実でありながら、効率的な構成でテンポよく進む。サンカヨウについて、画像と説明を付してくれるのも親切でよい。

(C)2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会

原作から膨らましていく世界観

陽たちが住んでいる、古そうだが大きな戸建ての家や、仲間で入り浸る昭和イメージのカフェ(店長は常連の芹澤興人)など、映画ならではのゆったり感もいい。

ボーイフレンドの陸は心臓が悪く、夏休みに手術をする必要があるという設定は原作通りだが、母(西田尚美)や祖母(梅沢昌代)まで交えたドラマが加わっている。

善人すぎて世間ずれしていない陸の鈴鹿央士は、『蜜蜂と遠雷』の天才ピアニストと重なる。母と息子で同じようなヘアスタイルなのが笑ってしまう。手術のシーンは、急遽お母さんが患者になったのかと錯覚した。

陸の話を膨らます一方で、幼い頃の陽を世話して料理を教えてくれたエミ叔母さんは、映画には名前とイラスト豊富なレシピ本しか登場しないのは、ちょっと寂しい。

(C)2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会

テンカラット設立25周年企画

本作は、芸能事務所のテンカラット設立25周年企画の第二弾となっている。ちなみに第一弾は熊澤尚人監督の『おもいで写眞』、主演は深川麻衣。なんと『パンとバス~』の姉妹役の二人で、企画の主演を独占である。

この企画ゆえ、志田彩良井浦新は勿論、菊池亜希子や、陽の仲良しメンバーの沙樹を演じた中井友望など、多くの俳優がテンカラット所属となっている。

そういえば、坂元裕二のドラマ『問題のあるレストラン』では、セクハラ被害のOL役を菊池亜希子、その高校時代を志田彩良が演じていたっけ。その二人が、今回は義母と娘になる訳だ

でも、企画ものって観る側には何の感慨もないけど、製作者にはいろいろと制約がありそう。そういうのはモト冬樹生誕60周年記念の『こっぴどい猫』で懲りたかと思ったのに、今泉力哉監督、頑張るなあ。

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レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

生みの親の描き方に強烈な違和感

さて、本作の評点はやや厳しめになってしまった。これは、先に原作を読んでいた弊害かもしれない。窪美澄の原作『水やりはいつも深夜だけど』の印象が強すぎるせいかもしれない。

他の短編もみな小さな子供をもつ親の話なのだが、いずれも秀作だ。本作の原作も短編ならではの淡泊さと物足りなさが、むしろ良い読後感になっているのだが、対して映画では間延びした感じが否めない

私が本作でいちばん違和感を覚えたのは、陽の生みの母である三島佐千代の描き方である。

陽は、母のことをもっと知りたいのに、父は何も語ってくれない。親の都合で早くに大人になってしまった陽は、琴線に触れるこの質問を、剥き出しに父にぶつけられない。

「嫌いになれるほど、お母さんのことよく知らないよ」

陽が父親にぶつける台詞はオリジナルだが、同じ言い回し『パンとバス~』にも『こっぴどい猫』にも登場するので、正直新鮮味はない。

勇気を出して陸を連れて画廊に会いに行った母は、だが自分の娘に気づきもしなかった。原作での、この残酷な展開にこそ意味があったように思う。だから、陽は新しい家族と次のステージに進めたのではないか。

(C)2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会

SNSアプリの受信は映画に感動を与えない

ところが映画では、この役を石田ひかり(当然テンカラット所属)が担う。となればもう少し出番も増やさないと、という忖度か条件かは知らないが、この生みの親はすぐに舞台から引っ込まない

実は娘の画廊来店に気づき(ならば、なぜ塩対応?)、別れた夫に淡泊なSNSアプリのメッセージ送信、更には娘と再会(会話内容は不明)、と徐々に距離を詰めてくる。でも、それではドラマとして成り立たなくならないか。

「子どもを愛しているのに、家を出て行ってしまうことなんてあるの? 大人は、自分の産んだ子どもの顔を忘れてしまうこともあるの?」

珍しくヒートアップした陽の激しい問いかけに直が答えに窮するからこそ、クライマックスだった原作の場面。なのに、「陽、ごらん。佐知代さんからメッセージが来てる。気づいてたんだよ」じゃ、ダメじゃん全然。ここで頭を抱えた。

思春期の娘が、水彩画と水墨画の違いはあるけれど、自分を捨てた母と同じ道に進もうとしているという点で、本作は藤井道人の『宇宙でいちばんあかるい屋根』に似ている。でも同作では、娘(清原果耶)に生みの親(水野真紀)は決して歩み寄らない。冷たくみえたけれど、ドラマとしてはそれでいい。

もし、陽と佐千代の新たな関係を描くのであれば、再会して語り合った場面をしっかり見せるべきで、SNSアプリでのやりとりなど捨て去ってほしかった

陸のオリジナル脚本部分のもつ意味

本作では後半の陽の告白から始まる陸とのギクシャクした関係だとか、陸の心臓の手術に関わる一連のエピソードなどが加わってくる。これは原作にはないオリジナル部分で、今泉監督の恋愛映画の演出はさすがに安定感がある。

ただ、喫茶店でバイトしながら受験勉強中の親友・沙樹が、陽と陸との間に三角関係で入り込んできそうな気配を見せるのは不思議だ。

また、陽から誕生日会の招待状をもらった陸が、なぜすぐその後に母親と、海外出張で常時不在の父親について語り出すのかもわかりにくい(まあ、息子の心臓の手術には、さすがに父親にも一時帰国してほしいが)。

陸が心臓手術から間もないのに、わざとダッシュして倒れこんじゃうのも無謀だと思うが、そこに美子のママチャリが居合わせる偶然もちょっと作為的すぎる。

そして、いちばんの謎は、男を取り合う女二人の片方がもうすぐ病死するらしく、「こんなキレイなハッピーエンドはないね」と語り合う劇中劇が、何の脈絡もなく挿入されていることだ。

直の仕事の関係で2パターンの映像を陽に視聴比較してもらっているのだが、この長尺のシーンには、どんな意味が込められていたのか。まさか、同じ事務所の石川恋を出したかっただけ?

(C)2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会

父の淡泊さを義母の熱さが打ち返す

井浦新が演じる父親は寡黙で穏やかすぎて、感情の起伏が伝わってこないのが惜しい。始めから父が娘に迎合するから、ぶつからないし、話が盛り上がらない。対極的な例だが、𠮷田恵輔の『空白』で古田新太が演じた破天荒な父親の方に、よほど娘への愛情を感じてしまう。

そのキャラ設定の弱さを一手に打ち返しているのが、美子を演じた菊池亜希子だと思う。本作の感動場面には、いつも彼女が絡んでいる。「お母さんって呼んでいい?」と陽が美子に尋ねる場面もグッときた。

原作では、サンカヨウの花のように、透明で強い女の人になりたいと、陽は美子を見て強く思うのだ。だから、美子の持つ透明な強さを、映画ではもっと感じさせてほしかった。

何はともあれ、役作りのために私生活でも家事を一手に引き受けたという志田彩良のプロ根性は頼もしいではないか。彼女がいつかやってみたいというサイコパス役も、早く観てみたい。