『傲慢と善良』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『傲慢と善良』考察とネタバレ|原作比、ちょっと気が抜けた炭酸水

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『傲慢と善良』

辻村深月のベストセラーを、藤ヶ谷太輔と奈緒の共演で映画化した、現代の『高慢と偏見』。

公開:2024 年  時間:119分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:       萩原健太郎
脚本:       清水友佳子
原作:        辻村深月

          『傲慢と善良』
キャスト
西澤架:      藤ヶ谷太輔
坂庭真実:        奈緒
美奈子:      桜庭ななみ
岩間希実:     菊池亜希子
坂庭陽子:      宮崎美子
坂庭正治:      阿南健治
小野里:      前田美波里
よしの:       西田尚美
高橋耕太郎:      倉悠貴
あゆみ:       森カンナ

勝手に評点:3.0
  (一見の価値はあり)

(C)2024「傲慢と善良」製作委員会

あらすじ

これまで仕事も恋愛も順調だった西澤架(藤ヶ谷太輔)は、長年交際していた恋人にフラれたことをきっかけに、マッチングアプリで婚活を始める。

そこで出会った控えめで気の利く坂庭真実(奈緒)と付き合い始めたものの、一年経っても結婚に踏み切れずにいた。

ある日、真実がストーカーに狙われていることを知った架は、彼女を守るためようやく婚約を決意するが、真実は突然姿を消してしまう。

真実の行方を求めて彼女の両親や友人、同僚、過去の恋人を訪ね歩くうちに、架は知りたくなかった彼女の過去と嘘を知る。

レビュー(まずはネタバレなし)

辻村深月のベストセラーである恋愛ミステリーを、藤ヶ谷太輔奈緒で映画化。二人の共演はドラマ『やめるときも、すこやかなるときも』以来か。監督は8月に『ブルーピリオド』が公開されたばかりの萩原健太郎

藤ヶ谷太輔が演じる主人公の西澤架はマッチングアプリで絶賛婚活中で次々と女性とお見合い。ロレックスとメルセデスを持ち、家業のクラフトビール会社を継ぐイケメン若社長が婚活にあせる姿に説得力はない。

婚活にうんざりしかけた矢先に、架は純朴で控えめそうな女性・坂庭真実(奈緒)と出会い、交際を始める。

(C)2024「傲慢と善良」製作委員会

交際し一年以上経ったころ、真美はストーカー被害に遭う。彼女を護るために、架は同棲を提案し、やがて二人は婚約する。だが、結婚が近づき真美が寿退社した送別会のあとから、彼女は忽然と姿を消してしまう。

結婚直前に彼女が失踪してしまい、その消息を追う男が婚約者の過去を知っていく話だ。

近年なら杉咲花『市子』がそんな内容だった。あちらほど壮絶ではないものの、本作では現代の結婚観というものを掘り下げて、恋愛ミステリーに仕立てている。

さて、辻村美月の原作を過去に読んでおり本作には期待もあったが、順番的にも内容的にも、どうしても読書体験が映画を上回ってしまった。

これが単に、筋書きを知っているせいであるならば、映画に落ち度はないし、未読初見の観客は楽しめるから問題ないと思う。だが、原作の読後のような感銘が得られなかったのは、脚本と演出が弱いせいもあるのではないか。

ネタバレにならないよう気をつけながら、いくつか例を挙げたい。

映画のコピーは「運命の恋、そう信じたかった」とあり、公式サイトの簡潔なあらすじには、ご丁寧にも「架は知りたくなかった彼女の過去と嘘を知る」と書いている。

原作では、真美が逃げ込んだタクシーから必死に架に助けを求めて電話をするプロローグから始まり、彼女がなぜ失踪したのか、ストーカーは誰なのかという点は、中盤まで明らかにされない。だからこそ読み手は引き込まれる。

だが、映画はその面白味を、プロモーション段階で早くも放棄してしまっている。

(C)2024「傲慢と善良」製作委員会

原作では失踪した真美を捜索するために、架は警察を頼りにするが、事件性が認められないので動けないことを警官が理路整然と説明する。

この場面は現実味と絶望感の創出から重要だと思うが、映画では真美の姉の希実(菊池亜希子)が早口で説明することで、お手軽に片付けられてしまっていて、淡泊だ。

一事が万事で、映画には原作ではずせないポイントをあっさり流してしまっていることが多い。時間の制約で原作の通りといかないのは百も承知だが、ストーリーの辻褄を合わせることにとらわれ、エモいポイントの演出の緩急が弱かったように思う。

(C)2024「傲慢と善良」製作委員会

そんな中でも主演の二人は良かった。

西澤架役の藤ヶ谷太輔は、『そして僕は途方に暮れる』での強烈なチャラい雰囲気が本作でも垣間見え、スタイリッシュな部屋や交友関係など衣食住すべて鼻持ちならない感じだが、それは原作由来であり、好演している。

一方の坂庭真実役の奈緒は、群馬出身の清楚なお嬢様のような内向的なキャラは『マイ・ブロークン・マリコ』など得意とするところだが、本作ではしだいに本当の自分を取り戻していく力強い姿が印象的。彼女の熱演で本作が成立しているといってもいい。

真美が群馬の実家にいた頃に世話になった結婚相談所の小野里さん(前田美波里)は、映画ではワンシーンのみの登場だが、存在感は抜群。この役に前田美波里は予期していなかったが、これはハマリ役。

(C)2024「傲慢と善良」製作委員会

かつてのオースティン『高慢と偏見』のような結婚観が、現代では『傲慢と善良』になっている。みな自分が可愛く傲慢でいるくせに、親や周囲には善良であろうとして結婚できない。

結婚相手がピンとくるというのは、自分に付けている点数に、相手が見合うかどうかという傲慢な判断なのだ。なるほど、刺さるかも。

首をかしげてしまったキャスティングもある。真美の母親役の宮崎美子。この母は娘に自分の理想を押し付ける過干渉な毒親である。

宮崎美子はしっかり演じているのだが、原作よりもキャラの異常さが少し過剰だ。前田美波里のインパクトに拮抗させる必要はない。個人的な願望としては、宮崎美子はいいお母さんであってほしい。

その意味では、後半の佐賀県で登場するジャズ喫茶兼スナックのママ・よしのを演じた西田尚美の方が、毒親役はフィットしたと思う。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意ください。

原作は二部構成になっており、前半は失踪した真美を追い、その過去を探っていく架が最後に真美の嘘について確信を得るまで、後半は、居場所をなくした真美が被災地のボランティアにいって自分を見つめ直し立ち直る様子を描いている。

前半には失踪した真美はほとんど登場せず、同様に後半では彼女を探す架はほとんど登場しない。この構成は実に映画的だったのに、実際の映画では、距離を隔てたこの二人を、微妙に同時並行で重ねてしまっており、勿体ない。

特に、地方に向かうバスに乗る真美を序盤で見せてしまったのは、種明かしが早すぎるだろう。

(C)2024「傲慢と善良」製作委員会

失踪直前に訴えていたストーカーの存在から真美の過去を洗う架は、実家で母親に束縛され、いい子の自分の殻を破れない共依存だった彼女の姿を知る。

東京から群馬に頻繁に出向いては、ストーカー容疑のある過去のお見合い相手に面談し彼女の消息を探る架。元ヤンの妻と子供がいる太った男歯医者を営むオタクっぽい独身男。イメージ通りではないが、これはこれで面白く分かり易い。

原作以上に怖かったのが、架を取り巻く昔からの女友達。架の元カノのあゆみ(森カンナ)とも親しかった、意地悪そうな女たちだ。

「真美ちゃん、婚活アプリなんかで好条件の架と出会えてよかったよね。それにストーカーの嘘までついて、あいつに結婚にも踏み切らせたし」

婚活で出会った女性を1年以上も引きずる男もいただけないが、会社の送別会帰りの真美に偶然出会った、架の女友達が、彼女を囲んでズケズケというところが恐ろしい。

極めつけは、「あなたは70点の女性だけど妥協して結婚するんだって架が言ってたよ」との台詞。原作でも映画でも、ドン引きですわ、これ。女友だちの中心人物、誰かと思えば、清純派だった桜庭ななみじゃないか。豹変に驚く。

(C)2024「傲慢と善良」製作委員会

結局、煮え切らない男に一芝居うって、婚約まで持っていった女が、それがバレてしまったので佐賀まで逃げてボランティア活動をするという話なのだ。

前半は湊かなえ的なイヤミスの匂いがあったが、後半でボランティアを始める彼女が過去の自分を捨て、素直に生きることを覚え始めると物語に光明がさす。

原作とほぼ近い展開だったが、田舎に逃げてからはだいぶ内容が異なる。具体的には原作では東北の被災地にボランティアに行った真美が、写真館の写真洗浄や地図作りなどをし、仲間の青年から好意を寄せられる。

映画では佐賀のボランティアで被災した家を掃除したり、みかんを育てる。仲良くなる青年(倉悠貴)もいる。町おこしとしてみかんビールを醸造することになり、自分の名を出さずに架の会社を紹介する。

(C)2024「傲慢と善良」製作委員会

映画版のアレンジも悪くないとは思ったが、二つひっかかる点があった。

まずは、現地に来て真美の所在を知った架は彼女と再開するが、彼女にその気はなく復縁はならず、あきらめて帰京しようとする。そこを追いかけてきた真美と寂れた駅で再会し、最後は抱き合って。

これを泣けるというのかベタというのかは人それぞれだが、せっかく駅を使うのなら、列車がくるタイミングをちゃんと待って、会えるかどうかのハラハラ感は作るべきだろう。

このホームでロケして列車撮らないなんて、森田芳光監督じゃなくてもあり得ない。

もう一つは、みかん栽培の設定にしたことで、被災地に暮らす老人が登場しなくなってしまったこと。

原作では、真美の過去の失態や失恋話を聞いた老女が、
「私たち知り合ったのは婚活だし」
と卑下する真美に
「あんだら大恋愛なんだな。今の若い人だぢは自分が恋愛してんのかわがんねえの?」
とか
「相手が明日も待っててくれると思うのは図々しいっちゃ」
といい、彼女に復縁の背中を押す。

このおばあちゃんの田舎訛りと、多くのひとを突然に失った被災地ならではの言葉が胸を鷲掴みにした。映画ではそれをよしの(西田尚美)に標準語でサラッといわせるだけなので、感動のしようがない。これは興ざめだった。

原作読まずに観たら感動できたのかは知りようがないが、田舎にきて運命的な再会をしても真美にフラれて帰っていく架を、最後に彼女が駅で引き戻すっていうのは、やっぱイケメン社長だらしなくないか。