『凪待ち』 考察とネタバレ:凪を待っているのだ、彅ではない

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『凪待ち』

ギャンブル依存症のダメ男を演じる香取慎吾の背中が広い。石巻の人々が向き合う、喪失と再生の重み。必死にもがきながらも、また賭け事勝負の世界が彼を招き寄せる。老いた漁師・吉澤健の背中もまた広かった。

公開:2019 年  時間:124分  
製作国:日本

スタッフ 
監督: 白石和彌

キャスト
木野本郁男: 香取慎吾
昆野美波:  恒松祐里
昆野亜弓:  西田尚美
昆野勝美:  吉澤健
村上竜次:  音尾琢真
小野寺修司: リリー・フランキー

勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)2018「凪待ち」FILM PARTNERS

あらすじ

毎日をふらふらと過ごしていた木野本郁男(香取慎吾)は、ギャンブルから足を洗い、恋人・亜弓(西田尚美)の故郷・石巻に戻る。

そこには、末期がんであるにも関わらず、石巻で漁師を続ける亜弓の父・勝美(吉澤健)がいた。亜弓の娘・美波(恒松祐里)は、母の発案で引っ越しを余儀なくされ不服を抱いている。

勝美は末期がんに冒されながらも漁師を続けており、実家では、近隣に住む小野寺(リリー・フランキー)が世話を焼いていた。

人なつっこい小野寺は、郁男を飲み屋へ連れていく。そこで、酒に酔った村上(音尾琢真)と出会う。村上は、亜弓の元夫で、美波の父だった。

亜弓は美容院を開業し、郁男は印刷会社で働きだす。郁男は、会社の同僚らの誘いで競輪のアドバイスをすることに。賭けてはいないもののノミ屋でのレースに興奮する郁男。

ある日、美波は亜弓と喧嘩して家を飛び出す。亜弓は夜になっても帰って来ない美波を心配してパニックに陥り、激しく罵られた郁男は彼女を車から降ろしてひとりで捜すよう突き放す。その夜遅く、亜弓は遺体となって発見される。

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レビュー(まずはネタバレなし)

新しい地図には新しい絵を描こう

キノフィルムズは新しい地図の三人を主演にそれぞれ新作を作っている。『半世界』の稲垣吾郎と同様に、本作の香取慎吾も、演技に新鮮味を感じ、新たな境地を開いたように思う(草彅剛の『台風家族』は残念ながら未見)。

主人公の郁男が人生に落伍してギャンブル三昧で内縁の妻にも見放された中年男という設定では、持ち前の明るさを発揮する場所もなく、香取慎吾は終始陰鬱な表情。

競輪から足を洗い、妻の実家であり石巻に暮らすようになるが、決意も空しく、やはりギャンブルはやめられず、この町でもノミ行為で競輪を再開。

石巻で更生しかけたかのように見えた郁男の人生は、ギャンブル依存で自暴自棄なものに流転していく。

白石和彌作品ゆえ、警察もノミ行為の暴力団もくせ者揃いに見えてしまう。墜ちていく香取には三國連太郎のような目のクマが印象的だ。

全編を通じうす暗く緑がかったような映像が、石巻の風景に重苦しさを与える。喪失と再生の苦しみを味わったものにしか、分からない、伝えられないものがある。

そのために、この町が舞台に選ばれ、闘病しながら漁師を続ける勝美という存在が必要だったのだろう。

レビュー(ここからネタバレ)

墜ちていく男

どうしようもないろくでなしだ。そう自虐的になる郁男は、仕事も失い、引っ越し間際まで娘の美波とTVゲームに興じる頼りなさそうな男だが、石巻で定職につき、心機一転家族のために頑張る気持ちでいたはずだ。

だが、狭い町では亜弓の前夫・村上が養育費を打ち切ると絡んでくるし、職場では同僚がノミ行為の指南を頼んでくる。ほんの少しのつもりの出来心で再開した賭博。気が付けば深入りし、元の自分に戻ってしまっている。

そして、妻・亜弓が殺される。母娘ケンカの末に夜になっても帰らない美波を、夫婦で探すうちに、

「あなたは自分の娘じゃないから、のんきにしていられるのよ!」

その亜弓の一言に逆上した郁男は、彼女を夜道に放り出す。よくある夫婦喧嘩の延長線だ。だが、友だちを遊んでいた美波はみつかるが、亜弓は戻らない。

ケータイの電源を切って遊んでいたせいだと自分を責める美波は、母を夜道に放り出した郁男にも責任があるのに、黙っていた彼を責める。仲の良かった娘と義父の間に亀裂が入るのは見ていて苦しい。

(C)2018「凪待ち」FILM PARTNERS

誰が殺したのか、なぜ殺したのか

泣きっ面にハチ。妻が殺されたことに加え、冤罪の使い込みで職場を首になる郁男は、職場で暴れたはずみで破壊した機械の弁償も必要になり、また負けが込んでいたノミ行為の支払いも膨れ上がっていく。

「誰が殺したのか、なぜ殺したのか」この映画のキャッチコピーではあり、確かに亜弓を殺したのは誰か気にはなったが、本作はけしてミステリーではないし、フーダニットにはあまり重きを置いていない気がする。

未見の方は、このあとネタバレがあるのでご留意願います。

娘の亜弓と一緒に現れた時にはろくに口もきかなかった漁師の父・勝美だが、郁男が彼女の死に責任を感じていることに気づくと、漁船を売って金を作り、これで借金をきれいにしろと言ってくれる。

こんな大切なおカネをギャンブルですってしまう郁男のダメンズぶりがすごい。いや~、ギャンブル依存症って怖い。観ている方もハラハラする

一方、祭りの縁日で若者相手に突っかかりボコられる郁男の迫力の長回しシーンに通りがかって彼を介抱する小野寺。

「ここで死んだと思って、ここで生まれ変われ。ちゃんと生きろ」
と忠告してくれたり、機械の弁償金まで工面してくれる、親切な男だ。

親切な義父と小野寺。だが、白石作品にそんなに善人ばかり出てくるはずがない。まして、リリー・フランキーの演じる役が善人である比率は、せいぜい20~30%だろう。と思っていたら、案の定である。

だからあまりサプライズはないし、そもそも犯人と納得させる伏線もなかったように思う。動機は、秘かに愛する亜弓への独占欲といったものだろうか。

いずれにせよ、キャッチコピーにするべきは、誰がなぜ殺したよりも、喪失と再生ではないか。

(C)2018「凪待ち」FILM PARTNERS

喪失と再生の繰り返し

さすが賭博師の面目躍如、郁男は最後に大穴を当てる。あわてたノミ屋が逃亡し、賭けの証紙を飲み込んで
「だからノミ屋っていうんだよ」とふてぶてしく言い放つ。

結局、このあとも勝美が一肌脱いで、暴れまわってヤクザに拉致された郁男を助けに、親分に直談判に行くのだ。昔の貸しがあったようで、郁男は解放され、勝った金も払ってくれる。

多くを震災で失ってしまい、自らも余命わずかの勝美は、死んでしまった娘に少しでも縁があり、孫も慕っていた郁男を、放ってはおけなかったのだろう。この男に再生を託そうと思うのだ。

エンドロールの背景で、亡き妻との婚姻届けは海に沈み、海底に眠る石巻市民の家財道具にかぶさっていく。喪失してしまったものは、再生させるしかない。荒だった心にも、凪の状態はいつか訪れる

あくまで偶然だが、この映画を観た日、9年半ぶりに常磐線が浪江町まで全線開通したというニュースが流れた。再生の歩みは遅くても、着実に進んでいる。

以上、お読みいただきありがとうございました。脚本のノベライズもあります。