『そして僕は途方に暮れる』考察とネタバレ|ウチのガヤが面白くなってきた

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『そして僕は途方に暮れる』

三浦大輔監督が自身の舞台を映画化。キスマイ藤ヶ谷の代表作といっていい、途方に暮れる若造を描いた一本。

公開:2023 年  時間:122分  
製作国:日本
 

スタッフ 
監督・脚本:   三浦大輔

キャスト
菅原裕一:    藤ヶ谷太輔
鈴木里美:    前田敦子
今井伸二:    中尾明慶
田村修:     毎熊克哉
加藤勇:     野村周平
菅原香:     香里奈
菅原智子:    原田美枝子
菅原浩二:    豊川悦司

勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

ポイント

  • 藤ヶ谷太輔演じる現実逃避のヘタレな若者が、知人宅を泊まり歩いては関係を断ち切る自暴自棄な毎日の結果、苫小牧の実家へとたどりつく。
  • 主人公に共感はできないが、気の持ち方ひとつで人生なんて楽勝だぜと息子に語る父親と、その割には苦労している父子の姿に面白味。タイトル曲が最後に流れると、すべて腹落ちする感じもいい。

あらすじ

自堕落な生活を送るフリーターの菅原裕一(藤ヶ谷太輔)には、長年同棲している里美(前田敦子)という恋人がいるが、あることをきっかけに彼女を裏切ってしまい、話し合うこともなく家を飛び出してしまう。

親友の伸二(中尾明慶)から始まり、大学時代の先輩・後輩、姉と渡り歩く裕一は、バツが悪くなるとその場を離れ、あらゆる人間関係から逃げ続けていく。

ついには母が一人暮らす苫小牧の実家にまでたどり着くが、そこでも行き場をなくし、途方に暮れる。そんな中、裕一が出会ったのは、偶然に家族から逃げていった父だった。

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レビュー(まずはネタバレなし)

ガヤが演じるダメなヤツ

三浦大輔が作・演出を手掛けた同名の舞台を、自身が監督となり映画化。主演の藤ヶ谷太輔(Kis-My-Ft2)をはじめ、その恋人の前田敦子、親友の中尾明慶と、主要なキャスティングは舞台からの続投。

本作の劇場予告は何度も観ており、てっきり不運に見舞われる若者を描いたコメディだとばかり思っていたのだが、意外にもシリアスタッチな作品だった。いい加減に自堕落な毎日を過ごし、逃げ続ける主人公の現実逃避劇を描いた寓話。

冒頭、定職にもつかず気楽なバイト生活で、恋人の里美(前田敦子)と同棲している主人公・菅原裕一(藤ヶ谷太輔)のダメ男ぶりがいきなり鼻につく。

(C)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

家ではスマホを片時も離さず誰かとLINE、テレビのバラエティ番組をアホ面で眺めては、里美の作った朝食に手を付けず夜までほったらかし。おまけに「風呂の電球切れてるけど」と言い放つ。

ヒモ男だって、もう少し女に気を使うのではないかという子供じみた男。ジャニーズの俳優がこういう役を引き受けるとは正直驚きだったが、藤ヶ谷太輔はこの冴えないダメ男を好演。これは大したものだ。

裕一は浮気相手とのホテル密会が里美にばれ、ろくに言い訳もせずに、「お互いよく考えてみよう」と荷物をまとめて速攻で部屋を飛び出す。

(C)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

ステップダウンライフ

ここから恋人同士が仲直りする話なのかと思ったら、どうも勝手が違う。まず裕一は、同じ苫小牧から上京した親友の伸二(中尾明慶)の部屋に転がり込む。

だがここでも彼は遠慮も気遣いもなく、傍若無人に生活し、愛想を尽かされる。次には大学時代の映画同好サークルの先輩で、同じバイト先の田村(毎熊克哉)を訪ね、やはりしばらく世話になる。

(怖そうな毎熊先輩まで)みんな気持ちよく裕一を迎えてくれるのだが、些細なことで関係がこじれ、我慢を知らない裕一が部屋を飛び出す。その繰り返しで、まるでゲームのステージをクリアしていくかのように物語は進む。

(C)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

映画サークルの後輩・加藤(野村周平)には、「次々と人間関係断ち切っていくなんて、先輩凄いっすね!」とからかい半分で持ち上げられる。

行き場を失った裕一は長年疎遠だった姉の(香里奈)を訪ね、ついには故郷・苫小牧に独り暮らす母の智子(原田美枝子)のもとにまで、深夜バスとフェリーで向かう羽目に。

どこまでも転がるように堕ちていきながら、里美とよりを戻そうと努力する訳でもなく、ただ受け身で流されて生きていく裕一。そんな愚息を温かく迎え入れ、久々の帰省を喜んでくれる母の慈愛が泣ける。

(C)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

これで放浪の旅は打ち止めだろうと思っていたが、なんとファイナルステージにはラスボスがいた。それは、家族を捨てて出ていき10年も会っていない、父親の浩二(豊川悦司)

キャスティングについて

ここまでは公式サイトでも紹介されているので、ネタバレ未満とさせていただいた。

主演の藤ヶ谷太輔をはじめ、前田敦子中尾明慶の三人は舞台から馴染んでいる配役だけあって、抜群の安心感。その他、次々と入れ替わる登場人物も皆クレジットをみなくても名前が分かる心地よさ(原田美枝子は電話の声だけで分かる)。

いつブチギレするか冷や冷やの先輩(毎熊克哉)と小賢しい後輩(野村周平)のバランスもいいし、藤ヶ谷太輔がドラマ『美咲ナンバーワン!!』以来<姉さん>と呼んでいるという香里奈と12年ぶりの共演というのも嬉しい(しかも姉さん役で)。

(C)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

母の原田美枝子は、『百花』(2022、川村元気監督)と比べてどうなんだろう。個人的には、彼女にはこういう明るく振舞う母親役が好きなのだけど。そして最後に、ラスボス豊川悦司のダメ父ぶりは圧巻。

シネスコの魔法

本作は物語としては暗く重たいものであり、序盤の新宿界隈から舞台を移す苫小牧も、降り積もる雪と寂しい風景が、さらに心の中を寒々しくするが、三浦大輔監督がこだわったというシネスコサイズの撮影が、それを幾分軽やかにしてくれる。

裕一がフェリーを降り立った苫小牧の雄大な港を写すドローン撮影、あるいは激しく降る夜の雪を上空からとらえた父と子のシーンなど、シネスコサイズを最大限活かしたショットには見応えがある。

そして、帰る家もなく雪の街中で座り込む裕一と偶然10年ぶりに再会した父親は、「俺の家にくるか」。さて、そこで裕一の放浪は終わるのか。

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ちなみに、本作のタイトルは言うまでもなく、大澤誉志幸のヒット曲に因んだものだ。初めは仮題のつもりが、あまりにフィットするので本採用になったらしい。題名を見ただけでイントロが頭に流れ出すのだから、さすが神曲。

ただし、本作ではオリジナルではなく、音楽を担当した内橋和久のアレンジによる『そして僕は途方に暮れる』がエンディングに流れる。

これはしっかりと本作の作風に合わせたアレンジになっており、一体感が違う。しかも、歌っているのは大澤誉志幸本人という贅沢な内容。これでは、全部聴き終わるまで、席を立つ気にはなれない。

映画『そして僕は途方に暮れる』大晦日の逃亡シーン

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

実は父親似の裕一

「あれ?裕一じゃねえか」と低い声で話しかけてくる、家族を捨てた憎むべき父親。

だが、話を聞くと、再婚相手にはすぐに浮気がばれて離婚され、慰謝料支払いのために金を借りまくった知人からは、督促されないよう逃げている。

不払いで携帯も繋がらず、次々と過去の交友関係は切れていく隠遁生活。何のことはない、自分の境遇はこのダメ父と同じではないか。

「人生なんてな、逃げて逃げて逃げまくりゃ、収まるとこに収まんだよ」

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裕一は、この父親と同居生活を始める。世間から断絶した、緩い牢獄のような暮らし。父は息子に教える

「追い詰められた時には、こう思えばいいんだよ面白くなってきやがったぜ>」

無茶な理屈だが、トヨエツが険しい顔と低音でいうと、妙にもっともらしく聞こえる。『ラストレター』(岩井俊二監督)で彼が演じた、暴力夫のような強烈キャラを思い出す。

(C)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

面白くなってきやがったぜ

裕一は結局、この父親とも喧嘩別れして、母の待つ実家に戻る。浮気の発覚や周囲の関係を切り続けた生き方だけでなく、映画好きなところも、自分からは思っていることを言えず素直になれないところも、みんな父親譲りだった。

でも、ろくに詫びることもできず、かといって自分の意見も伝えられずの裕一は、実家で倒れた母を心配して駆けつけた姉や里美、伸二の前でついに涙ながらに胸の内を吐露する。

「なんだか、すみません、なんだか、どうしたらいいか、まだ分からなんですけど…」

しどろもどろに語る内容は不明瞭で無様な謝罪だが、必死さだけは伝わる。

(C)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

「俺は頑張ったぞ」

嫌がっていた実家の敷居を跨いで、大晦日に顔を見せた父親。元家族四人で年越しそばを食べるが、父と息子はカップ麺なのが笑える。

一家団欒が戻ったところで映画は終わりそうに見えたが、さすがに前半で裕一が起こした不始末には、因果応報がある。フラれたらフリ返す。意趣返しだ!

昔からある映画館の『素晴らしき哉、人生!』のポスターをみて、父親が「ハッピーエンドなんてつまんねえよ」と言うが、裕一の人生もまた、簡単にハッピーエンドにはなりそうにない。途方にくれないと、題名に偽りありだし。

(C)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

「先輩、最後はどうなるんすか?」と、後輩から連絡が入り、「面白くなってきやがったぜ」と、裕一は、歌舞伎町のゴジラロードを進んでいく。

エンディングはこの場所と決めていたらしい。なぜなのか。「そして僕は東宝に消える」から?