『終末の探偵』
北村有起哉が堂々のやさぐれ探偵。脱力感がたまらないハードボイルド。
公開:2022 年 時間:80分
製作国:日本
スタッフ 監督: 井川広太郎 脚本: 中野太 木田紀生 キャスト 連城新次郎: 北村有起哉 阿見恭一: 松角洋平 ガルシア・ミチコ: 武イリヤ 佐藤翔: 青木柚 石岡凛: 髙石あかり 小倉幹彦: 水石亜飛夢 チェン・ショウコウ: 古山憲太郎 笠原組長: 川瀬陽太 辻原正義: 高川裕也 安井茂雄: 麿赤兒
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
ポイント
- アラは随所に目立つのだけれど、どこか憎めない私立探偵ハードボイルド。やっぱ、北村有起哉がメインにいるだけで、大抵のことは許せてしまう自分がいるんだな。
あらすじ
連城新次郎(北村有起哉)はとある街に流れ着き、そのまま住みついた一匹狼の中年男だ。今は喫茶店「KENT」を事務所代わりにして、しがない探偵業を営んでいる。
ギャンブル好きで酒癖が悪く、おまけに喧嘩っ早い。この日も闇の賭博場でトラブルを起こし、その代償として顔なじみのヤクザである笠原組の幹部、阿見恭一(松角洋平)から面倒な仕事を押しつけられる。
笠原組の事務所でボヤ騒ぎを起こした犯人を突き止めろというのだ。暴力団対策法の影響で苦境に立たされている恭一は、この街で急速に勢力を拡大させている中国系の新興マフィア、バレットの仕業ではないかとにらんでいた。
自らの住みかでもある「KENT」に戻った新次郎は、店員の凜(髙石あかり)から新たな依頼人が来ていることを告げられる。
その若い女性ガルシア・ミチコ(武イリヤ)は、突然消息不明になったベヒアという親友のクルド人女性を捜していた。ミチコが報酬を払えないと知った新次郎は素っ気なく断るが、ミチコの顔にはかすかに見覚えがあった。
レビュー(若干ネタバレあり)
北村有起哉の爪痕
2021年9月、Amazon Audibleのトーク番組「大渋滞 宮藤官九郎と伊勢志摩のまとまらない映画の話」の中の企画として「北村有起哉映画祭」なるものが開催された。第1回グランプリは当然ながら北村有起哉に授与されている。
その後、今度は「坂井真紀映画祭」が開催され、まあ話が脱線してしまうが、要は、このひとがチョイ役でも登場すると、なぜかいい映画になってしまう、そんな奇跡の役者の筆頭格が、北村有起哉その人なのである。
これは、クドカンが提唱する前に、私自身も秘かに思っていたことだ。
2019年からこっち、『長いお別れ』、『町田くんの世界』、『新聞記者』、『浅田家!』、『生きちゃった』、『ヤクザと家族 The Family』、『すばらしき世界』、『前科者』。
特に彼目当てではないのに(失礼!)、観る映画の多くに登場し、しかもほんの数カット姿を見せただけで、観る者に強い爪痕を残していく。
『浅田家!』の被災で子供を亡くした父親ではハートを鷲掴みにし、かと思えばほぼ同時期に公開された『ヤクザと家族 The Family』と『すばらしき世界』では、極道とケースワーカーという真逆の役を演じ分けて驚かす。
今後も、『愛にイナズマ』や『キリエのうた』など、期待作が目白押しだ。
立ちはだかる大きな欠点
本作は、そんな名バイプレイヤーの北村有起哉が、『太陽の蓋』(2016)以来久々となる主演作、しかも型破りな探偵物語とくれば、ついつい食指がそそられる。監督は『東京失格』、『キミサラズ』の井川広太郎。
冒頭はやばそうな連中とカード賭博に興じている探偵・連城新次郎(北村有起哉)。手札が悪いのか相手のイカサマか、負けが込む連城は卓をひっくり返して大暴れ。
店の修理費をチャラにする代わりに、目下風前の灯の暴力団・笠原組の幹部・阿見恭一(松角洋平)の依頼で組事務所に放火した犯人探しをする羽目に。
犯人の当てはあった。この街で勢力を拡大させている中国系マフィアのバレット。こうして話は転がっていく。
◇
だが、ここに立ちはだかる大きな欠点がある。
しがない私立探偵が主演のハードボイルドに、これといった手の込んだストーリーは求めていないとはいえ、本作は脚本があまりに甘い。そして、それに調子を合わせるかのように、演出やカット割りも甘い。これは何とも残念だ。
踏み込み不足と編集の甘さ
探偵連城と笠原組の阿見が腐れ縁で親しくしているちょっとしたバディ感や、その笠原組のシマを「ヤクザなんてオワコンだ」と中国マフィアが狙っているという構図までは面白い。
だが、笠原組が暴力団としてあまりにしょぼいのと、笠原組長(川瀬陽太)がおよそ極道っぽくないヘタレキャラなので、ヤクザの抗争としては盛り上がりに大きく欠ける。
◇
ただの裏社会の抗争ものにとどまらず、連城にガルシア・ミチコ(武イリヤ)という若い女性がクルド人親友の人探しを依頼してくるところから、話は外国人不法入国者の強制送還だったり、人種差別といった社会問題にまで広がっていく。
この手のカテゴリーにチャレンジングな題材を組み込む志は評価したいが、それにしては底が浅い。新聞記事の流し読み程度の私の浅はかな知識量で、十分太刀打ちできてしまう内容なのだ。
どうせ取り上げるのなら、クルド人強制送還問題や町全体が中国人街化していく話など、もう少し掘り下げて欲しかった。
そして演出面。冒頭のカード賭博の大暴れも、カット割りがチープすぎる。あれではガチンコの大暴れにはみえない。
それ以外にも、逃走する青年を追いかけて、息をきらしてしゃがみ込む連城の背後にある誰かの路駐自転車(無断借用するのがミエミエ)。
或いは、団地で自治会長の安井(麿赤兒)を手伝うボランティアの高校生・佐藤翔(青木柚)のチラ見せするダークサイドの本性。
探偵やガルシアが、犯人たちを追いつ追われつする場面も多いのだが、これもコース取りとカット割りが妙なので、どう見ても真剣に逃げているようではない。
脚本も演出も分かり易いので、総じて話の展開は手に取るように読めてしまう。
それでもカメラはキタムラ
面白いことに、それでも映画は最後まで間が持つ。これこそが北村有起哉のなせる業なのだろう。彼は何をするわけでもなく、つまらなそうに仏頂面で探偵仕事をするだけなのだが、それが観ていて飽きない。
けして『探偵はBARにいる』わけではないし、バディは松田龍平でなく松角洋平なのだが、遠景でみると、この探偵・連城の佇まいは、どこか大泉洋っぽくも見える。
だが、北村有起哉は大泉洋ではないので、当然ながら、大仰な動きもなければ、取り立てて面白いことも言わない。でも、そこがいい。
この作品には、何もしないで、流れに身をまかす探偵が合うのだ。彼は静かに不機嫌そうにそこにいるからこそ、絵になる。賑やかになると、ユースケ・サンタマリアと競合してしまう。
◇
演出には辛口になってしまったが、終盤の二つのバトルは冴えた。
アクション監督は、『ディストラクション・ベイビーズ』の園村健介。まずは笠原組の阿見と中国人マフィア・チェン(古山憲太郎)のタイマンの殴り合い。この迫力が冒頭のシーンにも欲しかった。
そして連城は、捕らわれのクルド人女性を救出に悪徳政治家・辻原正義(高川裕也)の別邸に乱入。護衛の連中を一人ずつ不器用ながらも殴る蹴るで倒していく姿も、サマになっている。
ところで、本作のロケ地、見覚えあるけどどこだろうと思っていたら町田界隈なのだった。近いのは、同じ松田龍平でも『探偵はBARにいる』(札幌)じゃなくて『まほろ駅前多田便利軒』(町田)の方だったか。