『ダークナイト』
The Dark Knight
ダークナイト・トリロジー第2弾はヒース・レジャーのジョーカー登場。そのコミカルな風貌とは裏腹に、物語には深い絶望と哀しみが。
公開:2008 年 時間:152分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: クリストファー・ノーラン キャスト ブルース・ウェイン:クリスチャン・ベール ジョーカー: ヒース・レジャー ハービー・デント: アーロン・エッカート レイチェル・ドーズ:マギー・ギレンホール アルフレッド: マイケル・ケイン ジム・ゴードン: ゲイリー・オールドマン ルーシャス: モーガン・フリーマン ラウ: チン・ハン ガルシア市長: ネスター・カーボネル ローブ市警本部長:コリン・マクファーレン サルバトーレ・マローニ: エリック・ロバーツ ジョナサン・クレイン: キリアン・マーフィー
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
悪のはびこるゴッサム・シティを舞台に、ゴードン警部補(ゲイリー・オールドマン)やハービー・デント地方検事(アーロン・エッカート)の協力のもと、バットマン(クリスチャン・ベール)は街で起こる犯罪撲滅の成果を上げつつあった。
だが、ジョーカーと名乗る謎の犯罪者の台頭により、街は再び混乱と狂気に包まれていく。最強の敵を前に、バットマンはあらゆるハイテク技術を駆使しながら、信じるものすべてと戦わざるを得なくなっていく。
一気通貫レビュー(ネタバレあり)
ヒース・レジャーの最期の名演
バットマンの成り立ちについて丁寧に時間を割いた前作で、ブルース・ウェインを支える仲間たちもひととおり紹介済であり、本作では分かりきった説明を抜きに、いきなり本題に入っていく。
それは即ち、本作のヴィランであり、あまりに有名なジョーカーである。撮影直後に急逝してしまったヒース・レジャーだが、本作での怪演ぶりはまさに特筆に値する。
もちろん、映画『ジョーカー』のホアキン・フェニックスも素晴らしかったが、やはりその原点ともいえる本作のジョーカーは、ヒーロー映画史上に残る名悪役だろう。
狂気に満ちたこの男は、生身の人間でありながら、ここまでバットマンを苦しめるところが痛快だ。
本作にも序盤で登場するが、前作での敵・スケアクロウ(キリアン・マーフィー)のように怪しげな薬物を使って相手に幻覚を引き起こす裏ワザもなく、ただ頭脳プレイで相手を追い詰めていくのだ。これはシビれる。だいたい、あのピエロのメイクで、どうしてこんなにクールなのだろう。
◇
本作はヒーローアクションものとしては、あまりにダークで、重苦しい。
悪の撲滅に心血を注ぐハービー・デントに、
「キミはゴッサム・シティの光になれ。僕は闇を引き受ける」
そう告げるバットマンは、剛腕検事にこの町の行く末を託そうとするが、その望みはジョーカーにより引き裂かれることになる。
お前は俺を殺せない善人だ
ルールを守る正義の味方よりも、何をしでかすか分からない悪党の方が怖いし、従わざるを得ない。バットマンも仮面を取れば生身の人間であり、相手を殺すことに躊躇する。
「バットマン、お前は俺を殺せないし、俺もお前と言う玩具を手離したくない」
だから俺たちの関係は長く続くというジョーカーの台詞は鋭い。
◇
ゴッサムの市民は、ジョーカーの挑発で素顔を見せようとしないバットマンにしびれを切らし、市民に犠牲者が増えていくと、ヒーローにバッシングさえ起きるようになる。
デントは自分こそバットマンだと記者会見で不規則発言をし、憎まれ役を買って出る。デントと交際中のレイチェルは、「ヒーローなのに身代わりを立てるなんて」とブルースを責める。
そして、デントの発言は悲劇を招く。なお、レイチェルは前作のケイティ・ホームズからマギー・ギレンホールに変わっているのだが、結構雰囲気が違うので、知らずに観ていると戸惑う。
ピエロのメイクをしたコスプレ狂人が暴力的に破壊しまくるジョーカーのキャラ設定は、その後トリロジーから離れて『スーサイド・スクワッド』に存続する。
本作でのナース姿のジョーカーを見ると、なぜか『プロミシング・ヤング・ウーマン』の主人公のコスプレを思い出す。『スースク』のマーゴット・ロビーが製作に噛んでいるからか。
ジョーカーが仕掛けた二つのトラップ
ジョーカーは直情的にみえて、実は策士であり、たくみに心理戦を支配する。大きな仕掛けは二つ。ひとつは、拉致したデントとレイチェルを離れた別の場所に爆弾とともに監禁し、同じ時刻に起爆させたこと。
もうひとつは、爆薬を積んだ二隻の船の一方に囚人、一方に一般市民が乗船するように仕向け、両者に相手の起爆装置を与えたことだ。
前者では、デントとレイチェルの監禁場所を逆にしてバットマンに伝える。レイチェルの救出に向かったバットマンは、図らずもデントを救ってしまう。それでも爆破回避には間に合わず、デントは半身が溶解し、トゥーフェイスに変貌する。
一方ゴードンが急行した場所では救出さえ間に合わず、なんとレイチェルは爆死してしまう。ヒーローアクションのジャンルで、主人公の恋人がかくも無残に死んでしまう例が他にあっただろうか。しかも、爆死以降、レイチェルは手紙でしか登場せず、回想すらない(と思う)。
この、マーベルではありえないダークでドライな演出が、まさにクリストファー・ノーランの真骨頂か。誤った情報を鵜呑みにしたバットマンにも、「なぜ俺を救った!」と苦悶するデントにも、ジョーカーは深い傷を残す。
後者の、早い者勝ちで起爆装置を押させるレースは、文字通り<囚人のジレンマ>のようなゲームの理論の実践編だ。二隻の船は協調しないので、どちらも(あえて言えば囚人側か)先に押そうと言う気配濃厚。
だが、警察から起爆装置を奪い取った囚人代表の男が、「10分前にこうするべきだった」と言って装置を船外に放り投げる。これはカッコいい。そして市民の方の船でもギリギリで理性を保ち、互いを信じて最適解を導き出す。こうして、バットマンとゴッサムの人々はジョーカーに打ち勝つ。
あえて殺人鬼の汚名を着て
ラストには、さらにバットマンが驚きの行動にでる。ゴードンの家族を救おうと、復讐の鬼と化したデントと争った末、デントは死んでしまう。
この町の希望であるデントが悪の手先となって死んだとあれば、この町は再び闇に堕ちる。そう危惧したバットマンは、デントの殺人の罪を被るのだ。こんなヒーロー、これまでにいたか。
思えば、クリスチャン・ベールはノーラン監督の『プレステージ』でも、自分(と双子の弟と)の人生を犠牲にしてまでも、ステージ上で観客を欺くマジシャンだった。ここでも、町の平和のためなら、自己犠牲も厭わないのか。
◇
主人公の恋人は死なないし、悪の手先になっても、仲間は最後には善人に戻る。そんな不文律をいくつも壊していくノーラン流儀。
市民の通話を全て盗聴してジョーカーの居所を割り出す手法も、「コンプライアンス上は大いに問題ですな」とルーシャス(モーガン・フリーマン)に窘められるブルース。こんな所にも、しっかりと米国政府への批判をはさむ。
◇
こうして、闇のヒーローは、世間に追われるように消えていく。身内を除けば、理解者はもはやゴードンのみ。ああ、孤高のダークナイト。
『バットマン・ビギンズ』
(2005)
『ダークナイト』
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(2012)