『夜を走る』
コロナ禍の現代社会の閉塞感から、どこに向かって走れば逃がれられるのか。
公開:2022 年 時間:125分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 佐向大 キャスト 秋本太一: 足立智充 谷口渉: 玉置玲央 谷口美咲: 菜葉菜 谷口絢乃: 磯村アメリ 本郷真一: 高橋努 橋本理沙: 玉井らん 矢口加奈: 坂巻有紗 ジーナ: 山本ロザ 美濃俣有孔: 宇野祥平 キム・ジュンウ: 松重豊 三宅社長: 信太昌之 中村俊一: 杉山ひこひこ 富田勝: あらい汎 小西刑事: 川瀬陽太
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
郊外の鉄屑工場で働く二人の男。不器用な秋本(足立智充)は上司からも取引先からもバカにされながら、実家で暮らしている。
一方の谷口(玉置玲央)は家族を持ち、世の中をうまく渡ってきた。それぞれ退屈で平穏な日常を送る秋本と谷口だったが、ある夜の出来事をきっかけに、二人の運命は大きく揺らぎはじめる。
レビュー(まずはネタバレなし)
すべてを出し切る覚悟
『教誨師』の佐向大監督による社会派ドラマ。「佐向君、何か企画ないの?」大杉漣からそう言われて本作の構想が具体化し始めた。
だが、難航するうちに本作よりも先に撮ることとなった『教誨師』の完成直後に、主演・企画の大杉漣が急逝してしまう。本作の企画も立ち消えになるものと思われた。
それでも、やはり、きちんと向き合うことなしに、本作を葬り去ることができなかったのだろう。佐向大監督はその後も大幅に脚本に手を入れ、ついに映画は完成する。
そんな経緯もあり、生半可な覚悟で作った大衆に迎合した作品ではない。中途半端な作品で終わるくらいなら、失敗作といわれても全てを出し切ったものにしたい。そんな佐向大監督の胆力を感じる作品だ。
コロナ社会の閉塞感
冒頭、主人公の秋本太一(足立智充)が鉄くずを買い取りに営業回りをしている。彼は武蔵野金属の社員。スクラップ集めの仕事は取れず、マスク姿で寂れた町並みに営業車を走らせる。
なぜかカーラジオからは、延々と無味乾燥な気象情報を伝え続ける古館寛治の声(すぐ分かったけど、本作では声のみの出演)。何が起きたわけではないが、画面全体から滲み出る不穏な空気。
武蔵野金属はブラック企業のようだ。社長(信太昌之)はろくに仕事もせずゴルフに明け暮れ、上司の本郷(高橋努)は成績のあがらない秋本をネチネチといじめる。
後輩の同僚・谷口渉(玉置玲央)は世渡り上手で、妻子との暮らしに飽き足らず、気ままに浮気を楽しみながら暮らしている。
秋本は40 歳を過ぎて独身、まじめだがおとなしく不器用な性格が災いして嫌味な本郷から目の敵にされているのだ。何の楽しみもない毎日を、文句もいわずに生きている。
◇
不景気と貧困。退屈な日常。マスクをしているのは秋本だけだが、コロナ禍に代表される現代社会の閉塞感が、本作の随所から痛いほど伝わってくる。
尾野真千子の『茜色に焼かれる』(2021、石井裕也監督)が女性の視点からコロナ社会の異常性を描いたものとすれば、本作は男性目線でそれに対峙した作品といえるか。
周りだけが動いているのだ
そして物語はある日突然、転機を迎える。営業回りで工場にやってきた新人女性の橋本理沙(玉井らん)。秋本と谷口が飲んで帰る途中、彼女と偶然鉢合わせする。
理沙は契約をちらつかせる本郷に無理やり居酒屋に付き合わされた帰りだった。恋人のいない秋本のためにと彼女を誘い二次会に行く三人だったが、その後、予想外の事態がおこる。
夢も希望もない日常生活を嘆く前半部分から大きく変わり、いよいよ物語が転がり出す。
何の面白味もなく続いていたはずのいつもと同じ秋本の毎日が、その日を境に目まぐるしく変わっていく。自分はまったく動いていないのに、まわりがクルクル変わることで、前に進んでいるように錯覚してしまう。
冒頭と終盤に挿入される、クルマの中から眺める洗車機のブラシの動きが効果的なメタファーとなっている。
◇
後半で人格が変わっていく秋本を演じた足立智充がいい味を出す。『きみの鳥はうたえる』(2018、三宅唱監督)の、柄本佑を口うるさく指導する先輩書店員役が印象に強く残っている。
バイプレイヤーとしての活躍が多いが、本作で主演でもイケることを猛アピールできたのではないか。
同僚の谷口を演じた玉置玲央は劇団<柿喰う客>での活躍がメインのようだが、佐向監督の『教誨師』に大量殺人犯の役で映画デビュー。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
そしてハプニングは起きる
本作で大きな転機となるのは、秋本と谷口が理沙と飲みに行ったあとに、理沙の失礼な態度に激昂した秋本が彼女を殴った挙句に殺してしまうという大きなアクシデント。
公式サイトでも伏せられているので一応ネタバレ扱いにしたが、ようやく語れる。
日頃おとなしいヤツは、鬱積した何かが爆発すると怖い。暴力をふるうほどのシチュエーションかとは思うが、とにかく打ちどころが悪く、死んでしまったようだ。
その詳細は、あまり描かれない。警察が後日工場に現れ、理沙が訪問した夜から行方不明だと聞き込みを行う。えっ、「あれで死んじゃうのかよ」ってな感想だが、やがて死体も登場するので、どうやら秋本の一撃が致命傷らしい。
彼女は二人と会う前に本郷と飲んでおり、通信記録も残っている。嫌われ者の上司・本郷に罪をなすり付けてやれと、彼のクルマのトランクに死体を移す二人。秋本の行動も大胆になっていく。
身に覚えもない本郷も驚くが、死体を発見した社長がゴルフ優先で、死体は中国人の知り合いに廃棄を頼んでしまうのには呆れた。
◇
だが、悪事は高くつくものと相場が決まっており、「死体廃棄は8千万円かかりまっせ」と、請負人のキム・ジュンウ(松重豊)が社長に請求にくる。
高身長のシルエットだけで分かる松重豊、今回はコミカル演出なしで純粋に怖いインテリヤクザ風。社長にそんなカネはなく、死体は工場前に返品され、結局本郷が誤認逮捕される。
ニューライフデザイン研究所
さて、真犯人の方はというと、秋本は罪の意識に苛まれている。捨てずに持っていた理沙の携帯が鳴り、つい出てしまう。この携帯が壊れていて幻聴だったのか、本当に鳴ったのかは判然としない。
ただ、通話相手の声に従うと、窓の外にドッペルゲンガーが見える。それを尾行すると、ニューライフデザイン研究所なる新興宗教の本部にたどり着く。
◇
そこには教祖の美濃俣有孔(宇野祥平)がおり、「今までよく頑張ってきましたね」と、秋本を全肯定して迎え入れてくれる。
美濃俣有孔が猪木のような突然のビンタを喰らわせ、秋本は、これまで<やり返さない>人生を過ごしてきた自分に気づき、生まれ変わる。
罪悪感から秋本自身の潜在意識が作りだした幻影が、自らをこの教祖に出会わせたということか。宇野祥平、似合いすぎる。
『星の子』(2019、大森立嗣監督)では集会初参加、『ビリーバーズ』(2022、城定秀夫監督)では議長役と、新興宗教の組織内で着実にステップアップしている宇野祥平が、ついに教祖様になったわけだ。
気がつけば、秋本は罪悪感からか死んだ理沙をまねてカツラとハイヒールで女装。新興宗教と相俟って、すっかり『愛のむきだし』(2009、園子温監督)の世界。
でんぐり返しと創作ダンス
「もうあなたは卒業です。この施設にはこなくてよい。いってらっしゃい」
教祖から現実社会に放り出された秋本。親友であるはずの谷口からも拒絶され、ついに復讐に目覚める。
夜の公園で谷口に叩かれ這いつくばった秋本が、でんぐり返しで起き上がり、女装姿のまま坂道を駆けあがっていくワンカットのシーンは、不思議な力に溢れている(追いかけるカメラも大変だ)。
拳銃を入手し、美濃俣有孔を殺しに向かう秋本。襲撃前に披露する奇々怪々な創作ダンスは、笑っていいのか始末に困る。
理沙の殺人事件の捜査の手は、被害者が秋本と谷口と一緒にいたことまで突き止めている。これまで秋本の罪を本郷にかぶせようと協力していた谷口だが、ついに秋本の仕業だと匂わせるような発言を取り調べで語り出す。
だが谷口の回想では、実は秋本が殴ったあとに理沙は意識を取り戻しており、最後に死に至らしめたのは谷口であるように見える。
それでも夜明けは来るのか
終盤、秋本が谷口のアパートを訪れたのは、復讐だったのか。秋本が留守番をしていた谷口の幼い娘・絢乃(磯村アメリ)とベランダに隠れていると、谷口が警察の取り調べから妻(菜葉菜)と帰宅する。
そこに娘が飛びついていく。その光景の中で、谷口の姿が、秋本のドッペルゲンガーになっている。家族三人の仲の良い姿は、秋本が心のどこかで憧れていたものだった。彼は涙ぐむ。
本作に分かりやすい結末はない。秋本は教祖の射殺をしくじったが、その後教祖は逃げてしまったのか、今では秋本がその後釜に座っているように見えた(新教祖の声と、信者たちの創作ダンスからの想像だが)。
一方、谷口家はなんとか良好な夫婦関係を持ち直したかに見えるが、取調べもダブル不倫も、なにも解決していない。
こうして、コロナと共生する社会は今日も続いている。全編から漂う不穏な雰囲気と社会の閉塞感と、静かにほほ笑む足立智充が、自分を解放していく後半の躍動感。いつか、夜明けは来るのか。