『月はどっちに出ている』今更レビュー|タクシーにカーナビがなかった時代

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『月はどっちに出ている』

『血と骨』と並ぶ崔洋一監督の代表作。在日二世朝鮮人の男と、フィリピンパブのホステスとのボーダーレスな恋。

公開:1993年  時間:109分  
製作国:日本
 

スタッフ 
監督・脚本:     崔洋一
脚本:        鄭義信
原作:        梁石日
         『タクシー狂操曲』

キャスト
姜忠男(神田忠男): 岸谷五朗
コニー:       ルビー・モレノ
池英順(忠男の母): 絵沢萠子
金世一(金田世一): 小木茂光
朴光洙(新井光洙): 遠藤憲一
ホソ:        有薗芳記
仙波:        麿赤
多田:        國村隼
おさむ:       芹沢正和
安保:        金田明夫
谷爺:        内藤陳
サラリーマン:    萩原聖人
紺野:        古尾谷雅人

勝手に評点:3.0
  (一見の価値はあり)

ポイント

  • 梁石日の原作もので崔洋一監督の撮った在日朝鮮人のドラマとくれば、心に重くのしかかる作品と思いきや、それらのテーマを意外にユーモラスに取り扱った馴染みやすい作品。
  • お調子者の主人公の岸谷五朗もいいが、コテコテの大阪弁のルビー・モレノのキップの良さが個人的にはツボ。

あらすじ

在日朝鮮人二世の姜忠男(岸谷五朗)は、同級生の金世一(小木茂光)が二代目社長をしている東京のタクシー会社で運転手として働いている。常識から少しはみ出した同僚たちに囲まれながら忙しく暮らす日々。

忠男の母親(絵沢萠子)はフィリピンパブを経営しているが、忠男はそこで働くホステスのコニー(ルビー・モレノ)に惚れてしまい、あの手この手で彼女の気を引くと彼女の部屋に引っ越してしまう。

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今更レビュー(ネタバレあり)

在日朝鮮人とジャパゆきさんの恋

崔洋一監督が11月に亡くなった。ご冥福をお祈りしたい。

監督の作品で強烈な印象を受けたのは、ビートたけし主演の『血と骨』(2004)だった。骨太で見応えのある作品なのだが、あまりの息苦しくなる内容に、しばらく心が重くなった記憶がある。

本作も、同じ梁石日の原作ものの映画化、それも在日朝鮮人のドラマということで、ついこれまでに観ることを敬遠していたのだが、監督の追悼として、今回向き合ってみた。

蓋を開けてみると想像と異なり、恐れていたようなどっぷり落ち込みたくなる内容の映画ではなかった。

舞台は1990年代はじめの東京。岸谷五朗が演じる在日朝鮮人二世であるタクシー運転手・姜忠男を主人公に、母の経営するフィリピンパブでチーママを任されているコニー(ルビー・モレノ)との恋愛や、タクシー会社の奇妙な同僚たちの日々を描いている。

このコニーというホステスが、日本の生活に馴染めなかったり、虐げられて苦労するジャパゆきさんなのだろうと、勝手に思い込んでいた。だから、彼女の登場シーンの元気の良さには結構驚いた。

歌舞伎町の店まで彼女たちフィリピン女性を送迎するタクシー運転手の忠男に、コテコテの大阪弁でコニーが話しかけるのだ。

「儲かりまっか? そう聞かれたら、ボチボチでんなあ、やろ?」

バブル期の余韻を感じる強引な展開

15歳から日本にいるために、日本語(大阪弁)が達者なコニーは、何でも言いたい事をズケズケと言い、忠男の母である店のママ(絵沢萠子)にも煙たがられる存在だが、この負けん気の強さと力強さは頼もしい。映画全体にも活気をくれる。

そして、彼女に惹かれて半ば強引に口説き続けて、ついにはアパートにまで勝手に荷物を運びこみ同棲を始める忠男。

時にお下劣もあり、力ずくで進む男女関係の展開には、バブル期の暴走気味なエネルギーを感じるが、痴話喧嘩ばかりでも仲直りも早い忠男とコニーの恋愛ドラマは、観ていて微笑ましい。

本作の登場で、邦画における在日朝鮮人の描き方は変わってきたのかもしれない。『GO』(2001、行定勲監督)、や『パッチギ!』(2005、井筒和幸監督)といった恋愛ものや青春ものなど、人種差別の重苦しさだけではない、若い世代の映画が登場し始める。

本作は当初、1993年にWOWOWのドラマ『J MOVIE WARS』の中の短編として製作・放送され、同年映画版が公開された。ドラマでは忠男石橋凌が演じ、コニー(ルビー・モレノ)や忠男の母(絵沢萌子)は映画と同じ配役だ。

まともなドライバーはいないのか

タイトルにある「月はどっちに出ている?」というのは、方向音痴の新米ドライバー・安保(金田明夫)が帰り道が分からなくなった時に電話すると、本社の仙波(麿赤兒)が尋ねる言葉である。

月に向かって走れば帰れるというわけだ。「何が見える?」「ビルの上にうんこが見えます(浅草吾妻橋ですな)というパターンもある。

忠男が勤務するタクシー会社社長は忠男と同じ在日朝鮮人の金世一(小木茂光)。バブルの世をうまく立ち回り、ゴルフ場を格安で手に入れようと本業そっちのけで同郷の朴光洙(遠藤憲一)と何やら画策している。

会社を切り盛りするのはベテランの仙波(麿赤兒)。ドライバーには、喧嘩早いおさむ(芹沢正和)、いつも金欠のホソ(有薗芳記)、小さな子連れの多田(國村隼)、新人の安保(金田明夫)、そして整備の谷爺(内藤陳)

まともに賃走しているドライバーがどれだけいるのか不安になるタクシー会社(実際、トラブルなしで客を乗せているシーンは皆無)だが、毎日賑やかに能天気に過ごしている。

余談かつ、まったく私事で恐縮だが、新宿のシーンに当時の私の職場が映り込んでいて、懐かしく見ることができた。今ではもう様変わりしている場所なので。

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朝鮮人は嫌いだけど、忠さんは好きだ

会社がらみのエピソードはどれも深刻だ。

まずは社長の金世一(小木茂光)の金銭トラブル。まんまとうまい話に乗せられた朴光洙(遠藤憲一)が不渡手形を出し、保証人になっていた社長がヤクザ連中にカネを借り、結局タクシー会社は乗っ取られる羽目になる。

インテリヤクザの紺野を演じた古尾谷雅人。懐かしい。あの頃、こういう役をやらせたら彼はピカイチだった。もう没後20年になろうといているのか。

次にホソ(有薗芳記)。誰彼かまわずカネを無心するホソは、「俺は朝鮮人は嫌いだけど、忠さんは好きだ。だからカネ貸して」と何度も繰り返す。

ただしつこいだけの人懐こいキャラかと思ったら、途中から行動が怪しくなっていき、ついには忠男をタクシーに乗せ深夜遠くまで走り、彼を殴って走り去る。

元ボクサーなので、殴られすぎて頭をやられてしまったのだろうか。結局彼にとって、「忠さんは好きだけど、朝鮮人は嫌い」というのが本心なのだ。

そして忠男が深夜に乗せたサラリーマン風の客(萩原聖人)もまた差別意識を持っている。姜忠男の運転者証の苗字をみて、「生姜のガーさんですね」と呼び、朝鮮について一方的に持論を語ったあと、無賃乗車で逃走する。

彼を捕まえて、正規料金だけを徴収する忠男。「ガーじゃねえ、かんだよ」心中は穏やかではない。

在日朝鮮人としてのアイデンティティを模索しながら、いわれなき誹謗中傷に耐え、また母親からは、フィリピン人との結婚も許してもらえない主人公を、映画は初主演で当時まだ劇団SETの仕事が中心だった岸谷五朗が好演する。

『月はどっちに出ている』予告篇

耳にタコでけたわ

会社絡みの話は重いが、その合間に入ってくる忠男とコニーとの恋愛エピソードが、場を和ませてくれる。息子から遠ざけようと、コニーに長野のフィリピンパブに移籍するよう持ちかける母。

「ママさん。フィリピン人は雪なんか見とうないんや」

とはじめは提案をはねつける。だが、結局忠男と別れて長野に行く道を選ぶコニー。

「あんた、マニラで死ぬまで一緒に暮らしてくれんの?」
「うん」
「今度の嘘は、ちょっと心動かされたわ」

「愛してるよ、コニー」
「耳にタコでけたわ」

ルビー・モレノは、ヒット作となったドラマ『愛という名のもとに』と同様、本作でもフィリピーナのジャパゆきさんを演じ、高い評価を得る。

『ジョゼ虎』池脇千鶴のような味わいのない、お笑い芸人が使うようなコテコテ大阪弁は日本人なら耳障りだが、彼女が使うと不思議な面白味につながる。

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コニーはご機嫌ななめ

本作の終盤で、借金苦の社長が事務所に火をつけて焼身自殺を図る。なんと暗いエンディングかと思ったが、その後自分であせって水に飛び込んで命拾いする。小木茂光がコミカルな演技をするとは。

なかなか派手な炎上シーンは、この時代に合成処理のはずがなく、結構な迫力だ。

そして忠男は長野までコニーを迎えに行く。タクシーは違う会社の塗装に変わっている。

「マニラまで行って」
「毎度ありがとうございます。私、タクシー運転手の
ガ―です」

お調子者の男にしっかり者の女。意外とうまくいくのかも。エンドロールに流れる憂歌団「Woo Child」が、何とも心地よい。