『楽園の瑕 終極版』
東邪西毒:終極版
ウォン・カーウァイ監督の再編集でよみがえった超豪華キャストによる剣客たちの時代の夜明け。
公開:2008 年 時間:94分
製作国:香港
スタッフ
監督・脚本: ウォン・カーウァイ
原作: 金庸
撮影: クリストファー・ドイル
武術指導: サモ・ハン・キンポー
キャスト
「西毒」欧陽鋒: レスリー・チャン
「東邪」黄薬師: レオン・カーフェイ
慕容燕/慕容嫣: ブリジット・リン
盲目の剣士: トニー・レオン
欧陽鋒の兄嫁: マギー・チャン
「北丐」洪七: ジャッキー・チュン
桃花: カリーナ・ラウ
孤女: チャーリー・ヤン
洪七の妻: バイ・リー
剣豪: コリン・チョウ
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
砂漠で宿屋を営む殺し屋の元締め、欧陽鋒(レスリー・チャン)のもとには、彼に殺しを頼みに来る人々や、逆に彼から仕事を請う剣士たちが、ふらりと訪れては去っていく。
毎年、立春のころに訪れる親友の黄薬師(レオン・カーフェイ)が、ある時、それを飲めば過去を忘れられるという不思議な酒を持って姿を見せる。
黄は酔いつぶれた揚げ句、翌朝去っていったが、欧陽は酒を飲むことができなかった。実は彼には、忘れたくない過去があったのだった…。
今更レビュー(ネタバレあり)
再編集でわかりやすく
『終極版』と言われると仰々しいが、ウォン・カーウァイが自身の監督作『楽園の瑕』(1994)を自らの手で修正・再編集を加えたディレクターズ・カット版である。
そもそものオリジナル版は撮影の長期化で当初公開日までに完成が追い付かず、苦肉の策で同じ豪華キャストを使いまわして、本作の制作総指揮のジェフ・ラウが『大英雄』(1993)なるコメディをわずか8日間で撮りきった。おバカ映画だが、皮肉なことに意外と評判はよかったらしい。
◇
ウォン・カーウァイは肝心の『楽園の瑕』を翌年公開するが、難解なストーリーのせいか興行的には大ゴケする。その後本作は日の目を見ない伝説の作品と化していたが、フィルム保管会社の倒産でウォン・カーウァイがフィルムを回収。大量の未使用フィルムを使って再編集を施す。
難解だったストーリーが幾分シンプルで分かりやすくなったというから、フランシス・フォード・コッポラの『ゴッドファーザー最終章 マイケル・コルレオーネの最期』を思わせる出自だ。
二度以上観なければ分からない
さて本作。分かりやすくなったというが、正直予備知識なしで臨んだ私には、序盤のパートを過ぎても人物相関図の謎は深まるばかりで、物語の理解という点では、まるで歯が立たなかった。
それだけをもって<ダメな作品>の烙印を押すのも躊躇われるので、翌日再度鑑賞。さすがに今度は理解も深まり、ところどころ編集の妙に感心する部分もあったが、これはなかなか一般の感覚ではひとに推奨しにくい。一見さんお断りの難易度だ。
◇
原案は中国の作家、金庸による武俠小説『射鵰英雄伝』。といってもそれを映画化したのではなく、そこに登場する「東邪」と呼ばれる黄薬師と、「西毒」と呼ばれる欧陽鋒の若き日を描いた作品。なので、『射鵰英雄伝』の読者であれば、もっと理解も感動も深いのかもしれないが、あいにく私はその域にはない。
映画は冒頭から私のような一見客を容赦なく惑わしていく。まず現れるのは、のちに「東邪」と呼ばれる長髪の剣客、黄薬師(レオン・カーフェイ)。そして黄が、「過去を忘れる酒を女からもらったから、飲まないか」と持ち掛ける相手が、のちに「西毒」となる口ひげの剣客、欧陽鋒(レスリー・チャン)。
どうやら二人は年に一度会う友人のようだが、黄と欧だけで既に混乱しそうなのに(対応力弱すぎ)、しばらくするとやはり黄と友人らしき盲目の剣士(トニー・レオン)も登場し、混乱に拍車をかける。この盲目の男と欧は、どちらも黄の忘却酒を断るヒゲの剣客という点で、どこかキャラがかぶるせいもある。
さらに混迷を極めることになるのが、黄が酒場で出会った慕容燕(ブリジット・リン)という人物である。燕は国の継承者として男の姿をしているが、実は女であり、黄に惚れる。
黄がよせばいいのに「きみに妹がいたら、妻にしたいよ」などと戯言を言ったせいで、燕は暴走する。慕容嫣(ブリジット・リン:二役)という妹キャラになり、だが黄にフラれる。
黄と欧で既に混乱しているのに、燕と嫣が加わる。しかも燕の男装姿はどうみても女にしか見えず、ブリジット・リンの演じ分けが苦しい。
燕は欧に「妹をたぶらかした黄を殺せ」と依頼し、嫣もまた欧に「その依頼をした兄を殺して」と言う。おまけに嫣(=燕)は途中から欧を黄と勘違いするようになり、一方の欧もまた、嫣に自分を捨てて兄嫁となった恋人(マギー・チャン)の姿を重ねるようになる。
こうして、一体誰が誰とどういう立場で会話をしているのかが、まるで認識できない状態に陥る。
挙句の果てに、嫣(=燕)はやがて独孤求敗(小説『秘曲 笑傲江湖』など金庸作品に登場)という武術家になったと紹介される。この場面だけ、彼女の技でド派手に水柱が何本も立つような武術アクション映画に早変わりし、明らかに浮いている。
トニー・レオンとジャッキー・チュン
そして序盤でチラッと出てきたトニー・レオン扮する盲目の剣士。彼は妻(カリーナ・ラウ)と友人の黄薬師との仲を疑い嫉妬し、妻を独り残し、さすらい続けていた。
殺された弟の仇をとってほしいという少女(チャーリー・ヤン)のために馬賊たちと戦い善戦するが、殆ど失明している身体では素早い剣捌きの好敵手(コリン・チョウ)に勝てず、自分の血が噴き出る音をそよ風のように感じながら、討ち死にする。
荒い画質のカットで構成されたアクションシーンは、動き自体が見えにくいものの、スタイリッシュに感じる。
◇
死んだ盲目の剣士に代わって、風来坊の洪七(ジャッキー・チュン)がやってきて、欧陽鋒の殺し屋家業を手伝い、少女の仇である馬賊と戦う。邪魔になるから故郷に置いてきたはずの妻(バイ・リー)も欧の家を訪ねてくる。
洪七はどうにか馬賊を仕留めるも、油断して指を一本失う。それでも命があればと、彼は妻を連れてさすらいを続ける。やがて、洪七は蛮族の首領「北丐」となり、欧陽鋒と対決する運命だった。
◇
このように、欧陽鋒と黄薬師が中心となって、何人かの登場人物が現れては去っていき、或いは死んでいきという全体構成。そのなかで黄薬師は常に、その気はなくてもあちこちで女どもの関心を引いて生きているというのが、各登場人物をつなぐ唯一の共通要素なのかもしれない。
キャスティングについて
- 欧陽鋒のレスリー・チャン
『欲望の翼』 - 慕容燕/慕容嫣のブリジット・リン
『恋する惑星』 - 盲目の剣士トニー・レオン
『ブエノスアイレス』 - 欧陽鋒の兄嫁のマギー・チャン
『花様年華』 - 洪七のジャッキー・チュン
『いますぐ抱きしめたい』 - 桃花のカリーナ・ラウ
『欲望の翼』 - 孤女のチャーリー・ヤン
『天使の涙』
などなど、超豪華なキャスティングはほとんどがウォン・カーウァイ監督と馴染みの深い面々。目新しいのは『愛人/ラマン』(1992, ジャン=ジャック・アノー監督)が大ヒットしたばかりの黄薬師役のレオン・カーフェイくらいか。
トニー・レオンを倒したコリン・チョウは、『マトリックス リローデッド』や『マトリックス レボリューションズ』でも武術家らしいキレのよいアクションで注目を浴びる。
再編集版ではアクションシーンも削られたというトニー・レオンのファンには、ちょっと物足らない作品かもしれない。一方レスリー・チャンのファンなら、久々の元気な姿との再会に満足できるのではないか。
誰かが誰かの代用品
本作の最後は、兄嫁となった女(マギー・チャン)に再会することなく、手紙によって彼女の病死を知る欧陽鋒。彼女の病気のことを、黄薬師は欧陽鋒に知らせなかった。それは過去を忘れる酒のせいだったのか、彼女との約束のせいか。
「相手に拒まれたくなかったら、自分から先に拒むことだ。私はそういう人生観を身につけてしまった」
欧陽鋒に、兄嫁となる前の女に思いを告げる勇気があれば、彼の人生は変わったものになっていたのかもしれない。
この場面に差し込まれたのは、欧陽鋒と慕容嫣(ブリジット・リン)との回想シーンではなかったか。全てが誰かを誰かの代用品に見立てての愛憎の物語はこうして幕を閉じ、やがて東邪と西毒の時代が始まる。