『天使の涙』 今更レビュー:ウォン・カーウァイ監督、イーグルスの次はJ.ガイルズ・バンドで来たかっ、と思った

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『天使の涙』 
堕落天使 Fallen Angels

ウォン・カーウァイ監督が『恋する惑星』で撮りきれなかったエピソードを膨らます。今回はまた違った味わい。元気で雑多な香港の魅力。

公開:1996 年  時間:96分  
製作国:香港

スタッフ 
監督・脚本:   ウォン・カーウァイ
撮影:    クリストファー・ドイル
キャスト
殺し屋(ウォン):   レオン・ライ
エージェント:    ミシェル・リー
モウ:            金城武
失恋娘:      チャーリー・ヤン
金髪の女:       カレン・モク


勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

©1995, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

あらすじ

クールな殺し屋(レオン・ライ)と、そのパートナーである美貌のエージェント(ミシェル・リー)。仕事に私情を持ち込まないのが、二人の流儀。

しかしその約束が揺らぎはじめているのを二人は知っている。殺し屋の残した痕跡を求めて、夜の街に出るエージェント。そして殺し屋と街で出会い一夜を共にする金髪チャイナドレスの女(カレン・モク)

夜な夜な他人の店にもぐり込んで妖しげな営業を始める青年モウ(金城武)。彼は失恋したての女の子(チャーリー・ヤン)に出会い、恋をする。

幸福感でいっぱいになるモウ。でもこの失恋娘は失った恋人のことで頭がいっぱい。嘆き悲しむ彼女に、彼はある提案をする。

今更レビュー(ネタバレあり)

恋する惑星に撮りきれなかったもの

ウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』には、当初三つのエピソードが描かれる予定だった。撮りきれなかった一つが本作の元ネタだと言われている。

なるほど、重慶大厦の安宿が舞台だったり、大きな看板の目立つマクドナルドがでてきたり、〈ミッドナイト・エクスプレス〉みたいなデリや金髪の女も登場する。言われてみれば、同作の延長線上にあるように思える。恋する惑星に天使がいても不思議ではない。

ただ、金城武がまったく別の役で登場するので、両作品は切り離して楽しむのがよい気がする。

二人の警官の恋愛話が前後にきっちり分かれていた『恋する惑星』と違い、本作では、二つのエピソードは交互に登場し、進んでいく構成となっているところも違うし。

©1995, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

殺し屋とエージェント

まずは、殺し屋(レオン・ライ)とエージェント(ミシェル・リー)の物語。「わたしたちは、まだパートナーかしら」の台詞で始まる冒頭。

恋人同士かと思えば、二人は殺人依頼のエージェントとヒットマンの関係のようだ。だが、これまで全く顔を合わせたことはない。殺し屋が根城にする安宿を、彼が留守の間に女が掃除し証拠を隠滅する。互いに顔を知らないのだ。

「俺はモノグサな人間だ。だから仕事の指示を与えてくれるパートナーが必要なんだ」

殺し屋は、女から「明日、<友人>に会うから」という指示を受ければ、雀荘でも美容院でも、ターゲットを皆殺しに二丁拳銃で駆けつける。香港ノワールの雰囲気。

アンディ・ラウらと共に四大天王と騒がれたレオン・ライのスター性。『インファナル・アフェアIII 終極無間』の頃とは違い、まだ若者のナイーブさも残る。

エージェントの女は、会ったことのない殺し屋を好きになり始める。

「ゴミを観れば、その人が何をしていたかがわかる。私は彼の痕跡を求めて街にでた」

エキゾチックな顔立ちのミシェル・リー。日本ではこの頃から、ケリー・チャンと一緒に資生堂ピエヌのCMに出てた。メイク魂に火をつけろ(B‘zでしたね)。

相変わらず、ウォン・カーウァイクリストファー・ドイルの撮る香港の夜の町並みは妖しく美しい。コマ落としで見せる電車やクルマのテールランプ。

本作で印象的だったのは、尖沙咀の誰もいない大きな地下街に伸びる長いエスカレーターか(『恋する惑星』に出てきた、屋外の街中を抜ける九龍のヤツではない)。

殺し屋が現場に向かうときに流れる香港POPSと、ジュークボックスから流れる懐メロとのギャップも面白い。

©1995, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

殺し屋と金髪女

さて、殺し屋が、そろそろ足を洗おうかと思い、女にコンタクトを試みる頃、妙にハイ・テンションな金髪の女(カレン・モク)に出会う。広い店内には誰もいないマクドナルドで、金髪女は男の隣に座る。

二人はすぐに親密になり肌を重ねるが、女の無理な陽気さの裏には、どこか寂しさを感じさせる。二人が夜の街中を歩く際は、きまって土砂降りだ。

ある日の地下道で、金髪女はエージェントの女とすれ違い、互いに相手の香水から、殺し屋との関係を察知する

「いつか街であったら、私のこと覚えていてくれる?」

金髪女は、男の心の中に自分がいないことに気づいていた。そしてエージェントと男が会えるように取り持つ。それが映画の冒頭の、二人が初めて会話をするシーンなのだ。

エージェントにまだパートナーかと聞かれた男は、最後の仕事を引き受ける。ああ、不吉な予感。死亡フラッグ立ってない?

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口がきけない男と失恋女

もうひとつのエピソードは金城武の演じる若者モウがユニークだ。『恋する惑星』では流暢にマルチリンガルぶりを発揮した彼だが、本作では口がきけない。

5歳の時に期限切れのパインを食べたのが原因だという。なんと無茶な設定。しかも、賞味期限とパイン缶といえば、『恋する惑星』で自ら作った恋愛成就のジンクスではないか。

そのモウが、閉店後のいろいろな店のシャッターをこじ開けて、勝手に商売を始めては、通行人をつかまえて、脅迫まがいにサービス提供。勘弁してくれと客が出すカネで生計を立てている、ちょっとヤバい奴だ。

洗濯屋に散髪屋、アイスクリーム店。無邪気に戯れるフランケンシュタインのような、不気味さと笑いの混在。

そんな彼のそばに、恋人を親友に寝取られて逆上し、その女<金髪アレン>に電話で激しく文句をいう失恋女(チャーリー・ヤン)が現れ、モウは恋におちる。

「ちょっとだけ、肩を貸して。涙が乾くまで」

喋れないのに「電話ではなく直接会って殴れ」という彼のメッセージがなぜか女に伝わり、二人で金髪アレンを探索にいくことに。

モウは父親が経営する安宿に父子で住んでいる。仲の良い親子だったが、父は病死してしまい、その後モウは日本料理の居酒屋で焼き鳥を焼いたり、デリを持って定職についたりと、少しまともになる。

父の安宿が殺し屋の根城だったり、居酒屋の客として殺し屋がやってきたりと、両エピソードに繋がりもでてくる。

そういえば、殺し屋がバスで乗り合わせた小学校の同窓生が結婚する予定と言っていたから、こいつは失恋女の元カレだったのだろう(でないと、バスのシーンは不要だし)。

ならば、フィアンセのデカパイ女というのが、金髪アレンで、更には、金髪女だったりするのは考えすぎか。

失恋女は結局、金髪アレンにも元カレにも会えずじまい。パイン缶同様、「彼への恋もはやく期限切れになってほしい」と願うモウだったが、結局彼の初恋は実らない。

その後、彼のデリに失恋女が偶然現れるが、モウのことなどまったく覚えていない様子だ。

©1995, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

堕落天使たちの恋路

トニー・レオンとフェイ・ウォンの恋愛話が素晴らしかった『恋する惑星』に比べると、本作はややインパクトに欠けるというのが正直な感想。重慶大厦の安宿をはじめ、以前にみたことのある景色が多かったことも印象が弱い一因だろう。

だが、金城武に関して言えば、本作の風変りなキャラクター・モウのほうが前作より断然好感が持てるし、演技としても上だと思った。彼は黙っていれば二枚目路線だが、こういうふざけた役柄の方が、なんだか溌剌としてみえる。

殺し屋は、最後の仕事を引き受けて二丁拳銃で飛び込んでいくが、ついにターゲットからの猛反撃にあってしまい、あえなく倒れてしまう。

これは、ハードボイルドな殺し屋の宿命だから仕方がない。レオン・ライは最後までクールだ。旧友にセールスされた生命保険に入っておくんだったと後悔したのだろうか。

愛する殺し屋を失ったエージェントの女は、訪れた店で偶然にモウと出会い、彼のバイクで家まで送ってもらうことになる。新しい恋の予感。堕落した天使は誰だったのかしらないが、まだまだ、香港の町は恋する惑星の中にある。