『ブエノスアイレス』 今更レビュー:俺たちハッピーにトゥギャザーしようぜ

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『ブエノスアイレス』 
春光乍洩 Happy Together

鬼才ウォン・カーウァイ監督がレスリー・チャンとトニー・レオンで撮った、男同士の愛の形。やり直そう、その言葉に俺は弱い。香港からなぜかブエノスアイレスに高跳びしてしまう二人の愛の行方は。

公開:1997 年  時間:96分  
製作国:香港

スタッフ 
監督: ウォン・カーウァイ
撮影: クリストファー・ドイル

キャスト
ウィン: レスリー・チャン
ファイ: トニー・レオン
チャン: チャン・チェン


勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)1997, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

あらすじ

激しく愛し合いながらも別れを繰り返してきたウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)は関係を修復するためイグアスの滝へ向かうが、途中で道に迷って言い争い、そのままケンカ別れしてしまう。

その後、ブエノスアイレスのタンゴバーでドアマンとして働いていたファイのアパートに、傷ついたウィンが転がり込んでくる。

仕方なくウィンを居候させるファイだったが、ケガから回復したウィンはファイの留守中に出歩くように。そんな中、転職して中華料理店で働きはじめたファイは、同僚の青年チャン(チャン・チェン)と親しくなる。

今更レビュー(ネタバレあり)

舞台裏事情あれこれ

ウォン・カーウァイ監督にレスリー・チャントニー・レオンの共演、思い出すの『欲望の翼』だが、結局時間切れか予算打ち切りかで、トニー・レオンの出演シーンは尻切れトンボで終わってしまった。

そこで描こうと思った二人の関係が、男同士の恋愛ではなかったと思うが、本作ではこの二人が恋人同士の役であり、冒頭から濃厚なベッドシーンを見せてくる。

本来、トニー・レオン演じるファイは、アルゼンチンで殺された父親の遺体を引き取りに来る男の設定で、父に男性の恋人がいたと知った彼が香港に戻った後、その相手の男性を愛し始めるといったストーリーだったと聞く。

そもそも、トニー・レオンはゲイの役は演じたくないといっていたのだ。それをなんとか言いくるめてブエノスアイレスまで連れてきたウォン・カーウァイ監督が、いつの間にか当初の企画とは全く異なるゲイの映画を作ってしまったというのが実際のところか。

まあ、スケジュール通り、予算通りに映画を撮れるはずがないウォン・カーウァイ監督だが、今回も膨大な量のフィルムは撮ったものの、レスリー・チャンのコンサート予定などでスケジュール調整は収拾がつかなくなり、本作のような仕上がりになったということだろう。

その辺の舞台裏事情は、本作のメイキング・ドキュメンタリーである『ブエノスアイレス 摂氏零度』を観ると、よく分かるのかもしれない。あいにく、私は未見だけれども。

©1997, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

俺たち、やり直そう

その辺の背景はともかく、一本の作品としては、しっかりと仕上げているのはさすが大御所である。しっかり、カンヌ国際映画祭では監督賞も受賞している。

映画はカラーとモノクロが混在しており、はじめは何か意味があるのかと思ったが、そんな深読みしても答えがでてくるような気はしない。そんな、カッチリした撮り方するはずない。

ウォン・カーウァイ監督とかデヴィッド・リンチ監督とかって、何か映像に意味がありそうだけど、実は感性で撮ってるだけです、という思わせぶりが多い気がする。

ともかく、ウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)のゲイ・カップル。「俺たち、やり直そう」というウィンの一言にいつも騙されるファイ。二人で香港を離れブエノスアイレスに行くことにする。

ボロ車でイグアスの滝を目指すも、道に迷ってたどり着けず。滝が光って流れていくように見える、回り灯篭のようなランプが二人の部屋に小道具として置かれていることからも、このイグアスの滝は、二人で訪れたい場所として映画の中でも意味を持っていると分かる。

世界三大瀑布の一つであるイグアスの滝の圧倒的な水量とスケール感は見事だが、『ミッション』の十字架シーン同様に、本作の中では重苦しい運命を思わせる。

結局、ファイはブエノスアイレスで、帰りの旅費を稼ぐために台湾観光客向けのドアマンの仕事に就く。一方のウィンは男を漁って遊び惚けている。二人はそういう間柄のようだ。

遊びまくったツケが回って、ウィンは相手の男にボコられ、両手を怪我してしばらくは何もできない状態に。

なんだかんだと文句を言いながらウィンの食事や風呂の世話をし、実は彼がおとなしく自分のそばにいてくれる、今の生活を嬉しく思っているファイ。このまま早く治らなければいいのにとは、なんとも健気なものだ。

やがてファイは稼ぎの良い厨房の仕事に就き、そこでチャン(チャン・チェン)に出会い、運命の歯車は少しずつ狂っていく。互いに好き合っていながら、結局ファイとウィンはすれ違ったまま終わってしまう。

ファイは関係に終止符を打つかのように、イグアスの滝に一人で訪れる。チャン・チェン『牯嶺街少年殺人事件』の頃とは随分雰囲気が変わった。本作は兵役直前に撮影したものだ。

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レスリー・チャンの映画だ

本作の語り部であるファイは、映画の構成上は主人公の形をとるが、終始彼を翻弄し続け、やり直そうといって困らせ続けたのはウィンだ。彼は強がって自暴自棄な行動を取るが、実際は繊細な性質が透けて見える。

ウィンが真の主役だと思ってしまうのは、レスリー・チャンが本作の数年後に亡くなってしまったからという理由からではない。

ブエノスアイレスはアルゼンチンの首都であり、南米ではブラジルのサンパウロと並ぶ大都市だ。

映画ではビル街の夜景やサッカーの試合シーンは若干あるが、街の生活風景を映し出すようなシーンはあまりなく、タイトルの割には(邦題だけか)街のイメージがつかみにくい。

都市の名前を覚えたのは、『母をたずねて三千里』のアニメがきっかけだと思うが、恐ろしく遠いところというイメージが子供心に植え付けられている。まあ、本作の香港からみても、地球の裏側だという表現を使っているので、満更間違ってもいないか。

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ノマドランドに引き継がれたもの

今年度アカデミー賞はじめ賞レースを席巻した『ノマドランド』のクロエ・ジャオ監督は、撮影や編集の前後によく本作を観るそうだ。余程好きなのだろう。

確かに、本作へのオマージュのようなシーンが散見される。

例えば、本作でファイとチャンが働いている大きな料理屋の厨房。人気のない広い厨房でファイが勝手に料理を作り、チャンがせっせと機器の清掃をしているシーンは、『ノマドランド』で主人公が厨房で季節労働しているシーンと重なる。

更には、チャンが金をためてはるばる地の果てウスワイヤまで行き、写真を撮るシーンなども、『ノマドランド』でノマドの老婦が一人で辺境の地でツバメの写真を撮るシーンに重なる。

生きている限り、会いたい人とは会えるのだというメッセージさえ、両作品には共通するように思う。

ラストに出てくる、夜の都市を走る電車をとらえた美しい映像は、ウォン・カーウァイ監督のトレードマークのようになっている。

或いは、クリストファー・ドイルの撮影の賜物なのかもしれないが、なぜか他の作品よりもひときわスタイリッシュに見える。これで作品評価は二割増し位になっている気がする。

正直に言うと私は男同士の恋愛ものは昔から苦手なのだが、本作はさほどハードなシーンもなく、男同士の心理描写の細やかさが際立っていて、このジャンルでは珍しく気に入っている作品だ。

初めからウォン・カーウァイ監督が計算して撮ったとは思えない。いろいろなトラブルを乗り越えて、結果的に優れた作品に昇華させることができたのではないか。まあ、それを世間では才能というのか。