『ヒート』
Heat
マイケル・マン監督がアル・パチーノとロバート・デ・ニーロの夢の競演で贈る、クライムアクションの金字塔。
公開:1995年 時間:171分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: マイケル・マン キャスト ヴィンセント・ハナ: アル・パチーノ ニール・マッコーリ:ロバート・デ・ニーロ クリス・シヘリス: ヴァル・キルマー マイケル・チェリト: トム・サイズモア ジャスティン・ハナ:ダイアン・ヴェノーラ ローレン: ナタリー・ポートマン イーディ: エイミー・ブレネマン シャーリーン: アシュレイ・ジャッド ネイト: ジョン・ヴォイト トレヨ: ダニー・トレホ ヒュー・ベニー: ヘンリー・ロリンズ ロジャー・ヴァン・ザント: ウィリアム・フィクナー ウェイングロー: ケヴィン・ゲイジ
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
仕事に憑かれて一般的な家庭生活が送れない刑事ヴィンセント(アル・パチーノ)。冷徹無比の犯罪組織のボス、ニール(ロバート・デ・ニーロ)。
追う者と追われる者、虚々実々の駆け引きとせめぎ合い。やがて二人はそれぞれの抱える孤独のうちに、奇妙な共感を覚える。だが彼らには避けては通れない運命の直接対決が待ち受けていた。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
二大俳優の共演、だけじゃない
マイケル・マン監督が自身のTV作品である『メイド・イン・LA』(1989)をセルフ・リメイクした本作は、アル・パチーノとロバート・デ・ニーロという超大物の二大俳優を刑事と強盗犯という対立する役柄で起用し、大いに話題を呼んだ。
だが、スター俳優の知名度にあぐらをかいた安易なアクション映画などではまったくなく、171分という長尺をものともしない緊張感の張り詰めた、クライムアクションの金字塔的な作品となっている。
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本作を、公開時以来久々に観直した。
ド迫力のガンファイトやアクション、そして刑事と犯罪者の神経戦には当時も興奮したことは覚えている。だが、なぜかその後、世間では「パチーノとデ・ニーロはこの映画で実は共演していないのではないか」という都市伝説がまことしやかに囁かれ、すっかり興味を失ってしまっていた。
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この噂は、ロバート・デ・ニーロが演じる、巧妙なチームプレイで現金輸送車を襲撃する犯罪プロ集団を率いるニール・マッコーリーと、全力でその逮捕をめざす、アル・パチーノ扮するLA市警のヴィンセント・ハナ警部補が、まったく同じカットに登場しないことに由来する。
ツーショットなしで正解
中盤になって、初めて二人が顔を合わせてダイナーでコーヒーを飲みながら互いの腹を探り合うシーンがある。
だが、その場面でさえ、カメラは一方の相手の後頭部ナメで、もう一人が話すのを正面からとらえる。つまり、パチーノとデ・ニーロが並んで顔を見せるショットがひとつもないのである。だから、「共演NGかよ」という怪情報となったのだろう。
初の共演作『ゴッドファーザー PART Ⅱ』(1974、フランシス・フォード・コッポラ監督)では、役柄の設定上、顔を合わせることがなかった二人である。せっかくの共演作品なのに、並んで顔見せしないなんて、なんと勿体ない事を、と当時の私は思った。
◇
だが、マイケル・マン監督は正しかった。この撮り方が、二人の特殊な関係の緊張感を強めるのだ。
その後に二人が共演シーンを見せまくった『ボーダー』(2008、ジョン・アヴネット監督)は不評だったし、『アイリッシュマン』(2019、マーティン・スコセッシ監督)も作品自体は力作だったが、二人仲良しのツーショットを見ても、何か違和感が漂う。
我々は、パチーノとデ・ニーロが敵対し、緊迫する姿が見たいのだ。ファンサービスのツーショットなど、なくてよい。それを、マイケル・マン監督は分かっていた。
合わせ鏡のような存在
徹底した下調べ、警察の動向の傍受、火薬の扱い、無駄のない動き、無益な殺傷はしないが必要ならば躊躇しない、信頼のおける仲間で構成された犯罪チーム。
30秒フラットで全ての生活を捨てて高飛びできる身軽さを信条とするニール・マッコーリー(ロバート・デ・ニーロ)に家庭はない。
◇
一方、この犯罪集団を捜査するLA市警のヴィンセント・ハナ警部補(アル・パチーノ)も、24時間犯罪を追いかけるワーカホリックの切れ者だ。家庭を顧みず、離婚を繰り返している。
捜査がすすむうち、互いが相手の知力と能力の高さを認識し始める。立場は違えど、合わせ鏡のような存在の二人には奇妙な共感が芽生える。
他のキャストについて
主演の二人以外の共演者も層が厚い。まずは、ニールの仕事仲間クリス・シヘリスを演じた、若さが漲るヴァル・キルマー。同年公開の『バットマン フォーエヴァー』では主役もやるなど、派手に活躍していた頃か。
実生活では喉頭がんで声が出せないながらも、最新作『トップガン マーヴェリック』では懐かしのアイスマン役でオールドファンを喜ばせた。
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ニールに仕事を持ち掛ける黒幕的な存在のネイトにジョン・ヴォイト。本作の翌年には『ミッション:インポッシブル』(ブライアン・デ・パルマ監督)が控えている。そのせいか、このひとが登場すると、どこかで裏切るようにみえて仕方ない。はたして本作ではどうか。
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女優陣では、クリスの妻シャーリーン役に『サイモン・バーチ』のアシュレイ・ジャッド、ヴィンセントの妻ジャスティンには『ハムレット』のダイアン・ヴェノーラ、そしてその娘ローレン役には、『レオン』でデビューしたばかりのナタリー・ポートマン。
ニールの恋人イーディ役には『彼女を見ればわかること』のエイミー・ブレネマン。大型書店の出会いで恋人同士になるパターンは、同じデ・ニーロの『恋におちて』(1984)を思い出す。
本作はマイケル・マンがリアリティにこだわる監督だけあって、アクションの迫力とスケールがハンパない。
冒頭の、コンボイ・トラックが追突して現金輸送車を襲うシーンやら、爆風で周辺に駐車しているクルマのウィンドウがみな弾け飛ぶシーンやら、あるいはLAでの白昼堂々の往来での銃撃戦とか、どれも見応えは十分だ。
だが、それらのド派手なアクションが<動>だとすれば、私は<静>のシーンの演出の冴えに、本作の魅力を感じた。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
静かな神経戦こそ本作の白眉
そう、目を引く見どころは派手な銃火器や大型車両を使ったアクションなのだろうが、その合間に登場する緊迫した静かなシーンこそ、本作の白眉なのだ。
例えば、犯罪者仲間で祝杯をあげたあと、夜のレストランから出ていくニールたちを、向かいのビルの屋上から監視しているヴィンセントら刑事たち。ここで初めて、犯罪者たちの面が割れる。
そして、彼らが貴金属の倉庫から強奪をする犯行を、近くのトラックの荷台で監視している刑事たち。ドジな警官の起こしたわずかな物音で、ニールは犯行を中断し、撤収する。なんという勘の良さと慎重さ。地団太を踏み悔しがるヴィンセント。
◇
更に、ニールたちが次の犯行の下見に来た埠頭の倉庫を尾行する刑事たち。連中が立ち去った後に、その現場を探るが、金目の獲物は見当たらない。そこでヴィンセントが笑い出す。
「何が狙いかわかったぞ」
敵は、自分たち刑事たちの面が分かるように、この埠頭に誘き出したのだ。敵ながらあっぱれ。この智将対決は盛り上がる。
定石通りにラストを迎えるのか
そしてヴィンセントとニールがついに初めて対面し、言葉を交わす。ヤマを踏むプロと、それを阻止するプロの対決。ともに、「その時が来れば、ためらわずにあんたを撃つよ」と言い合う。
二人の対決は、ニールが次にたくらむ銀行強盗、そして冒頭の襲撃事件で、ニールの指示に従わず警備員を射殺した新入りのウェイングロー(ケヴィン・ゲイジ)、彼らに資産を奪われて復讐の機会をねらう投資会社オーナーのヴァン・ザント(ウィリアム・フィクナー)らの存在によって、攪乱されていく。
刑事ドラマのセオリーに従えば、悪は最後には滅びることになるが、はたして本作にも通用するか。そもそも、ドラマの仕立てとしては、どちらかといえばニールに感情移入する作りになっているし。
アル・パチーノが青筋立てて犯人に銃を向ける姿は『インソムニア』(クリストファー・ノーラン監督)の刑事を彷彿とさせ、事件が普通に解決するようにはみえない。
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そういう状況下で迎えたラストの夜の空港の滑走路付近の対決シーンが凝っている。飛行機が離陸してしまうと、滑走路の照明が消え、暗闇になる。相手の居場所を探りながらの撃ち合い。そこに次のフライトが到来し、照明が戻る。果たして、運命はどちらに味方したのか。
本作にはマイケル・マン監督による続編の企画もあるという。キャスティングは変わることになるのだろうが、今から期待せずにはいられない。