『蘇える金狼』
村川透監督が角川映画の看板のもと、大藪春彦原作で撮った、松田優作の代表作のひとつ。
公開:1979 年 時間:131分
製作国:日本
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
29歳の平凡なサラリーマン・朝倉哲也(松田優作)は、夜になるとボクシングジムで身体を鍛え上げ、自身が勤める大企業・東和油脂を乗っ取る野望に燃えていた。
ある日、銀行の現金輸送車を襲い9000万円の強奪に成功した彼は、その金を安全な紙幣に変える過程で入手した麻薬を用い、上司・小泉(成田三樹夫)の愛人である京子(風吹ジュン)を手なずける。
京子からの情報で会社の汚れた内部事情を把握し、邪魔者を次々と消していく朝倉だったが…。
今更レビュー(ネタバレあり)
大藪・村川・優作の揃い踏み
松田優作とタッグを組んで『最も危険な遊戯』(1978)で監督業に本格復帰した村川透、本作で遂に角川映画に名乗りを上げる。
『殺人遊戯』へと続く遊戯シリーズには、ハードボイルドながらもコミカルな路線がだいぶ加味されてきて、先行きに不安も覚えていたところに、堂々のダーティヒーロー・朝倉哲也の登場である。
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原作は「野望篇」「完結篇」の二編からなる大藪春彦の長篇小説。
昼間は大企業の経理部で黙々と事務仕事をこなす、真面目だけが取り柄のサラリーマン・朝倉哲也。だが毎夜ボクシングジムで身体を絞り、私腹を肥やし会社を食い物にする重役たちの裏をかき、自分ものし上がろうと野望を抱く。
1964年の東京オリンピック開催直前の時代設定から15年ほど設定をずらし、大長編を130分にまとめ上げた永原秀一の脚本は労作だ。
原作で描かれていた、銀行からの現金運搬人を襲撃する用意周到な計画は一切省かれ、冒頭から白バイ警官に扮した朝倉が強奪と射殺を派手に繰り広げて、観るものの度肝を抜く。
そして次のシーンでは、面白いカツラに黒ぶちメガネの冴えないサラリーマンに早変わりし、大企業の経理部に溶けこんでいる。このギャップは小説では味わえない、松田優作ならではの面白み。
暴走せずにちゃんと仕上がっている
朝倉哲也という人物から滲み出る知性や、裡に秘めている犯行の目的といったものは、さすがに原作に比して淡泊に思えたが、その辺を大藪春彦ご本人、或いは著者の愛読者層はどうとらえていたのか、興味深いところ。
ただ、村川透と松田優作のハードボイルド・アクションを熱望するファンにとっては、十分に期待に応える作品だったのではないか。
角川春樹が望んでいたような、<ガンアクションがカッコいい邦画>の域に到達していたのかは何ともいえない。
だが、少なくとも私は、これまでとは桁違いの製作費と広告宣伝費が投入された本作が、村川透監督と松田優作の大好きな<新しいこと>や<アドリブ>だらけで破綻せずに、きちんとした作品に仕上がったったことを嬉しく思う。
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大藪春彦原作の本作品に笑いの要素は似合わないと思うので、コミカルなキャラクターは強請屋の桜井光彦(千葉真一)程度で、会社の上層部連中も情けないリアクションはちょっとおかしいものの、作品全体のトーンを崩すほどではないのは好感。
大金を強奪しても紙幣番号が控えられており迂闊に使えないと知った朝倉が、なぜ大量の麻薬を購入しようとするのか。一種のマネーロンダリングを企むわけだが、それを暴力団の幹部(今井健二)相手に冥途のみやげに語ってくれるところは、観る者にも親切だ。
麻薬ルートを陰で操る大物議員の磯川(南原宏治)相手に、麻薬の取引を進める朝倉。同時進行で、勤務する東和油脂で私腹を肥やしている上層部が、裏帳簿や不倫ネタで桜井に脅迫されていることを嗅ぎつけ、うまく渡り歩いて会社の大量株式を保有するまでになる。
ストーリーは慌ただしく進み、途中、仮面を被ったり絶叫したりと、朝倉が狂気を帯びる場面はあるが、幸いにも映画としては破綻していない。これがエスカレートすると、のちの松田優作出演作のようになっていくところだが、本作では踏みとどまった感がある。
鍛え抜かれた大柄な体躯、電光石火のガンさばき、女には手が早く、スポーツカーにも目がない。まるでジェームズ・ボンドのようだが、あちらと違い公務ではない、朝倉はただの犯罪者である。だが、松田優作が演じることで、そのダークサイドの英雄に、不思議な魅力が漂ってしまう。
ロケ地とクルマあれこれ
古い邦画のお楽しみの一つ、ロケ地について。
冒頭に出てくる大手町のオフィス街、時計台のある野村ビルは建て替わっても、この時計部分は健在。奥にみえるのはかつての第一勧業銀行本店か。現金運搬人の襲撃はAIUビル付近? 多くが取り壊されてしまっているのは、いかにも建造物を大事にしない日本的。
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原作では横須賀やドブ板通りが多く登場したが、映画では台詞としては登場させていないのではないか。ただ、ロケ地としては横須賀が使われているし、特徴的な猿島も登場。途中にある横浜中華街では同發新館。
千葉真一扮する桜井が殺し屋とカーバトルする湾岸沿いの石炭埠頭はなんと今の豊洲である。隔世の感。あの頃のクレーンだけは、ららぽーと豊洲の前にそびえている。あと、懐かしいのはフラメンコをやってた店・新宿伊勢丹会館にあったEL FLAMENCO。ここ、よく知っていたけど、もう閉店。
本作で一番インパクトのあった、夜明けの銀座中央通りを赤いランボルギーニ・カウンタックが悠然と走るシーン。場所柄、貸切ロケのはずはないが、時間帯を選べば、あのようなほぼ無人のシーンが撮れるのだと、村川透監督がかつて語っていた。
当時はスーパーカー全盛期か。朝倉の愛車は、マセラティ・メラク、BMWアルピナB6、カウンタックと変遷していく。このラインナップが、大藪春彦の眼鏡に適うのかは知らないが、個人的には人気車カウンタックよりも、メラクの稀少な走行シーンが見られたほうが嬉しいかも。
キャスティングあれこれ
この時代の作品の共演者の顔ぶれも楽しみの一つ。
まずは松田優作に懲らしめられる悪役連中。東和油脂の腹黒い上層部は、社長の佐藤慶を筆頭に、成田三樹夫、小池朝雄、草薙幸二郎と、お馴染みの面々。これだけの顔ぶれを揃えるとは、東和油脂、どんだけダメ企業なのだ。興信所所長役の岸田森も、相変わらず怪しい雰囲気。
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政界フィクサー磯川議員役の南原宏治は、ちょっと老け顔メイクが過剰ではないかと思ったな。あれでは議員にもヤクザにも見えない。
桜井役の千葉真一は、さすがに松田優作の主演映画では、それ以上にアクションで目立つわけにもいかないが、存在感あり。優作が抑えている分、軽妙に笑いを取りに行く。朝倉は秘かに高く評価していた桜井が殺されてしまったことを原作では強く惜しんだはずだが、映画ではあまり感じられず。
女性陣はヒロインの永井京子(風吹ジュン)の怪しい魅力が際立つ。しかも彼女は、当時から今日まで変わらない美しさを維持しているところが、とてつもなく凄い。
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角川春樹は本作でもボクシングジムのトレーナー役でカメオ出演。基本、自分の映画には出たがる人だが、ろくに顔も写さないのに、背格好と髪型で気づかせるほど、洗練度を上げている。
「優作は意外とパンチ力がなかった」とか、「ゴルフも(本作のクラブすっぽ抜けのように)下手だった」とか、さすがは、何かとマウントを取る発言をしたがる大物プロデューサーだけはある。ただ、たしかにサンドバッグを殴る優作は、素人目に破壊力がない(手首を痛めそう)に見えた。
そしてお馴染み、動く標的
終盤、正体を知られた京子に刺された朝倉は、ひとり空港に向かい、飛行機に乗る。朝倉は京子のために航空チケットを用意していたのに、愛しながらも彼女を殺めることになった。
ペドロ&カプリシャスの初代ヴォーカルであった前野曜子が歌うテーマ曲は、大量に流されたCM効果で今でもサビを口ずさめるが、「SHŌGUN」のケーシー・ランキンが作った曲なのに、なぜか演歌っぽく聞こえる。
本作の無機質な作品テイストに、この曲(というか歌)は合わないと私は感じたが、どうだろうか。
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ラストシーン。スカンジナビア航空のスチュワーデスは『殺人遊戯』の中島ゆたか。
「木星(ジュピター)には何時に着くんだ?」
恐ろしい形相で尋ねる朝倉。勝ち逃げする原作と異なり、映画では悪運が尽きる。いつもハッピーエンドで終わる遊戯シリーズとは、一味違った優作だった。