『パターソン』今更レビュー|相変わらず運転手が好きなんだジャームッシュ

スポンサーリンク

『パターソン』
Paterson

ジム・ジャームッシュ監督お得意の、とりとめのない会話劇にアダム・ドライバーが参戦。どこかほっこりする詩人の日常。

公開:2017年  時間:118分  
製作国:アメリカ
  

スタッフ 
監督・脚本:  ジム・ジャームッシュ

キャスト
パターソン:   アダム・ドライバー
ローラ:   ゴルシフテ・ファラハニ
ドク:  バリー・シャバカ・ヘンリー
ドクの恋人:     ジョニー・メイ
ドニー:      リズワン・マンジ
エヴェレット:
  ウィリアム・ジャクソン・ハーパー
マリー:    チャステン・ハーモン
メソッド・マン:   クリフ・スミス
若き詩人: スターリング・ジェリンズ
日本からやって来た詩人:  永瀬正敏

勝手に評点:3.0 
      (一見の価値はあり)

(C)2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

あらすじ

ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)。彼の一日は朝、隣に眠る妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)にキスをして始まる。

いつものように仕事に向かい、乗務をこなす中で、心に芽生える詩を秘密のノートに書きとめていく。帰宅して妻と夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩。バーへ立ち寄り、一杯だけ飲んで帰宅しローラの隣で眠りにつく。

そんな一見変わりのない毎日。パターソンの日々を、ユニークな人々との交流と、思いがけない出会いと共に描く、ユーモアと優しさに溢れた七日間の物語。

スポンサーリンク

今更レビュー(まずはネタバレなし)

パターソンのパターソン

吸血鬼ものだったり、コメディだったり、ゾンビだったりと、2000年代以降はバラエティに富んだ設定の作品が目立つジム・ジャームッシュ監督だが、本作は初期の作品群や『コーヒー&シガレッツ』を彷彿とさせる、とりとめのない会話がメインの落ち着いた作品。

ニュージャージー州パターソン市で、NJトランジットのバス運転手として働いている主人公のパターソン。パターソンの町に住むパターソンという役名に加え、主演のアダム・ドライバー運転手ドライバーというのも、人を食っている。

妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)が、双子を生んだ夢を見たと夫のパターソンに語るところから物語は始まるが、それに呼応するように、映画にはバスの乗客からバーの常連まで、たくさんの双子たちが登場する。だが、そのこと自体、物語になにか影響を与える訳ではない。

パターソンが目下、関心を持っているのは<オハイオ・ブルーチップ>青い箱のマッチ。彼はこいつを題材にして、仕事の合間に詩を少しずつ書き連ねている。そう、彼は趣味で詩を書き溜めている、詩人なのである。

(C)2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

単調な日々の繰り返し

映画は<月曜日>から始まり、夫婦並んで寝ているベッドから決まった時間に起きては、出勤してバスを走らせ、そして仕事の合間をみつけては詩を書き、ブルドッグのマーヴィンを夜の散歩に連れ出しては行きつけのバーで一杯だけ引っかける。それがパターソンの日常生活だ。

驚いたことに、<月曜日>から始まるこの生活は、きちんと<日曜日>まで七日間繰り返される。それも、これといった事件も変化もなしにである。いや、厳密にいえば、いくつかの些細なトラブルは起きる。例えば、運航するバスが電気系統のトラブルで走れなくなる。

だが、せっかく映画的にはおいしいハプニングが起きても、パターソンは、乗客を代替バスに誘導するだけ。或いは終盤に出てくる犬のマーヴィンのいたずらもそうだ。何か日常と違うことが起きても、映画は恐ろしい吸収力でそれを飲み込み、いつもの日常に戻してしまう。

これを単調でつまらないと思う人もいるだろう。だが、大迫力のスペクタクルに疲れてしまい、映画の中に安寧を求める人にとっては、本作はうってつけの一本かもしれない。

『パターソン』本予告 8/26(土)公開

キャスティングについて

アメリカの大都市郊外にいくらでもありそうな、これといって特徴のない町をバスは走る。だが、そこで暮らす人々はどこかみな幸福そうで、ギスギスした感じはしない。

町一番の観光資源であるグレートフォールズの滝が眼前にせまる公園のベンチをはじめ、あちこちでノートに詩を書き連ねるパターソン。書いていく詩の文字とアダム・ドライバーの落ち着いた声による朗読、そして町の風景の調和が心地よい。

小津安二郎を意識したわけではないだろうが、地方都市の町並の切り取り方は、モダン建築の町を舞台にした『コロンバス』(コゴナダ監督)にどこか似ている。

(C)2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

それにしてもアダム・ドライバー『スターウォーズ』のカイロ・レンで一躍超メジャーになった直後が本作の主演と『沈黙/サイレンス』(マーティン・スコセッシ監督)の神父役とは、守備範囲が広い。

『最後の決闘裁判』(リドリー・スコット監督)で見せたような闘志を秘める役が似合いそうだが、本作ではどこまでも気の優しい、けして声を荒げない詩人を演じきっている。最新作はレオス・カラックスの『アネット』の主演。大物監督から引く手あまたなのも肯ける。

スポンサーリンク

妻ローラ役に『彼女が消えた浜辺』ゴルシフテ・ファラハニ。近年ではクリス・ヘムズワースのアクション映画『タイラー・レイク -命の奪還-』に出ていた彼女。

本作のローラは家のカーテンの模様替えからお弁当まで全てドーナツ柄に統一してみたり、奇抜なカップケーキを大量に作ってバザーに出してみたり、カントリー歌手を目指してギターをパターソンにおねだりして練習し始めたりと、なかなか天真爛漫で可愛いキャラ

(C)2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

彼女のやりことなすことみな微妙にずれているのだが、気の優しい夫はそれを黙って受け止め(褒めもしないが貶しもしない)、夫婦生活は円満になりたっている。新作料理の芽キャベツのパイを水で胃の中に流し込んでいる夫が笑。

夫婦のほかにも、毎日車庫でパターソンに「聞かれたからいうけど、調子は最悪だ」と身の回りの不満を言う同僚(リズワン・マンジ)。彼女にフラれて行きつけのバーでモデルガンを振り回しパターソンに押さえつけられる男(ウィリアム・ジャクソン・ハーパー)。コインランドリーをスタジオ代わりにラップの練習をする男(クリフ・スミス)

いかにもジャームッシュらしい、クスッと笑いたくなるキャラも多い一方、『死霊館』シリーズで知られるスターリング・ジェリンズ扮する若き詩人(10歳位の少女だ)が、初対面のパターソンと詩についてあれこれ語り合うところは、何とも微笑ましい。

(C)2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

結婚できてる男

パターソンはブルドッグを毎夜散歩に連れていくが、彼が一杯やっている間バーの外で繋がれているのが不満なのか、この犬は飼い主に愛情を表現しない。なかなか犬と信頼関係が築けない長身の男とブルドッグとのコンビは、阿部寛『結婚できない男』のようだ(パターソンは妻帯者だけど)。

そして、このブルドッグが、夫婦の留守の間にパターソンの大事な詩のノートをシュレッダーのような細かさに噛みちぎってしまう。それも、妻のたっての依頼で、詩をコピーしようと思っていた矢先に。

詩人が命を削って書いている創作ノートが、愛犬にズタズタにされる。この時の脱力感は相当大きいだろうが、こんな時でさえもパターソンは声を荒げたり、犬に当たり散らしたりしない。大した人物だ。けして、そんな気力もなくなってしまったからではないだろう。

(C)2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

最後はこの男が締めるのか

そして、パターソンがその後、一人で滝を眺めている公園にふらりと訪れるのが、永瀬正敏演じる日本からきた詩人なのである。否が応でも盛り上がる場面だ。

ここで永瀬は、この町から生まれた詩人ウィリアム・カルロス・ウィリアムズについて語り、「詩は私の人生の全てだ」と語り、そして白紙のノートをパターソンにプレゼントだと渡して去っていく。『ミステリートレイン』以来のジャームッシュ作品となる永瀬。たったワンシーンではあるが、本作において白眉といえる場面である。

私は詩人ではない、ただのバス運転手だと自嘲気味に語っていたパターソンだが、「それもまたポエティックだね」と言われて、何かが吹っ切れたのかもしれない。結局、再びそのノートに、詩を書き始める。まるで詩の神様が降臨したかのようだ。

(C)2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

妙にイントネーションがデフォルメされた永瀬“A-ha”という台詞や、テーピングされた二本の指は、意味ありげに見えるが、その場の思い付きに違いない。そんなに深読みさせる映画じゃないはずだ。実際、永瀬正敏は、「本作のロケの前に別の撮影で指を痛めたので、テーピングしていた」と舞台挨拶で語っているようだし。

ジム・ジャームッシュ監督は、『ナイト・オン・ザ・プラネット』同じ時刻に世界各地で起きているタクシー運転手の小さなドラマを見せてくれたが、本作では同じ町で一週間を通じ各曜日に起きるバス運転手の小さなドラマを見せてくれた。刺激はないが、胃に優しい作品。たまにはいい。