『台風クラブ』
相米慎二監督の放つ、田舎の中学生男子女子の理由なき暴走の一夜。ああ、台風来ないかなあ。
公開:1985 年 時間:115分
製作国:日本
スタッフ 監督: 相米慎二 脚本: 加藤祐司 キャスト 三上恭一: 三上祐一 清水健: 紅林茂 山田明: 松永敏行 高見理恵: 工藤夕貴 大町美智子: 大西結花 宮田泰子: 会沢朋子 毛利由利: 天童龍子 森崎みどり: 渕崎ゆり子 梅宮安: 三浦友和 小林: 尾美としのり 三上敬士: 鶴見辰吾 八木沢順子: 小林かおり 順子の母: 石井富子 順子の叔父: 佐藤允 清水留造: 寺田農
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
ある晩、東京近郊の地方都市の中学校のプールに、夜の水泳をひそかに楽しもうと、理恵(工藤夕貴)、美智子(大西結花)ら、五人の女子生徒たちが侵入。
ひと足先にプールの中で泳いでいた男子生徒の明(松永敏行)が、彼女たちに見つかってからかわれ、あやうく溺死しかかる。
翌日、担任教師の梅宮(三浦友和)の授業中、彼の恋人の母親が早く娘と結婚してほしい、と教室に押しかけてきて、ひと騒ぎとなる一方、理恵は窓から外を眺め、あーあ、台風が来ないかなあ、とつぶやく。
今更レビュー(ネタバレあり)
まさに<暗闇でダンス!>
相米慎二監督のフィルモグラフィの中では、『ションベンライダー』と並んで衝撃的な作品だったと思う。ディレクターズ・カンパニーの脚本募集で準入選となった加藤祐司のシナリオをもとに映画化。
「大人は判ってくれない」というより、理解してもらおうなんて微塵も思っていない思春期ど真ん中の田舎の中学生たちが、ひたすらに弾けまくる。
◇
それは冒頭、夜の学校のプールに忍び込んだ女生徒たちが、スク水を着てダンスに興じている。流れる曲はBARBEE BOYSの<暗闇でDANCE>。何とも懐かしいではないか。
だが、曲に合わせて延々と踊ったあとに、水中で彼女たちを覗き見していた野球部員の男子を全裸にして瀕死の目に遭わせ、もう初っ端から理解不能な行動だらけなのである。
脚本コンクールの入選作だからといって、精緻に考え抜かれたストーリーがあるわけではない。もしかしたら、存在するのかもしれないが、いい歳をした大人がみても、理解できるような代物ではない。だって、多感な中学生たちが、リミッター解除で本能の赴くままに行動している姿を描いた作品なのだから。
大人も判ってくれない
いや待て、この映画は、別にオッサンになった私が今理解できないわけではなく、公開当時に観た時でさえ、やはり理解不能だった。
「出演した子供たちも、大体みんなよく分からなかったみたいだな。こんな映画だったんすか。撮影は面白かったのにね。そう言われて傷ついたから、よく覚えている」
相米監督は、生前そう語っている。だから、若い世代にも理解できない者は多かったのだ。
◇
だが、理解できない映画は駄作ということではない。訳知り顔で映画を解説するような輩を、きっと相米慎二は欲していないのだろう。映画にはテーマもメッセージもいらない。感じることが大事なのだ。そういう監督の心の叫びが、暗すぎて良く見えない夜のプールの底あたりから、聴こえてくるようだ。
事実、この映画は思春期の少年少女たちの、うまく説明できず、自分でさえもよく分からない、鬱積した何かを映画の中で表現することに挑んでいる。『魚影の群れ』から『ラブホテル』と、大人の世界の映画を撮り始めた相米慎二が、子供たちを描くことで原点回帰しようというのもしれない。
今ならとてもあり得ないネタだらけ
夜のプールでの男子生徒の瀕死騒ぎは事なきを得たものの、当時なら許されるものだったのかはいざ知らず、今ならとても映画化が許されないような際どい内容ばかりだ。
- 無断で学校のプールに侵入することがそもそも問題
- 生徒たちにお前らみんな百姓の子だろうと愚弄する担任教師
- そいつの授業に闖入してきては「さっさと娘と結婚しろ」と騒ぐ教師の恋人の母親
- 男子も女子も不良でなくてもみな喫煙行為に走る
- 好きな女生徒の背中に実験の薬品かけて火傷させるアホ男子
- 更にその女生徒の制服を引き裂いてレイプ寸前の犯罪未遂
- 管理者の怠慢による校内への生徒閉じこめ
- 下着姿で雨の中ずぶ濡れになって踊りまくる男女
河合奈保子が好きだという生徒に「あのデブかよ」も、あり得ない台詞だろう。一方で、今なら映画でも認知されているレズビアンが、当時は異端視されているのが興味深い。
それにしても、ロケ地となった長野県の中学校は、よくこの内容で校舎を貸し出したものだ。なかなかの英断である。
キャスティングについて
けして荒れている学校というのではなさそうで、主人公の二人の男女は付き合っていて一緒に登下校する仲睦まじい場面もあったりする。
男子は野球部三年の三上恭一(三上祐一)。優等生で、東京の私立高校への進学を考えている。東大生の兄・敬士(鶴見辰吾)と哲学的な議論を交わしてしまうのが凄い。この兄弟、似ていると思ったら三上祐一は鶴見辰吾の実弟なのだ。
◇
その三上恭一と交際しているのが団地住まいの高見理恵(工藤夕貴)。単調な田舎暮らしにはもう耐えられない。「台風こないかなあ」と教室から空を見上げる。
ある日、寝坊して登校時間に間に合わなかったことがきっかけで、ふらっと家出して原宿(上京したらまず竹下通り)に足を運んでしまう。ナンパしてきた相手は尾美としのり。『翔んだカップル』・『ラブホテル』に続き本作と、この時代の尾美としのりは大林宣彦と相米慎二という東西横綱から引っ張りだこだった。
工藤夕貴は本作後、『ションベンライダー』の永瀬正敏とともに、ジム・ジャームッシュ監督の『ミステリー・トレイン』の主演に抜擢されるが、本作ではまだまだお下げ髪の中学生である。
クラスの優等生・大町美智子(大西結花)は秘かに三上のことを慕っているが、彼女に好意を寄せる野球部の清水健(紅林茂)につけ狙われる。この清水は、「ただいま」「おかえりなさい」を一人で繰り返す癖があり、知能にも問題がありそう。
実験で薬品を美智子にかけただけで立派な警察沙汰だが、美智子と二人で閉じこめられた教室で、「ただいま」「おかえりなさい」と呟きながら襲ってくる清水は相当怖い。大西結花がスケバン刑事だったら、返り討ちで半殺しにしてやるところだ。
◇
その他クラスメートは、野球部のいじられキャラの山田明(松永敏行)。一方女生徒は演劇部の宮田泰子(会沢朋子)、その恋人の毛利由利(天童龍子)、森崎みどり(渕崎ゆり子)の三人組。みんな、土砂降りの中、ほぼ全裸に近いずぶ濡れの下着姿で踊っていた連中。
特筆すべきは担任教師梅宮を演じた三浦友和だろう。彼は本作以前に数多くの映画に出演してきたが、妻・山口百恵との共演作でない時も含め、ほぼ全て清廉潔白な青年の役。登場するだけで、役柄が読めてしまう俳優だったのだ。
だが、三浦友和自身もミスキャストと思った本作で相米慎二監督に徹底的に鍛えられたことで、彼は梅宮のような薄汚れた教師を演じきり、それが以降の役者人生に幅を持たせることに繋がる。
なるほど、『アウトレイジ』(北野武監督)から『転々』(三木聡監督)まで、数々の魅力的なダーティヒーローを演じてきた三浦友和を生み出したのは、本作なのである。
何か正解がないといけないのか
映画は木曜日から始まり、土曜の日中には台風が近づき、雨が降り始める。早く下校するように校内放送が流れ、それでも残っていた何人かの生徒たちは校舎内に閉じこめられ、一方家出した理恵は電車が不通となり東京で夜を迎える。
撮影中は一度も雨が降らなかったそうだが、放水車による暴風雨の演出は実によく出来ている。あれだけずぶ濡れになったら、中学生でなくても男女問わず自棄になって脱いで踊りたくなっちゃうだろう。土砂降りの野外ライブのノリだ。
◇
そこは理解できそうだが、意図が不明なものもある。
- 東京の街に現れたオカリナを吹く白装束の男女(寺山修司の芝居かと思った)
- 生徒がみんなで歌う曲がわらべの「もしも明日が」って何でだよ(『罪の声』(土井裕泰監督)での同曲使用は秀逸だったけど)
- ついでに、先生の恋人の叔父(佐藤允)が、物語に何の脈絡もなく、すっげえ入れ墨してるのはなぜ?
おそらく、これらの謎には答えはない。何せ、最後に台風一過の朝に教室で机や椅子を積み上げた三上が、「みんないいもの見せてやるよ」と教室から身投げしてしまうクライマックスでさえ、その生死は謎なのだ。
校庭に豪雨でできた沼に犬神家状態で足を二本出して突き刺さっている三上のコミカルな姿をみれば、こりゃ死んでねえなと思ってしまうが、相米監督によれば、「脚本でははっきり死んでいるし、俺も脚本通りに撮った」そうである。
ただ、監督は、電車がなくて帰れずにナンパされた男の部屋に戻った理恵が、三上のことを延々と語るシーンを編集でカットしたという。三上の自殺について説明的すぎたためらしい。
「死は生に先行するんだ。俺には分かった」
いや、三上君、そんな哲学的なこと、観ている私には分からんよ。
分からないけど、侮れない。そんな作品だった。ラストは三上の自殺も知らず、のんきに台風一過の学校に向かう理恵。校庭にできた沼の向こうの校舎を見て「金閣寺みたい」。
そのあと、理恵は登校途中で出会った明とともに制服姿で膝まで深さのある泥沼にズボズボ入っていくのだ。迂回しろ、迂回。そう思ってしまう大人の私は、台風クラブにはきっと入部できない。