1. 『イップ・マン 序章』(2008)
2. 『イップ・マン 葉問』(2010)
3. 『イップ・マン 継承』(2017)
4. 『イップ・マン外伝 マスターZ』(2019)
5. 『イップ・マン 完結』(2020)
『イップ・マン 完結』 葉問4
公開:2020 年 時間:105分
製作国:香港
スタッフ 監督: ウィルソン・イップ キャスト イップ・マン: ドニー・イェン ワン・ゾンホア: ウー・ユエ ブルース・リー: チャン・クォックワン ハートマン・ウー: ヴァネス・ウー バートン・ゲッデズ: スコット・アドキンス コリン・フレイター: クリス・コリンズ ポー刑事: ケント・チェン ルオナン: ヴァンダ・マーグラフ イップ・チン: ジム・リウ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
あらすじ
1964年、サンフランシスコに渡ったイップ・マンは、弟子であるブルース・リーとの再会や太極拳の達人ワンとの対立などを経て、アメリカという異国の地で生きる同胞たちが直面している厳しい現実を身をもって知る。
そんな中、中国武術を敵視する海兵隊軍曹バートンとの戦いでワンが敗北を喫してしまう。香港に残して来た息子にある思いを伝えたイップ・マンは、宣告された病を隠して、人びとの誇りのために最後の戦いへと挑む。
一気通貫レビュー(ネタバレあり)
これまでと変わらないもの、変えたもの
ドニー・イェンが演じたイップ・マンのシリーズも、ついに本作で完結する。一作目から10年の歴史だ。しかも、実在の人物を描いているせいか、後半の作品になっても製作の姿勢に大きなブレはない。途中のスピンオフ作品を除けば、当初から、この形で完結させようと考えていたようにさえ、思えてしまう。
◇
とはいえ、本作はこれまでとやや勝手の違う部分も多い。まずは、確か毎回お決まりのパターンだったと思われる、イップ・マンが木人椿を相手にひとりで詠春拳の練習に励むシーンが、冒頭にはない。
その代わりというのも変だが、いきなり知らされるのは、彼に悪性の腫瘍がみつかることだ。本作には、前作で亡くなってしまった気丈で美しい妻ウィンシンは登場しないが、何と不屈の男イップ・マンまでが、病魔に戦いを挑まれている。
それもあってか、映画全体から、どことなくもの悲しい雰囲気が滲んでくる。頻繁にせき込む英雄の姿を見るのは、忍びないものだ。
◇
一作目の相手は日本の軍人、二作目からは香港を舞台に横暴な英国人を相手にして、我慢を重ねた末に制裁を加えるスタイルが続いていた。
本作では息子チン(ジム・リウ)を留学させようとサンフランシスコに赴き、そこで中国人の移民に悪事をはたらく米国人を相手にするという展開が目新しい。
自分の仲間が敵にボコボコにやられ、最後になって登場するパターンは変わらないが、舞台や相手国が変わっただけでもだいぶ雰囲気は異なる。
ついに登場したブルース・リーの見せ場
イップ・マンの弟子であるブルース・リー(チャン・クォックワン)が、アメリカでは名が知られるようになっている。
西洋人に中国武術を教えていることで中華総会からは敵対視されているのだが、本シリーズの中で幼少期からカメオ出演のように何度も登場してきたブルース・リーに、今回ようやく見せ場がやってくる。
◇
彼の一門に喧嘩を吹っ掛けてきた米国人の空手家とストリートファイトするのだが、これは痺れる! 本人のモノマネも大したものだが、蹴りの高さも躍動感も、おまけに敵から奪ったヌンチャクを回す早業も、つい見惚れてしまう。
スピンオフのマスターZ同様に、アクションが派手で映画向きなのだろう。映画本編とあまり脈絡のないものの、無駄な動きのない詠春拳に見慣れた目には、このブルース・リーの決闘シーンがまぶしく見える。
イップ・マンは紹介状を求めて右往左往
さて、肝心のイップ・マンの方は、映画が始まってだいぶたっても、まだ一戦交えることもなく、息子の入学のための紹介状入手に悪戦苦闘している。
中華総会の会長で太極拳の使い手でもあるワン・ゾンホア(ウー・ユエ)は、西洋人に迎合し目障りなブルース・リーの師であるイップ・マンにも敵意を見せる。
この辺の人間関係の構図は、二作目でサモ・ハン・キンポーを相手にやり合ったのとよく似ている。中華料理店の円卓を挟んで対峙するのも同じなら、後によき理解者として親しくなるのも同じだ(ただし、ガラス製の円卓は気合で粉々になってしまい、初対面での勝負には至らず)。
イップ・マンの本作での初対決は、なんと息子の入学希望の高校で女生徒に乱暴をはたらくヘタレ男子集団が相手である。勿論楽勝なのだが、ブルース・リーの見せ場以降も長々引っ張った主役の初アクションがこれでは、やや落胆。
この、彼が助けた女子高生ルオナン(ヴァンダ・マーグラフ)が、実はワンの娘であり、やがてイップ・マンとワンの仲を取り持つことにもなる、キーパーソンなのだ。
厳しい父親のワンと仲違いしている娘ルオナンが、イップ・マンには心を開く。あれこれ相談されるイップ・マンが、困ったような嬉しいような、締まりのない顔で接するところが目新しい。
◇
娘を苦しめている頑固な父の姿を見て、米国からの自分の長距離電話にも頑なに出ようとしない、反抗期の我が子チンと自分との関係にも当てはめているようだ。
父と息子の関係修復に一役買ってくれるポー刑事(ケント・チェン)は、これまでは英国人上司と中国人の板挟みで苦しい立場だったが、今回はイップ・マンの良き友人に徹している。
米国人のレイシストたち
本作は完結編ということもあってか、メロドラマ的な要素が強い。
ルオナンにチア・リーダーの座を奪われた白人娘が人種差別剥き出しで男友達を使って彼女を襲わせるもイップ・マンの登場で失敗。
自業自得で負った顔の傷で母親が騒ぎ、移民局員である父親が腹いせにルオナンの父ワンを逮捕し、中華総会を一掃してやろうというのだ。
更に、ブルース・リーの弟子にあたるハートマン・ウー軍曹(ヴァネス・ウー)の海兵隊の上司で白人至上主義者のバートン軍曹(スコット・アドキンス)は自慢の空手でワンに重傷を負わせる。
「黄色いサルはアジアに帰れ、米国は世界最強の軍国だ、この国で優越的な環境に暮らせることを感謝しろ」
世界の嫌われ者アメリカを、ここまで正面切って悪者に描く姿勢は大したものだ。これまでの香港映画にはなかった、中国の影響だろうか。
ともあれ、自分が癌だと息子に伝え、香港に戻る前にまだやらなければいけないことがあると言い、イップ・マンは中国移民の人々の為に、勝負に挑む。
◇
本作でイップ・マンと戦う敵は、海兵隊で格闘技の教官のコリン・フレイター(クリス・コリンズ)、そして上官のバートン。ともに空手の有段者だ。空手家との戦いは一作目の池内博之相手以来ではないか。
コリンとは中秋節のチャイナタウンのステージでの戦い。バートンとは、海兵隊の隊員たちが周囲を囲む、敵の軍事施設内でのアウェイな環境での一戦。対照的なオーディエンスの見守る中で、イップ・マンの詠春拳が正義を貫く。
正直、詠春拳で勝てるようには見えない
総合格闘家のクリス・コリンズや、ジャン=クロード・ヴァン・ダムの後継者と言われるスコット・アドキンス(『ドクター・ストレンジ』では扱いが小さくて気の毒だった)の破壊力とスピード感。
それらを前にすると、第一作から10年が経ち年を取り、癌に蝕まれたイップ・マンに勝ち目がある闘いには、正直言って見えない。あの突きや蹴りを、詠春拳の防御でかわせているようには、とても見えないのだ。
その点では、いくら天才ユエン・ウーピンがアクション監督でも、今回は無理があったかと思う。皮肉なことに、彼がスピンオフで撮った『イップ・マン外伝 マスターZ』のマックス・チャンの方が、動きにはキレがあったように素人目には見えた。
とはいえ、本作は完結編だ。勿論、満身創痍になっても勝負には勝つし、イップ・マンがこれまでに戦ってきた数々の強豪たちや、妻の姿が回想シーンとして登場すると、胸熱にならずにはいられない。
本作はカンフーアクションとしてはやや期待外れな面は否めないが、これまでシリーズを観てきた者には、けして見逃せない作品だと思う。何より、10年間を費やして、シリーズをしっかりと完結させたことに敬意を表したい。