『鵞鳥湖の夜』
南方车站的聚会
がちょう湖って読みにくいけど、名前ほど能天気な映画ではなく、中国ノワールのハードボイルドなメロドラマ。冒頭の激しい雨の駅で、女が男にタバコの火を借りるシーンから、ディアオ・イーナン監督の撮りたいものが伝わる。
公開:2020 年 時間:111分
製作国:中国
スタッフ
監督: ディアオ・イーナン
キャスト
チョウ・ザーノン: フー・ゴー
アイアイ(水浴嬢): グイ・ルンメイ
リウ警部: リャオ・ファン
シュージュン(チョウの妻):
レジーナ・ワン
ホア(アイアイの元締): チー・タオ
ヤン・グァ(シュージュン弟):
ホアン・ジュエ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
2012年、中国南部。再開発から取り残された鵞鳥湖周辺の地区で、ギャングたちの縄張り争いが激化していた。
刑務所を出て古巣のバイク窃盗団に戻った男チョウ(フー・ゴー)は、対立組織との争いに巻き込まれ、逃走中に誤って警官を射殺してしまう。
そんな彼の前に、見知らぬ女アイアイ(グイ・ルンメイ)が妻の代理としてやって来る。
鵞鳥湖の水辺で娼婦として生きる彼女と行動をともにするチョウだったが、警察や報奨金強奪を狙う窃盗団に追われ、後戻りのできない袋小路へと追い詰められていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
Vシネ風な現代中国ノワール
タイトルからしてコメディと誤解しそうだが、純然たる現代中国ノワール映画である。監督はベルリン国際映画祭で金熊賞受賞の『薄氷の殺人』で知られるディアオ・イーナン。個人的には同作はいま一つ馴染めず相性が悪かったのを思い出す。
◇
本作は、冒頭からVシネ風なハードボイルド感に溢れる。
激しい雨の中、夜の駅に佇む男のまえに、赤い服の女が現れ、「お兄さん、火を貸してくれない?」
男が呼び出したはずの妻が来れず、女はそれを伝えに来たのだった。
「よかったら、奥さんの代わりをしようか?」
赤い服の女アイアイ(グイ・ルンメイ)は娼婦ゆえか、この台詞にも性的な意味を感じさせるが、実はそうではないことがやがて分かる。
盗んだバイクで走り出す
男は数日前の出来事を語り始める。バイク窃盗団の幹部の一人だった彼・チョウ・ザーノン(フー・ゴー)は、仲間同士の対立抗争で手下を殺され、その反撃に出たものの警官を誤射してしまう。
彼の首には30万元の報奨金がかけられ、警察はメンツにかけてチョウの捜査に乗り出していた。
◇
私の視力か理解力のせいか分からないが、ここまでの流れは割と難解だ。
紹介もなく登場人物の名前だけが多数出てくることもあるが、回想は夜の野外シーンが多く、金髪の手下は派手でグロい殺され方をしたから分かりやすいが、それ以外の人間関係と事件の流れが掴みにくい。
チョウが「誤って警官を殺してしまった」と言ってくれたのでだいぶ理解が助かった。
◇
撃たれたチョウが弾丸を摘出した病院から、潜伏地は鵞鳥湖周辺に絞り込まれる。警察隊長はリウ警部(リャオ・ファン)。ジャ・ジャンクー監督『帰れない二人』のヤクザが似合うリャオ・ファンは、マル暴の刑事に見えなくもない。
鵞鳥湖と水浴嬢
地図にもない飛び地だというこの鵞鳥湖は、警察の管轄も曖昧で雑多な雰囲気の再開発予定地区で、海水浴場には<水浴嬢>なる娼婦が昼間から公然と客引きをしているらしい。
弔い合戦の警察隊、逃げるチョウと彼に近づく水浴嬢のアイアイ。何とも、映画的な盛り上がり要素が高まってきた。
◇
城中村とは、中国の急激な都市化の中で取り残され、周辺を高層ビルに囲まれた村落をいうらしいが、鵞鳥湖周辺はまさにこれにあたる。
そこで仕事をする水浴嬢という性風俗文化も、このような地域で生じた実在する仕事らしい。当然、それなりに事情を抱えた女性たちがたどり着く仕事ということになるが、アイアイの過去は本作では特に語られない。
中国ノワールの描き方
本作はドラマ部分は古典的なメロドラマとATG風の青春映画に近いノリなのだが、見せ方は現代中国風のノワール仕立てでとても面白い。
特徴的だったのは、夜の鵞鳥湖畔の屋台が集まる場所で、若者たちが蛍光ソールのスニーカーを履いて懐かしい<ジンギスカン>の曲で踊っているところ。
その後の捕りもので、ダンスに紛れていた警察隊が、射殺した男のもとに靴底を光らせて集まる絵がシュールだ。お化け屋敷のような部屋に置かれた生首の女のカラクリ箱(うまく説明できない)も、意味不明ながら楽しい。
◇
美術監督リュウ・チアンはビー・ガン監督の『ロングデイズ・ジャーニーこの夜の涯てへ』にも参画しており、中国の田舎町の風景とネオンの妖しい光の組み合わせは、どこか共通するものがある。
また、照明監督ウォン・チーミンはウォン・カーウァイ監督『花様年華』も手掛けており、夜のアパートの狭い外廊下に映る人影などは、この影響を強く感じる。
一方で、傘が凶器になって人を殺めるシーンなど、ディアオ・イーナン監督らしさを感じる演出もあり、全体として面白い組み合わせとなっている。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
チョウが画策したこととは
さて、チョウは妻・シュージュン(レジーナ・ワン)を呼び出して何をしたかったのか。
そもそも家を飛び出して5年も音信不通だった妻子だが、全国に指名手配された彼は、自身にかけられた報奨金30万元を妻子に残すべく画策したのだ。自分の居場所を通報させれば、金がもらえるのではないかと。
◇
この計画にどのくらい実現可能性があっただろうか。
元より、チョウの家族には警察の監視が付いている。アイアイを通じて彼女に接触を試みた水浴嬢の元締めのホア(チー・タオ)も、妻の弟のヤン・グァ(ホアン・ジュエ)も、妻を待ち合わせ場所に引っ張り出すことに失敗している。
夫からコンタクトがあれば、シュージュンはリウ警部に知らせなければならないからだ。
◇
そして妻の弟ヤン・グァは接触場所である湖畔のワンタン店で警察に撃たれ、アイアイは代わりにチョウの待つ駅に赴くことになる。これが冒頭のシーンだ。
このワンタン店といい、終盤の麺房といい、食べ物屋の使い方と緊迫した状況下で食事する様子が面白い。
ファム・ファタールだったのか?
妻に代わってアイアイが通報するにしても、駅から水浴嬢が通報したら怪しまれる。そう思われるほど、彼女たちは湖畔にしがみついて暮らしているのだ。
結局、鵞鳥湖から通報させるために、チョウとアイアイは、湖畔に戻っていく。
だが、報奨金に目がくらむのはチョウ本人だけではない。警察隊に加えて、事の発端となったバイク窃盗団の対立派閥、猫目・猫耳兄弟も彼を追い回すようになる。
次第に形勢が不利になっていくチョウが伏目がちに逃げる姿は、TVドラマ『白い春』の頃の阿部寛を彷彿とさせる。
ノワールと銘打つくらいだから、最期にチョウのハッピーエンドはないだろう。そんな中での、アイアイと二人で入る薄暗い場末の麺房のシーンがいい。空腹のチョウが憑かれたように麺をすする長回しのショットが圧巻だ。
アイアイは、この男にどんな感情を抱いていただろう。ボートの上で彼に抱かれたのは、同情心からだろうか。
ホアの女だと言っていた彼女は、元締めを愛していたのか。そしてホアまで殺されたことで、チョウから逃げようとしたのか。
店内を警官隊が囲み始めた時、アイアイに「警察よ、逃げて!」と言わせるのが、日本風なメロドラマだろう。だが、この場面に彼女はいない。それどころか、勘定を払いに席を外した彼女が、警察に通報したのだ。
これって、世間でいうファム・ファタ―ルなのか? そうではない。何だか彼を警察に売ってアイアイが報奨金をせしめたように見えるが、これは、チョウが望んでいたことだったはずだから。
◇
ラストで晴れて報奨金をもらったアイアイを銀行まで護送するリウ警部は、そのあとのアイアイの行動と、現れた真相を理解するだろう。
だが、彼は見なかったフリをするはずだ。女一人この先どう生きていくか、シュージュンの行く末を、以前にも気にかけていたのだから。
ノワールにしては、ちょっと甘めな終わり方だが、そこは現代風なのかも。