『帰れない二人』考察とネタバレ|経済発展を遂げた中国には、渡世人は暮らしにくい

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『帰れない二人』
 Ash is purest white

ジャ・ジャンクー監督のミューズであるチャオ・タオ主演で贈る、新世代の任侠映画。

公開:2018 年  時間:135分  
製作国:中国

スタッフ 
監督: ジャ・ジャンクー(賈樟柯)

キャスト
チャオ: チャオ・タオ趙濤)
ビン:  リャオ・ファン(廖凡)

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France Cinema

ポイント

  • ジャ・ジャンクーが撮ると中国の任侠映画はこうなる。健さんの渡世人魂は監督のミューズに宿っていた。21世紀の中国の地理と歴史を押さえてから見たい作品。雄大な長江と近代化を急ぐ町並みとのミスマッチが新鮮。

あらすじ

2001年、チャオは山西省大同の裏社会で生きるビンを恋人に暮らしていた。敵対する組織に襲われたビンの命を救うために、チャオは銃を発砲する。

5年後、刑期を終え、釈放されたチャオは、かつての恋人ビンを探し求めて長江へ向かうが、かつてのビンの姿はそこにはない。

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レビュー(ネタバレなし)

大陸を移動していく任侠映画

中国の巨匠・ジャ・ジャンクーによる、任侠映画といえばよいだろうか。彼の監督作品『山河ノスタルジア』『長江哀歌』等、5~6本観てきたが、そのすべてに、妻であるチャオ・タオが主演している。まさにミューズだ。本作でも勿論主演であり、役名もチャオである。

女優がチャオ・タオ、舞台の町も大同や奉節、三峡ダム等、過去作品とのつながりもいろいろ呼び起こされるが、あくまで独立した話であり、またマンネリ感がある訳でもない。

発展してゆく中国のダイナミズムをカメラにとらえ、どこか新しさや遊び心を感じさせながらも、しっかりと人間ドラマを描いていくところが、やはりジャ・ジャンクー監督らしいと感じ入る

それにしても、本作は21世紀に入ってから今日に至るまで、随分と大胆に時間や空間を飛び回る。中国の歴史と地理がもう少し頭の中に入っていたら、もっと映画が楽しめたように思えるので、残念だ。

(C)2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France Cinema

◎大同

山西省の北部に位置する地方都市。北京からバスで4時間半ほど。山西省は中国最大の石炭の産地であり、本作でもチャオの父親は炭鉱作業員だ。石炭価格の暴落で、町は寂れている印象。『青の稲妻』の舞台。

◎奉節、三峡ダム

重慶市奉節は三峡にある古都、三峡とは、長江の中流の三つの峡谷で山水画のような景色を残す。その下流にできたのが、世界最大の三峡ダムと発電所。周辺の130万人の住民が移住を強いられた。本作では、あと数年でダムや発電所が完成する2006年当時の様子が描かれている。『長江哀歌』の舞台。

(C)2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France Cinema

◎ウルムチ(新疆ウイグル自治区)

世界で最も内陸にある大都市ウルムチは新疆ウイグル自治区の中心地。国家的プロジェクトの西部大開発計画の一環でインフラが急速に整えられた。まさに新世界である。本作でチャオが怪しい男の口車に乗ってウルムチまで向かおうとするが、武漢からは列車で約40時間。大陸は広い

『帰れない二人』予告編

レビュー(ネタバレあり)

義理を重んじる渡世人だったのは誰か

ジャ・ジャンクー監督は日本映画好きなので、任侠ものといえば高倉健あたりを意識したはずだ。

となれば、大同の雀荘で渡世人の義理を周囲に教え諭すビン(リャオ・ファン)が、ヤクザ映画としての主役であり、チャオ(チャオ・タオ)は姐さんとして活躍するのだろうと思っていた。

だが、敵対組織の暴徒にクルマを囲まれて、乱闘の末にやられそうになるビンを助けるために、チャオが夜空に威嚇発砲をした瞬間から、様相は変わり始める。

彼女は逮捕されても拳銃の出所について口を割らず5年の求刑、かたやビンは1年で出所である。

服役を終えたチャオを迎えにも来ず行方不明のビンを探しに、彼女は奉節に向かい、見知らぬ土地で苦労しながらようやくビンを探しだすのだが。

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結局、はじめは渡世人としてのビンの生き様に惹かれていたチャオだったが、気が付けば時は流れ、ビンは商売としての成功や部下を従えているかといった、体面だけを気にする男に成り下がっていた。

警察にもビンの名前を出さず、生き方に筋を通そうとするチャオの方が、今や、義理を重んじる渡世人になっていたのだ。なんとも皮肉な男女の関係だ。

「私は今もあなたの恋人なの?」

そうビンに尋ねるチャオの問いかけは男女の感情のもつれのようだが、会話の中身をみれば、恋愛を引きずらないチャオの潔さはまさに高倉健のそれである。

(C)2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France Cinema

ジャ・ジャンクーらしい遊び心

ところで、ジャ・ジャンクーの作品ではお馴染みだが、まじめにドラマは進行しているのに、不可思議なことがバックで起きる。

  • 社交ダンス好きの権力者の葬儀に訪れた社交ダンス競技者の男女が、青空の下で「CHA CHA CHA」を踊りだすところは爆笑した。そういえば「YMCA」をディスコで踊ってたのが2001年だったけど、懐メロナイトだったのかな。
  • 高級中華料理店で次々と裕福そうな男性客を捕まえては妹が流産したと脅迫するチャオ。妹の妊娠話があったので、当初は混同したが、これは、疚しいところのある男からまんまと金をせしめようという話だった。
  • チャオが新疆ウイグル行きの列車を夜中の寂れた駅で降りて、廃墟のようなビルでUFOに遭遇するシーンは、静かな美しさに満ちていて、とても良かった。これは監督らしいカット。
(C)2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France Cinema

あの日には帰れない二人

さて、二人が別れを選んだ時から10年がたった大同の町で再会したビンは、飲んだくれで脳内出血を起こし、車椅子がないと歩けない身体になっている。

彼を元の歩ける身体にしてあげようとリハビリに引っ張り出すチャオにはまだ彼への愛情があるのか、ただ昔愛した男というだけの義理なのか。

もう、あの日には<帰れない>二人ということか。英語のタイトル<Ash is purest white>は、「活火山の中の灰は汚れていない」という台詞から取ったのか。どちらも原題とはかけ離れているので、あまり関心はないけれど。

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ラストシーンは、多くは語らないけれど、あっさり目である。

『山河ノスタルジア』でもそうだったと思うが、いかようにも盛り上げようがあるのに、その直前とか、肩すかしっぽく映画を終わらせるのが、彼のスタイルなのかもしれない。確かに、その方が、想像は膨らむ。