『運命じゃない人』
内田けんじ監督の脚本最強伝説はここから始まった。どこにでも転がっていそうな男女の話の裏側に、こんな奇想天外なことが起きていたとは。
公開:2005 年 時間:98分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 内田けんじ キャスト 宮田武: 中村靖日 桑田真紀: 霧島れいか 神田勇介: 山中聡 倉田あゆみ: 板谷由夏 浅井志信: 山下規介 梶徹也: 眞島秀和 山内茂: 北野恒安 藤本清: 杉内貴
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
恋人あゆみに逃げられた、おひとよしの青年・宮田(中村靖日)。ひょんなことから、婚約を破棄され落ち込む女性・真紀(霧島れいか)を泊めることに。だが、いつの間にか、大金絡みの大事件に巻き込まれるハメに!
今更レビュー(まずはネタバレなし)
脚本ばかり褒めないでくれ
脚本だけを褒めないでくれと監督に怒られてしまいそうだが、内田けんじ監督の映画は、ひねりの効いた脚本の力だけで観る者を最後まで引きこむ力があると感服する。
本作はぴあフィルムフェスティバル(PFF)スカラシップを得た内田けんじ監督の長篇デビュー作で、カンヌ国際映画祭の批評家週間でフランス作家協会賞(脚本賞)、最優秀ヤング批評家賞、最優秀ドイツ批評家賞、鉄道員賞(金のレール賞)を受賞。
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ネタバレせずに面白さを伝えるのがとても難しい。ベースとなる話がシンプルなので、あらすじに載せた程度のわずかな内容でも、本当は知らないほうが面白いくらいだ。
本作が高く評価されて以降、製作費も増えて大きな作品も手掛けるようになった内田監督。後続の作品も持ち前の脚本力で観る者を唸らせる出来栄えではあるが、私が好きなのはやはりこの作品。
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作り込まれたシナリオであっと言わせるのは勿論だが、そこまでのストーリー運びに何の違和感も覚えさせない点で、他の作品を凌駕する。
何を言いたいのか。例えばミステリー仕立てな作品だと、あれ、ここは怪しいぞ、どこか不自然だぞ、という、思わせぶりな会話やカットが、必ず存在するものだ。『アフタースクール』でさえ、そうだった。
けれど、本作では、そういう不自然さが全くないまま、主人公の宮田青年(中村靖日)と、親友である神田(山中聡)、そして婚約解消したばかりで悲嘆にくれる初対面の桑田真紀(霧島れいか)のドラマが進行するのだ。
これは冷静に考えると、すごい高等テクではないか。
複雑でも一度で理解できる親切設計
レストランでの真紀との出会いから、タイトル奪取に成功したボクサーのように夜の路上で宮田が小躍りするシーンまで、我々は知り合ったばかりの二人の一夜につきあうことになる。
これはこれで、微笑ましい恋愛ドラマになっているのだ。けれど、実はその裏側で、いろいろな出来事が起きていたことが分かってくると、この映画の本質がみえてくる。
ああ、じれったい。これ以上は、ネタバレなしには語りようがない。
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しかも、こんなに手の込んだシナリオで時系列も錯綜させているのに、キーとなる場面に特徴的なセリフをはさむことで、観る者が混乱しないように作られている。
何と、ありがたい親切設計。それも、昨今よくみる過度な説明とはまったく異なる、映画の本質を損なわないアプローチだ。
二度三度観ないと理解できない、難解さを売りにする作品とも、真逆の製作スタンス。勿論、何度観ても面白い映画なのだが、1回目で十分堪能できるところが素晴らしい。
本作は、<将来記憶に自信がなくなったらもう一度観返したい映画リスト>の筆頭に置いている。これから初めて観る人が、羨ましいくらいだ。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。特に、本作は種明かしがキモの映画なので、これから初めてご覧になる方は、ご注意ください。
私立探偵に<おな中>は得意の設定
中途半端にストーリーを語って面白味が伝わる映画ではないので、すでに内容はご存知という前提で書かせていただく。
脚本ばかりに注目してきたが、本作がここまで面白くなった理由のひとつは、宮田を演じた中村靖日が、あまりに役にハマっているからではないだろうか。
彼は他の作品でも本作同様に人の良さそうな、或いは気に弱そうな脇役で見かけるが、本作以上にフィットする作品は記憶にない。
逃げられた婚約者あゆみと一緒に、高額のローンを組んで購入したマンションの前で浮かれてポーズを付ける宮田の写真。そのマヌケだけど気の毒な写真の哀愁が実にいい。黙って佇んでいるだけで、笑いとペーソスを漂わせる。
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そして私立探偵の神田。宮田とは中学の同級生で仲が良く、そして敏腕の探偵でもある。この二要素は『アフタースクール』でも重要な設定で使われるので、内田けんじ監督得意のパターンなのだろう。
山中聡演じるこの探偵の、ハードボイルドに見えて、暴力団に拉致されてすぐに上半身裸にされて従順になるギャップもいい。今週観た橋口亮輔監督の『ハッシュ』でもゲイの役を山中聡が熱演。演技の幅が大きい。
婚約者の浮気で別れてきたばかりの桑田真紀は、レストランでナンパされた流れで、泊まる場所もなく宮田の家に転がり込む。
霧島れいかの悲嘆にくれた幸薄そうな表情と、一人で生きていくためにお金が必要という強かな面のギャップについ騙される。実は一番の性悪女なのかもしれない。彼女は最近では『ドライブ・マイ・カー』でも主要な役で活躍。
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一見善人そうな真紀に代わって、結婚詐欺師として数々の男を手玉にとってきた謎の女が、中盤から登場する倉田あゆみ。ヤクザの組長の女となり、事務所の金庫から大金をせしめてきてしまったことが、このドラマの事実上の始まりだ。
板谷由夏は、この手の役はお手の物。うまく立ち回って金持って海外逃亡しようとするが、結局最後にいちばん金銭面で痛い目にあったのは、彼女なのだ。
暴力団浅井組の組長・浅井志信は、便利屋山ちゃん(北野恒安)を使って、一見札束に見えるが実は中身は白紙のニセガネ(『あぶデカ』港署の得意技)を金庫に入れていた。
それが盗まれてしまい、発覚したら組員への威厳が失墜するので大慌てだ。演じる山下規介は、それまで某クイズ番組の回答者のイメージしかなかったが、組長はなかなか似合っている。
もっとも、内田しんじの描くヤクザは、みんなコミカル路線で怖くないのだけれど。
今回久々に観返したら、浅井組で組長の右腕となる強面の組員役が、眞島秀和だったのは個人的に新発見で嬉しかった。
驚きの二重三重構造
映画の途中に折り返し地点があり、そこから謎解きが始まるパターンはありがちだが、本作ではその折り返し地点が複数ある。
宮田が会社からマンションに帰宅した途端に、神田から電話が入り、食事に出て来い、あゆみの件で大事な話があると言われて、大急ぎで家を飛び出す。
だが、実はその時、神田はあゆみとともに、その部屋に隠れていたのだ、彼女のパスポートを取り戻すために。
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これだけでもサプライズだが、レストランで神田と別れて、美紀を連れて部屋に戻ると、今度はベッドの下に浅井組長が潜んでいるのである。
なんと手の込んだ構成。しかも、各人の動きにはきちんと合理性がある。
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なんでナンパ相手の電話番号を聞くことの重要性を神田が力説するのか、なんで宮田の部屋のスリッパがないのか、なんでニケツの自転車が山ちゃんの軽トラとぶつかりそうになるのか、なんで真紀は急遽、泊めてもらうはずの宮田の部屋を飛び出すのか。全てに意味があるのだ。
最後まで抜かりがない
本作を振り返ると、冒頭は真紀が婚約者のマンションのドアに鍵を投函し、出ていくシーンから始まり、ラストは、奪った札束を抱えて改心した彼女が、宮田の部屋のドアの前に立つシーンで終わる。
見た目には同じような絵だが、意味合いは新しい恋の始まりを予感させる。だが、ちょっと待て。ジャック・レモンのように「マンションの鍵貸します」の会社先輩を忘れていた。
朝に来る約束だったから、宮田は部屋を空けて出かけているはずなのだ。
これじゃ、またすれ違いだよ、何せタイトルが<運命じゃない人>。伏線回収、参りました。