『ホテルローヤル』
桜木紫乃が直木賞を受賞したミリオンセラー原作を、『全裸監督』や『百円の恋』の武正晴監督が映画化。波瑠が大人の玩具を手にするラブホの一人娘役だなんて、想像がつかないんだけど。
公開:2020 年 時間:104分
製作国:日本
スタッフ 監督: 武正晴 原作: 桜木紫乃 『ホテルローヤル』 キャスト 田中雅代: 波瑠 宮川聡史: 松山ケンイチ 田中大吉: 安田顕 田中るり子: 夏川結衣 能代ミコ: 余貴美子 太田和歌子: 原扶貴子 佐倉まりあ: 伊藤沙莉 野島亮介: 岡山天音 本間真一: 正名僕蔵 本間恵: 内田慈 美幸: 冨手麻妙 貴史: 丞威 坂上朝人: 稲葉友 若き日の大吉: 和知龍範 若き日のるり子:玉田志織
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
北海道の釧路湿原を背に建つ小さなラブホテル、ホテルローヤル。経営者家族の一人娘・雅代(波瑠)は美大受験に失敗し、ホテルの仕事を手伝うことに。
アダルトグッズ会社の営業・宮川(松山ケンイチ)に淡い恋心を抱きながらも何も言い出せず、黙々と仕事をこなすだけの日々。そんな中、ホテルにはひとときの非日常を求めて様々な客が訪れる。
ある日、ホテルの一室で心中事件が起こり、雅代たちはマスコミの標的となってしまう。さらに父が病に倒れ家業を継ぐことになった雅代は、初めて自分の人生に向き合うことを決意する。
レビュー(まずはネタバレなし)
廃墟ホテルのホラーかと思った導入部
桜木紫乃が直木賞を受賞したミリオンセラー原作を、『全裸監督』や『百円の恋』の武正晴監督が映画化。
波瑠が主演だと聞いて、当初は一体どの役をやるんだろうと思っていたら、舞台となるラブホテルを経営する一家の一人娘・雅代の役。
原作は連作の短編集だったが、それをこの雅代を狂言回しにして、グランドホテル形式の映画に仕立てている。同じ<ホテルもの>なのだから、収まりも良い。
◇
導入部分がジャンル不明で興味を引く。古めかしいレタリングのホテル名が、建物の看板からタイトルになり、そして廃墟ホテルに不法侵入してヌード撮影を始める男(丞威)と女(冨手麻妙)。
廃墟ホテルといえば、テレ東のドラマ『日本ボロ宿紀行』や『廃墟の休日』(安田顕、これにも出てます)の迫力にはやや劣るが、それでもこのホテルのチープな感じや、建物を取り囲む釧路の雄大なロケーションはいい。
そして、シャッターを切り始めると、暗いホテルの室内に、かつて営業していた頃の女性従業員たちの姿がフラッシュバック。いや、これ、完全にホラーの見せ方なんだけど、それで大丈夫か?
アットホームな家族経営ラブホ
不安に感じたところで、ようやく波瑠が登場してひと安心。ホテルがまだ営業している頃の話が始まる。
窓からの風景を写生する彼女の部屋があまりに美しいので、つい忘れてしまうが、雅代の家族はここホテルローヤルが自宅と一緒になっているようだ。
社長の田中大吉(安田顕)に、妻のるり子(夏川結衣)、従業員の能代ミコ(余貴美子)に太田和歌子(原扶貴子)で切り盛りしているアットホームなラブホである。そして雅代は、美大受験に失敗し家業を手伝う羽目になる。
◇
阪本順治の『顔』や廣木隆一の『さよなら歌舞伎町』、深田晃司の『ほとりの朔子』など、ラブホの裏側を描く作品は少なくないが、日陰者扱いされ、或いは、一目を忍んで生きているパターンが多い。
その点では、本作の面々はあっけらかんとしている。大人の玩具のセールスマン、えっちやさんの宮川(松山ケンイチ)の存在が大きいのだろうか。
ラブホの娘
そうはいっても、子供の頃からラブホの娘と学校で揶揄されてきた雅代にとって、やはりこの家業は好きになれない。
それに両親の夫婦仲も最悪だ。かつて、父・大吉は前妻を捨ててるり子と再婚し、そして自分が生まれたというのに、今や関係は冷え切って、るり子は出入りする酒屋の若い男(稲葉友)と浮気に走っている。
そしてついに、るり子は突然、男と一緒に家を出て行ってしまう。大吉は前妻を捨てた因果応報で、後妻に捨てられたのだ。
「女の幸福はね、男の稼ぎよりも、どれだけ愛してくれるかだよ」
るり子は、娘にそう言い残していった。
◇
雅代は残された者たちで、なんとかホテルを運営していく。あとは、ホテルにやってくる男女にまつわるエピソードになる。
当然ながら、宿泊客や休憩客と従業員たちにさしたる接点はなく、各エピソードは基本的に独立したものになるのだが、なぜだが利用客の会話は通風孔を通して従業員たちには聞き耳を立てずとも筒抜けになっている。
そのため、それぞれのエピソードは雅代たちを通じて、疎結合で一本のストーリーになっている。更に、ホテルの客室という舞台設定にこだわったため、原作にあった檀家と寝る女の話など一部の挿話は割愛された。
結果としては、一本の作品としてまとまりがあるものになっており、加えて、両親の若い頃の話を融合させることで、映画ならではの表現も、うまく実現できたのではないかと思う。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
従業員と利用客のエピソード
従業員のエピソードとしては、開業時からのスタッフである能代ミコ(余貴美子)の孝行息子と思われていた子供が事件を起こす話。
子供の頃の母親(友近)からの教え「一生懸命働けば、いいことがある」を忠実に守り、体を壊した夫の為に身を粉にして働いてきたが、なかなか報われない。だが、この夫婦には確固たる愛がある。
友近と余貴美子は、顔の作りが似ているように思う。こうやって時代をまたいで見せられると、本当の母子にしかみえない。
◇
利用客のエピソードは二つ。まずは、正名僕蔵と内田慈の夫婦。子育てと義母の介護に追われる疲れた妻が、パートで五千円貯まったら、夫とこうして愛を確かめにこようという話。
これは、結構ほっこりする。キャスティングが絶妙。正名僕蔵はちょっと照れた笑かしも入れながらの優しい夫ぶりがいい。また内田慈も、ワンオペ家事育児で疲弊する母の顔と女の顔のバランスがいい。
『全裸監督』が撮るラブホ映画なのに濡れ場を演じる女優が他にいない中で、一人気を吐く彼女の演技にも拍手。
そして、女子高生・佐倉(伊藤沙莉)と担任教師・野島(岡山天音)の組み合わせ。女子高生に伊藤沙莉は無理があったが、鼻が曲がる臭さのブーツを雅代に預けたり火災報知器鳴らしたりというはた迷惑な行為がフィット。
「先生、せっかくだから、しておく?」の台詞でバスタオル落として笑いをとるのも彼女ならでは。
行き場を失った女子高生と妻に裏切られた高校教師という、実は深刻な問題を抱えた二人なのである。設定的に真田広之の名作ドラマ『高校教師』を匂わせたが、役名も桜井幸子と野島伸司に因んでいるのかな。
えっちやさんとの非日常
ホテルで心中事件が起き、マスコミがかけつけて父が倒れという一大事に、大人の玩具をホテルの玄関前にまき散らして口上を始めるえっちやさんの宮川(松山ケンイチ)がなんとも頼もしい。『宮本から君へ』の成績トップの先輩営業マン役を思い出させた。
さて、心中の余波で客足は遠のき、父は倒れ、ホテルは廃業に。ここで、雅代は以前から好きだった宮川に、「最後に、これを使って遊びませんか」と迫る。
◇
原作でここがどういう展開だったか、記憶が曖昧なのだが、映画に関して言えば、ここは攻め方が甘すぎないか?
波瑠は優等生キャラを崩せていない。そういう演出なのかもしれないが、ラブホが舞台で、大人の玩具を前にして好きな男に言い寄るのなら、もっと冒険してもいい気が。
非日常の部屋で日常を過ごしている彼女には、それは難しいのだろうか。「やっと私も当事者になれました」と語る彼女の言葉には、あまり説得力を感じなかった。
時系列の繋げ方が美しい
ホテルを去っていく雅代のクルマとすれ違いにホテルに向かってくるクルマ、そこには結婚前の両親が乗っている。まさに、娘の妊娠を大吉に知らせようというタイミングだ。この場面のつながりは見事。
◇
そして、ここにホテルを建てて、結婚して子供とともに、幸福な家庭を築こうと張り切る大吉。妊婦のるり子の実家に行き、食べたがっているミカンを探して、函入りの高級品を買ってくる。
時間を超えて、現代でその行程をクルマで動く雅代。この切り替えも面白い。
そうか、ホテルであんなにるり子が客室にミカンを置いていたのには、理由があったのだ。ローヤルの函入りミカンは、箱入り娘だった雅代に通じるのか。
◇
ラストがキレイに決まったように見えたが、雅代が母の実家を訪ねて行ったのはなぜだったのか。もう住む家もなく、母は男と逃げてしまったが、祖父母のもとで暮らそうというのか。或いは、ただ母に会いに行ったのか。
そして、かつての父と同じく、雅代が偶然にも持っていた函入りミカンは、実は宮川が別れ際に餞別代りにくれたものだ。宮川はなぜ、その因縁のミカンをくれたのか。ローヤル印だったから?
◇
うーん、最後に謎が畳み掛けてくるとは予想外だった。
映画は、エンドロールの後に、ホテルの看板に灯が入るところで終わる。これはなぜだ。ホテルが開業した頃のシーンなのか。それとも、ホラーっぽく廃墟ホテルの看板が灯ったのか。
答えは原作にまた訊いてみるか。