『都会のアリス』
Alice in den Städten
ヴィム・ヴェンダース監督による男と少女のちょっと変わった珍道中。ロードムービー三部作はここから始まる。
公開:1974 年 時間:110分
製作国:ドイツ
スタッフ
監督: ヴィム・ヴェンダース
キャスト
フィリップ・ヴィンター:
リュディガー・フォーグラー
アリス: イェラ・ロットレンダー
アリスの母: リザ・クロイツァー
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
旅行記の執筆のためアメリカを放浪していたドイツ人作家フィリップ(リュディガー・フォーグラー)。
帰国のため立ち寄った空港で9歳の少女アリス(イェラ・ロットレンダー)とその母(リザ・クロイツァー)に出会う。
ひょんな事から少女をアムステルダムまで連れて行くこととなったフィリップだったが、待ち合わせたアムステルダムに母の姿はなく、彼は少女の記憶を頼りに祖母の家を探す旅に出ることとなる。
今更レビュー(ネタバレあり)
月に代わってヴェンダース
ヴィム・ヴェンダース監督のロードムービー三部作は、ここから始まり、『まわり道』、『さすらい』と続くことになる訳だが、まあ、まずは少女との二人旅に付き合おうではないか。
◇
本人も類似性を気にして一時は製作を思いとどまったと言われるピーター・ボグダノヴィッチ監督の名作『ペーパームーン』。親子でもない男と小さい女の子の珍道中を描いたロードムービー。
そういうカテゴリーでくくれば類似性はあるものの、テイストは結構異なる。
『ペーパームーン』で少女を演じたのは、映画ではテイタム・オニール、TVシリーズはジョディ・フォスター。天才子役ゆえ、芝居は当然うまいが、作品としては完成されすぎている気もする。
その点、本作のアリスの演技には子供らしいあどけなさが感じられ、好感がもてるし本物感に溢れている。ドイツ語とオランダ語なので、台詞はさっぱり分からないが、生意気そうな感じだけは伝わってきて、そこがまた可愛い。
アメリカの変人
冒頭、アメリカはサーフシティ界隈をカーラジオでFM聴きまくり、ポラロイドを撮りまくっている男、フィリップ・ヴィンター(リュディガー・フォーグラー)。
やがて、クルマを売ってNYにたどり着く彼が、ドイツの新聞社に旅行記事を書かなければいけない仕事をしているのに、写真が増えるばかりで文章は手つかずの状況だと分かる。
◇
フィリップは帰国することになるが、ドイツの空港ストライキで全便は欠航、やむなく一旦アムステルダムに飛ぶことにする。空港の窓口に偶然居合わせたアリスの母は英語が分からず、彼は一緒に渡欧してあげることになる。
回転扉で一人遊んでいるアリスと一瞬無邪気にふざけるフィリップ。まさかここから付き合いが深まるとは。
このあたりまでは、舞台はマンハッタンだ。ワールドトレードセンタービル、パンナムの本社ビルといった、今では懐かしいビルが視界に入る。
モノクロームのせいか景気動向のせいか知らないが、映画の中のマンハッタンはうす暗く、寂しげに見える。かつてヴェンダースの『アメリカの友人』でも、同じような印象を受けた。
◇
エンパイア・ステートビルの展望フロアに登るフィリップとアリス。その前夜にホテルの窓から遠くにみえるビルの照明を、フィリップが息で吹き消してアリスを驚かせるシーンがある。
深夜0時丁度に消灯するからなのだが、これはかつて日本でもタバコか何かのCMで真似したり、或いはまだ課長だった島耕作が東京タワーの灯を吹き消したりしたのを見かけた記憶がある。本作が元ネタなのか、広く知られたワザなのか。
パンナムに乗ってアムステルダム
さて、待ち合わせの時間に母親は現れず、フィリップはアリスと先にアムステルダムに向かうことになる。父子のような二人旅の始まりだ。
私事で恐縮だが、何十年も前に卒業旅行で欧州を訪れた際、目的地の空港に降りられずに予定外のアムステルダムで飛行機を降ろされたことがある。なので、彼らの不本意ながら二人でアムスという旅程には、親近感がわく。
◇
アムステルダムも美しい街だと思うが、映画ではNY同様に、あまり目をみはる情景は出てこない。そして、アリスの母は予定のフライトに乗っておらず、アリスは空港の女子トイレで泣きべそをかく。
そして、祖母の家を二人で訪ねることにするのだが、祖母の住む町の名前さえ分からないアリス。彼女がこもったトイレのドアの前で次々と候補の町の名前を読み上げて消し込んでいくフィリップがいい感じだ。
モノレールの町ヴッパタール
こうして、アリスがようやく思い出した町、ドイツのヴッパタールに向かうことになる。手がかりは、彼女が記憶する祖母の家の形だけという心細さだ。
ところで、このヴッパタールはモノレール(世界最古なのか?)が街中を走っていて、なかなかに美しい。『パリ・テキサス』の高速道路の高架下のカットを思い出させる。都会といっていいのか分からないが、マンハッタン、アムスと来て、ようやく絵的に映える舞台が現れたようだ。
思えば、この町にはピナ・バウシュのヴッパタール舞踊団があり、ヴェンダースは後に『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』というドキュメンタリー映画を撮ることになるのだ(これもオススメです)。
◇
あとはレンタカーを借り、ひたすら、祖母探しの旅になる。
仕事も行き詰まり、金もないフィリップは、いつまでもアリスに構っている余裕はない。さっさと祖母に押し付けたいから、扱いもぞんざいになる。
アリスの方も負けていない。大人のくせに祖母の家も見つけられず、クズだの役立たずだのと、文句ばかりいう。
互いに悪態をつきながらも、本音ではフィリップを頼っている彼女もいじらしいし、なんだかんだで彼女の面倒をみているフィリップも、心根が優しい。
ポラロイドと証明写真
本作では写真が効果的な小道具として多用される。フィリップが肌身離さずもっているポラロイドカメラ。あちこち風景を撮りまくるものの、見たとおりのものが写っていない、と嘆いている。
アリスがそのポラロイドで彼の顔を撮り、自分がどんな様子か分かるわよと言う。ノーラン監督の『メメント』ほどにポラロイドが重要な役目を持ってはいないが、徐々に浮かび上がってくるフィリップの顔写真と、それを見つめるアリスの顔が重なって見えるショットは美しい。
◇
さらには、証明写真のボックスの中で二人が撮る4枚撮りの写真も面白い。4コマ漫画のように縦に並ぶ二人の写真は、上が怒り顔で険悪なムードなのに、徐々に柔和していき、4カット目では破顔一笑なのである。
勿論、ここでの笑顔は写真のための作り笑いなのだろうが、映画全体の構成としても、まさにこのような展開となるところが興味深い。証明写真のエピソードといえば『アメリ』が有名だけれども、本作の二人のカットも忘れがたい。
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写真といえば最後にもうひとつ。祖母の家の写真だ。アリスが持ち歩いていた写真があったことで、ようやく祖母の家を探しあてる二人だが、残念ながらもう祖母は引っ越し、住人は入れ替わっていた。
その後、アリスには捜索願が出され、フィリップは警察に追われる羽目になる。この辺も『ペーパームーン』との類似点かもしれない、あちらは詐欺師だったけれど。
適度な突き放し加減で終わる
劇中で演奏されるチャック・ベリーの「メンフィス」の歌詞が本作の内容とも微妙に関係しているようだが、あいにく観ていてさっぱり気づかなかった。劇中で使われている映画のテーマ曲は、結構シンプルなメロディの繰り返しで耳に残る。
ラストの列車の中のシーンで、新聞にジョン・フォード監督の訃報が掲載されている。撮影年度を考えると、本当にその頃に亡くなったのかもしれない。
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結局、アムステルダム以降は、アリスの母も祖母も名前だけで姿は見せず、完全に疑似父娘だけのロードムービーなのである。
ラストはどうなることかとハラハラさせるが、予定調和とはいえ、妙に歯の浮くような台詞を言い合う野暮ったさもなく、余韻の残る終わり方だったと思う。
ああ、これこそヴェンダースっぽい映画。適度な突き放し加減が心地よい。
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生意気いっても電気を点けていないと眠れなかったり、寝る前にお話しをせがんだり、子供らしい一面があるアリスに、フィリップが次第に打ち解けていくところがいい。ちなみに、私のツボは、泳ぐ前のへんてこ準備体操。