『宇宙でいちばんあかるい屋根』
清原果耶の凛々しい眼差しと佇まい。ビルの屋上で出会った不思議な老婆との心の交流。中学生の感性に戻って観たいファンタジー。
公開:2020 年 時間:115分
製作国:日本
スタッフ 監督: 藤井道人 原作: 野中ともそ 『宇宙でいちばんあかるい屋根』 キャスト 大石つばめ: 清原果耶 ほしのとよ: 桃井かおり 浅倉亨: 伊藤健太郎 大石麻子: 坂井真紀 大石敏雄: 吉岡秀隆 笹川誠: 醍醐虎汰朗 浅倉いずみ: 清水くるみ 山上ひばり: 水野美紀 牛山武彦: 山中崇
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
14歳のつばめ(清原果耶)は、隣人の大学生・亨(伊藤健太郎)にひそかに恋心を抱くごく普通の女の子。
両親と三人で幸せな生活を送っているように見えたが、父と、血の繋がらない母との間に子どもができることを知り、どこか疎外感を感じていた。
誰にも話せない思いを抱える彼女にとって、通っている書道教室の屋上は唯一の憩いの場だった。ある夜、いつものように屋上を訪れたつばめの前に、ド派手な装いの見知らぬ老婆が現れる。
その老婆・星ばあ(桃井かおり)がキックボードに乗って空を飛ぶ姿に驚きながらも、不思議な雰囲気を漂わせる彼女に次第に心を開き、恋や家族の悩みを相談するつばめだったが。
レビュー(まずはネタバレなし)
清原果耶、堂々の初主演作品
中学生の少女つばめと、ビルの屋上で出会った怪しい老婆<星ばあ>とのひと夏の交流を描くファンタジー。野中ともその原作小説を、『新聞記者』の藤井道人監督が映画化。
原作は未読なのだが、ティーン向けの小説なのだと思う。いい大人が観るには、ちょっと馴染みにくい世界観かもしれないが、そもそもファンタジーとはそういうものだ。童心に帰れる人が楽しめばよい。
◇
まず語るべきは、何といっても、つばめを演じた清原果耶の堂々たる初主演ぶりだろう。
凛とした佇まいと、射貫くような鋭い眼差しは本作でも健在。この年頃に特有の、ちょっと触れば崩れそうな脆さと、激しい攻撃性が共存している。
藤井監督は、前作の『デイアンドナイト』での彼女の演技に惚れて、オーディション予定だった本作の主演を彼女にオファーしたという。彼女の出演シーンはやたら学校の制服姿ばかりなのも、監督の好みだろうか。
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つばめが星ばあと名付けた、ほしのとよ役の桃井かおりも、堂々と、かつ楽しそうにこの魔女のような老婆を演じている。
同年に公開の阪本順治監督『一度も撃ってません』では、まだまだ麗しきミュージカル女優役だったが、彼女の演技の幅の大きいこと。
ファンタジーに乗れるかどうか
つばめの通っている書道教室(講師の山中崇がいい味)のビルの屋上。わざとセットっぽい作りにしているのだろう。
この屋上でつばめと星ばあが出会い、家族の問題や好きな人の悩みで凝り固まっていたつばめが、星ばあによって次第に解放されていく。
ロケ地は主に秦野市や多摩市の聖蹟桜ヶ丘近辺らしい。緑豊かなので、都内近郊とは思わなかった。
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星ばあが不思議な力を使って解決してくれるお礼が、コンビニの弁当や食材だったりするのも妙におかしい。
キックボードやクラゲがでてくる幻想的なシーンが心地よく思えてくれば、本作とは相性がいいのかもしれない。
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タイトルにもある<屋根>は本作で重要なアイテムだ。住宅街の戸建てに住むつばめが部屋の窓を開ければ、『ティファニーで朝食を』のムーン・リバーよろしく、隣の家の大学生・亨が窓辺でマンドリンを弾いている。そりゃ、恋に堕ちる訳だ。
今回の伊藤健太郎は、『のぼる小寺さん』で彼が演じていたようなマイルド男子だが、ちょっと存在感は控えめ。むしろ、つばめとちょっと交際して別れた級友・笹川(醍醐虎汰朗)の方が、不良っぽいし、おいしい役だった気もする。
つばめの悩みと星ばあとの繋がり
つばめの母・麻子(坂井真紀)は妊娠している。14歳下だから随分年齢が離れていると思ったら、麻子は継母だった。
生まれてくる妹は両親とも血がつながっていると思うと湧いてくる疎外感、そして胸に秘めた想いを亨に伝えられない恋の悩み。二つの問題がつばめを苦しめる。
◇
この二つの問題と星ばあとの繋がりと、そこに効いてくるはずの<屋根>というキーワードが、正直弱すぎると私は感じた。
そのため、ファンタジー特有の世界観は受け入れられても、話としてはもう一つ入り込めないのだ。せっかくの世代を超えた実力派女優の共演なのに、これは惜しい。
レビュー(ここからネタバレ)
ここから、ネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
どの辺のリンケージが弱いのか
つばめの抱える二つの問題である、血のつながりと恋の悩みは、映画の流れとしては星ばあの存在と有形無形に繋がっていてほしいと思うのだが、どうにも繋がりは希薄すぎやしないだろうか。
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例えば、つばめは血のつながりが大事だと思えばこそ、「生まれてくる子と、本当の家族三人で暮らせて良かったね!」と嫌味たっぷりに言い、両親を傷つける。
一方で、自分が書道や水墨画に傾倒していくのも、自分と父を捨てて書家として独立した母・ひばり(水野美紀)の影響だ。
星ばあは「血のつながりなど関係ない」などとつばめを説得しながら、自分は孫と再会することを切望しているところに矛盾がある。
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続いて恋の悩みについて。亨とつばめの仲は、一度彼女が投函した手紙を星ばあが取り戻したり、病院に亨の見舞いに行くよう仕向けたりと、星ばあのおかげで接近できたのは分かる。
だが、「つばめちゃんは、家族を悲しませるようなことをしちゃ駄目だよ」という亨の言葉によって、彼女が号泣し心を入れ替えることについては、星ばあは、さほど関わっていない。
中学生と大学生では恋愛に発展もしそうにないとはいえ、この二人の仲も血のつながりと同様に、最後の方はほったらかしだ。
原作通りなのかもしれないが、もう少し掘り下げてほしい小ネタも多い。
水野美紀がワンシーンのみの出演ではただの冷たい親の役にみえてしまう。つばめの同級生の笹川をよけようとして亨のバイクが事故ったことも、後日再会し笹川が気づいただけの小さな扱いで発展しない。
笹川の家の屋根こそが、星ばあが探している<えんじ色の陶器瓦の屋根>だったというのも、もう少し盛り上げようがあったのではないか。
そのくせ、亨の姉いずみ(清水くるみ)とDVの彼氏との話は全体の流れからは浮いているのに、妙に丁寧に描かれるなど、バランスを欠く。
更に馴染めなかったものは
<屋根>というキーワードを無理やり使う台詞もしっくりこない。
「屋根を見れば人間が分かる」
「屋根を一緒に眺められる関係がいい」
とかなんとか、どれももうひとつ心に訴えかけない。
昔の作品になるが、青山真治監督『東京公園』で、強引に台詞を公園に絡めていたのを思い出した。
偶然だが、『東京公園』では、三浦春馬が亡くした母親の影響で写真家になった青年を演じていた。彼を敬愛する清原果耶の演じるつばめもまた、生き別れた母親の影響で水墨画家になる。
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最後にもうひとつ、肌に合わなかったのが、吉岡秀隆が演じたつばめの父・敏雄である。
木村拓哉が何を演ってもキムタクと言われるように、吉岡秀隆もまた、どんな役でも吉岡秀隆だ。作品名は伏せるが、音声を細工した脅迫電話でも、犯人が彼だと分かるほどなのだから。
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それがいい方向にハマる作品も勿論多いが、本作では台詞回しがウェットすぎて、全てが意味ありげに聞こえる。
年頃の娘の頭をベタベタ撫でるのも、我が家でやったらエラい騒ぎになるだろう。そういう演出なのだろうが、さすがに引いた。
そんな父親役に気を取られ油断していたら、伏兵・坂井真紀演じる母親が、つばめを相手に気迫の演技を見せてくれた。前半は軽めのキャラだったのに、ギャップがいい。これには不覚にも泣かされた。
ファミレスと空に届く糸電話
結局、どうなることかと思っていると、終わり際に笹川がつばめをファミレスに連れて行き、星ばあのいる病室で楽しそうに並ぶ写真を見せる。
忘れていた祖母のことを、つばめが思い出させてくれたことで、彼女が死ぬ間際に、晴れて再会を果たすことができたのだ。
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やはり、血のつながりは大事という結論なのか。まあ、笑顔の星ばあの写真に、観ている方も安堵する。
余談だが、清原果耶がファミレスで熱く語るシーンは、彼女の新作『花束みたいな恋をした』でも、お目にかかれる。有村架純に続く、ファミレス名シーンといえば思い浮かぶ女優になるかもしれない。
◇
つばめは糸電話で亨と会話するのが夢だったが、ラストで登場する糸電話は天と繋がっている。これで星ばあと会話できたのかは、想像するしかない。
でも、糸が弛んでピンと張っていないから、それじゃ声は伝わらないよ。そう思ってしまう私に、ファンタジーを語る資格があるかは疑わしい。