『シカゴ7裁判』
The Trial of the Chicago 7
シカゴの民主党全国大会の傍でベトナム戦争の抗議運動を共謀した罪で起訴された七人の男の法廷ドラマ。本当は八人だったけれど、一人は告訴取り下げでシカゴ7に。とはいえ、そこに至るまでの道のりも相当険しかったが。
公開:2020 年 時間:130分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: アーロン・ソーキン キャスト <シカゴ7> トム・ヘイデン: エディ・レッドメイン アビー・ホフマン: サシャ・バロン・コーエン ボビー・シール: ヤーヤ・アブドゥル=マティーン二世 ジェリー・ルービン: ジェレミー・ストロング レニー・デイヴィス: アレックス・シャープ デイヴィッド・デリンジャー: ジョン・キャロル・リンチ ジョン・フロイネス: ダニエル・フラハティ リー・ウィンナー: ノア・ロビンス リチャード・シュルツ: ジョセフ・ゴードン=レヴィット ジュリアス・ホフマン: フランク・ランジェラ ウィリアム・クンスラー: マーク・ライランス フレッド・ハンプトン: ケルヴィン・ハリソン・Jr. ラムゼイ・クラーク司法長官: マイケル・キートン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
1968年、シカゴで開かれた民主党全国大会の会場近くに、ベトナム戦争に反対する市民や活動家たちが抗議デモのために集まった。
当初は平和的に実施されるはずだったデモは徐々に激化し、警察との間で激しい衝突が起こる。
デモの首謀者とされたアビー・ホフマン、トム・ヘイデンら7人の男(シカゴ・セブン)は、暴動をあおった罪で起訴され、裁判にかけられる。
その裁判は陪審員の買収や盗聴などが相次ぎ、後に歴史に悪名を残す裁判となるが、男たちは信念を曲げずに立ち向かっていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
シカゴ7にまつわる背景を復習
ベトナム戦争の抗議運動を共謀したとして逮捕・起訴された7人の男(シカゴ7)の裁判を描いた法廷ドラマだ。8人起訴されたが、1名は早い段階で除外されたため、この名称で呼ばれているらしい。
◇
簡単に歴史を振り返ろう。時代は米国大統領選挙を控えた1968年。映画の冒頭でジョンソン大統領は、ベトナム駐留部隊の兵力増強のために月間の徴兵者数を倍増させるとテレビで訴える。
「〇月〇日生まれ」とビンゴ大会のように誕生日で徴兵者が抽選されていく様子に、背筋が寒くなる。
そして、ベトナム戦争の不人気からジョンソンは次期選挙への出馬を断念し、民主党はハンフリー候補を指名、対する共和党はタカ派のニクソン候補。
反戦活動が高まっている中で、何千もの人々がデモや集会を繰り返す中、8月に、民主党全国大会がシカゴで開催される。警察と暴徒化した群衆が衝突し双方に多数の負傷者を出す。
選挙は共和党が勝ち、ニクソン大統領が誕生。そして、シカゴの暴動を扇動したとして、反戦活動家たち8名を起訴する。
◇
当時をリアルタイムで過ごした世代にはよく知られた出来事なのだろうが、私にはここまでの知識はなく、後付で理解が追い付いた。
この辺の時代背景を知っていたら、もっと映画を楽しむことができたとは思うが、そうでなくとも、法廷劇には十分見応えがある。
シカゴ7と呼ばれる面々
シカゴ7と呼ばれる被告たち。SDSという学生同盟のトム・ヘイデン(エディ・レッドメイン)とレニー・デイヴィス(アレックス・シャープ)。
ヒッピーのような青年国際党のアビー・ホフマン(サシャ・バロン・コーエン)とジェリー・ルービン(ジェレミー・ストロング)。
ベトナム戦争終結運動のデイヴィッド・デリンジャー(ジョン・キャロル・リンチ)。
ブラックパンサー党の活動家ボビー・シール(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)だけは、途中で起訴からはずれるものの、そこまでには相当激しいやりとりがある。
本作では、原告側の策略で陪審員の一部メンバーが交代にはなるが、陪審員たちの議論は殆ど登場しない。
『十二人の怒れる男』のように、集団で議論するのは、本来他人同士だった被告団の方なのだ。
シカゴ7の出演者として目立つのは、エディ・レッドメインとサシャ・バロン・コーエンだろうか。レッドメインはちょっと線の細い、うまく権力とも立ち回りそうな活動家を演じている。
ひとりだけ年齢も上で良識ありそうな大人のジョン・キャロル・リンチの配置がよい。コーエン兄弟の『ファーゴ』でも善人だったし。彼は、前司法長官役のマイケル・キートンと『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』でも共演していた。
彼らを攻める側と護る側の面々
別に共謀した訳ではないシカゴ7を無理筋で起訴させられているのは、リチャード・シュルツ検事。
当初人権擁護派に思われたが、出世のために一旦仕事を引き受けた以降は、悪徳検事の職務を貫徹。ジョセフ・ゴードン=レヴィットが演じるので善人役だと思っていたら、意外だった。
◇
さて、本作においておいしい役どころだったのは、以下に挙げる三名だったと思う。
まずは、人権派弁護士のウィリアム・クンスラー。はじめは偏屈者の弁護士に見えたが、裁判長への噛みつき方に胸が熱くなる。
演じるはマーク・ライランス。似合い過ぎる。『ブリッジ・オブ・スパイ』の名演技で有名。『ダンケルク』の気骨ある民間人の船乗りが印象深い。相方のレナード・ワイングラス(ベン・シェンクマン)のアシストもよい。
そして、悪辣なジュリアス・ホフマン裁判長の何と憎たらしいことよ。徹底した権威主義者で、自分の法廷では他人の意見にはけして耳を傾けず、気に入らなければ法廷侮辱罪を頻発する。
これが実在した人物をモデルにしているのだから恐れ入る。この悪徳代官を演じるというのも、役者冥利に尽きるのかもしれない。フランク・ランジェラが見事に演じている。
◇
最後に登場は、ラムゼイ・クラーク前司法長官のマイケル・キートン。出演の時間は短いものの、極めて重要な役割を担っており、存在感は際立つ。
レビュー(ここからネタバレ)
史実ゆえ、バラすネタもないが
このような民主主義とはかけ離れた裁判が行われていたということは驚きだ。
また混迷を極めた本年の大統領選挙の動向と、当時の選挙前後の動向を重ねてみることも可能だと思う。
◇
スパイク・リー監督の新作『ザ・ファイブ・ブラッズ』はまだ観ていないのだが、ベトナム戦争から戻った黒人帰還兵の話のようだ。
なお、彼の『マルコムX』には、本作に登場したボビー・シールやクンスラー弁護士が登場する。
火をつけたのは誰か
シカゴで起きた暴動事件については、映画の終盤で真実を伝える回顧シーンとして登場する。
誰が、はじめに暴動のきっかけを、群衆の心に火をつけたのかが、明らかにされる。意外な展開だったが、ここはしっかりと、真犯人が浮き彫りになる。
一触即発の群衆が、ほんの少しの言動で暴徒化してしまい、もはや収拾がつかなくなる。その恐ろしさが伝わってきた。
そして、60年代の若者たちに取り囲まれた、50年代の感覚を引き摺る政治家と娼婦の集うバーというのも、気味の悪い構図だった。
ラスト、裁判は終わり、その判決と後日談が明かされる。留飲を下げる結末といえるかどうかは、受け手によって異なるかもしれない。
真実が明るみになる場面が、ナレーションで処理されてしまう(ありがちな)手法では、どうにもスカッとした気持ちになれないのだ。
とはいえ、過度な脚色はないのは好感が持て、十分見応えのある作品だったと思う。