『ゾディアック』
Zodiac
デヴィッド・フィンチャー監督が、実際に起きたゾディアック事件を忠実に再現
公開:2007年 時間:158分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: デヴィッド・フィンチャー
脚本: ジェームズ・ヴァンダービルト
原作: ロバート・グレイスミス
『ゾディアック』
キャスト
ロバート・グレイスミス:
ジェイク・ギレンホール
ポール・エイヴリー:
ロバート・ダウニー・Jr.
デイブ・トスキ: マーク・ラファロ
ウィリアム・アームストロング:
アンソニー・エドワーズ
メルヴィン・ベリー:ブライアン・コックス
リー・アレン: ジョン・キャロル・リンチ
メラニー: クロエ・セヴィニー
マラナックス: イライアス・コティーズ
ケン・ナーロウ: ドナル・ローグ
シャーウッド:
フィリップ・ベイカー・ホール
リンダ: クレア・デュヴァル
キャスリーン: アイオン・スカイ
ボブ・ヴォーン:チャールズ・フライシャー
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
1968年、サンフランシスコでデート中の男女が何者かに襲われて殺される事件が発生。
半年後、その近所で再びカップルが襲われる事件が起き、犯人らしき人物から、警察や新聞社に大胆にも犯行を宣言した連絡が入る。
犯人はやがてゾディアックと名乗るようになり、新聞記者エイヴリー(ロバート・ダウニー・Jr)と風刺漫画家グレイスミス(ジェイク・ギレンホール)が犯人像の解明を目指す。
一方、SF市警の刑事、トスキ(マーク・ラファロ)とアームストロング(アンソニー・エドワーズ)も犯人を追い続ける。
今更レビュー(ネタバレあり)
ゾディアックを追う男たち
米国で実際に起きた連続殺人事件を基に、犯人を追う男たちを描いた作品。
『セブン』、『ゲーム』、『ファイトクラブ』と傑作を連発したデヴィッド・フィンチャー監督。続く『パニック・ルーム』でちょっと方向性を見失った印象だったが、本作ではサスペンス性よりもヒューマンドラマの比重を高め、見応えのある作品に仕上げている。
カリフォルニアの各地でカップルをねらい連続殺人を引き起こしているシリアルキラーが、新聞各社に暗号を送り付けて掲載するよう脅迫するなど、劇場型犯罪の行動を続けていく。
ゾディアックと名乗るこの人物を追うのは、サンフランシスコ・クロニクル紙の敏腕記者エイヴリー(ロバート・ダウニー・Jr)と、紙面に風刺漫画を描いているグレイスミス(ジェイク・ギレンホール)。
そしてSF市警の刑事トスキ(マーク・ラファロ)とアームストロング(アンソニー・エドワーズ)。
切れ者のエイヴリーと、暗号解読にマニアックな才能をみせるグレイスミス、そして新聞社とは距離を置き捜査を進める刑事たち。彼らの行動をあざ笑うかのように、殺人事件が続いていく。

ロバート・グレイスミスによる原作がノンフィクション小説なのだから、当然そうなるのだろうが、映画を観ていると、時間や場所、犯行の様子など、かなり事実に即して描かれているように感じる。
実際に起きたゾディアック事件の概要を調べてみると、かなり細かい部分まで、映画で再現されていることが分かる。
なお、原作の著者は、映画でジェイク・ギレンホールが演じている漫画家のグレイスミス本人ということになる。映画の中でも、彼が終盤で書き上げるこの小説がベストセラーになっている。
モヤモヤ感が残るのは史実を知らないからか
映画は真犯人を追いかける犯罪ドラマとして丁寧に作られているが、2時間半以上もある作品としては、物語の決着の仕方にモヤモヤ感が残る。
最後まで事件を追いかけるのは伏兵グレイスミスというのは面白いが、ゾディアックが逮捕されて一件落着という終わり方ではない。
◇
生き残った被害者の目撃証言というのが大きな決め手になるのはよいが、犯行シーンに犯人の顔を出して、観客にゾディアックの正体を分からせるようなカットもない。
その意味では、誰が犯人かで強引に盛り上げるサスペンスタッチな演出も控えめ。結局真犯人は誰だったのかということはきちんと描かれてはいるが、スッキリとはしない残尿感のある幕切れだ。

私は公開時に本作を観た時も、あまり好きにはなれなかったのだが、それはもしかすると、ゾディアック事件についての知識がなかったせいだろうか。
多くの米国人にとっては、代表的な劇場型犯罪のひとつであるゾディアック事件について一通り分かっており、だから途中で記者や刑事が捜査に迷走したり、結局事件が未解決のまま今日に至っていることは、はじめから承知のことなのだろう。
そのため、犯人が最後にどうなるかでヤキモキすることもなく、ドラマに没入できるのだ。そういう見方ができれば、この映画も数あるフィンチャー作品の傑作のひとつに加えられるのかもしれない。

キャスティングについて
役者は豪華な顔ぶれだ。主人公のグレイスミスには、『ブロークバック・マウンテン』(2005)で名を馳せたカメレオン俳優ジェイク・ギレンホール。いつもながら、彫りが深いというか、顔が濃い。
敏腕記者エイヴリーにロバート・ダウニー・Jr、トスキ刑事にマーク・ラファロ。どちらもMCUで長年にわたりアイアンマンとハルクを演じるようになる前の共演だ。マーベルのヒーロー映画ではなかなか見られない、深みのある芝居。
トスキの相棒アームストロング刑事には、『トップガン』ではマーベリックの相棒グース役で一躍有名になったアンソニー・エドワーズ。
それ以外にも、弁護士役のブライアン・コックス、容疑者リー・アレン役のジョン・キャロル・リンチ、最初の被害者の姉役にクレア・デュヴァルなど、通好みの助演俳優陣が堪らない。
ファンサービス的なネタも散見される。
最初にゾディアック事件をモデルに映画化し、連続殺人犯スコルピオ(どっちも星座絡みの名だ)との対決を描いたのが、クリント・イーストウッドの出世作『ダーティ・ハリー』。
本作では、トスキたちがその映画を観るシーンがあり、「あれじゃ違法捜査だ」などと言わせる。
また、弁護士メルヴィン・ベリーに向かって「『スタートレック』、観ましたよ」という台詞があり不思議に思っていたのだが、この著名な弁護士はなぜか実際に『スタートレック』にゲスト出演したことがあるらしい。
スッキリしないエンディング
面白い映像表現だったのは、サンフランシスコのランドマーク的な存在トランスアメリカ・ピラミッドがニョキニョキと空高く建造される様子で、時間の経過を表現しているシーン。
邦画でも東京タワーや高層ビルを使ってこの表現方法を使う作品を見かけるが、SFにもあったか。
ハラハラさせられたのは、乳児を連れた女性キャスリーン・ジョーンズ(アイオン・スカイ)が言葉巧みにゾディアックのクルマに載せられ、殺されそうになるシーン(女性が被害者にならずに済んだ唯一のケース)。
「殺す前に赤ん坊を投げるよ」という台詞に震える。
一方で、映写技師ボブ・ヴォーン(チャールズ・フライシャー)の家の地下室に誘い込まれるグレイスミスのシーンは、ヴォーンが殺人鬼に豹変必至のめっちゃスリリングな場面なのだけれど、結局グレイスミスの思い過ごしだったというオチに笑えた。

時代の流れとともに、事件を追い続けるのはグレイスミスばかりとなり事件が風化してしまう。リー・アレンが犯人だと確信に至るも状況証拠しかない。
だが、ついに、被害者男性がいくつもの顔写真の中から、目撃したゾディアックを特定する。
ここで終わればまだスッキリできたが、エンドロールでアレンのDNAが一致しなかったことや、起訴準備中にアレンが心臓発作で死んだことなどが語られる。
SF市警は捜査を打ち切り、ナパやバレーホでは現在も被疑者死亡のまま捜査が続いているという。
現実にはそうなのだろうが、映画的にはダーティなハリー・キャラハンが、最後に犯人を撃ちぬいてバッジを捨てる方が溜飲が下がる。