『MOTHER マザー』
救いのない毒親の母を慕い、成長した息子が踏み外す人生。この女、聖母か、怪物か。
公開:2020 年 時間:126分
製作国:日本
スタッフ
監督: 大森立嗣
キャスト
三隅秋子: 長澤まさみ
周平: 奥平大兼/郡司翔
冬華: 浅田芭路
川田遼: 阿部サダヲ
高橋亜矢: 夏帆
宇治田守: 皆川猿時
赤川圭一: 仲野太賀
三隅楓: 土村芳
三隅雅子: 木野花
松浦: 荒巻全紀
弁護士: 大西信満
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- 長澤まさみの新境地である、毒親ぶりに圧倒される。実に大森立嗣監督らしい切れ味。これがデビューだという奥平大兼の眼差しに、今後の更なる活躍を期待。
あらすじ
シングルマザーの秋子(長澤まさみ)は、息子・周平(郡司翔)を連れて、実家の両親に生活費を借りに来るが失敗。
ゲームセンターで飲んだくれていた秋子は、ホストの遼(阿部サダヲ)と出会う。二人は意気投合し、遼は、秋子のアパートに入り浸るようになる。
秋子が妊娠すると、父親が自分だと認めない遼は、「堕さない」と言い張る秋子と周平を残して去っていく。秋子は、周平を実家へ向かわせ金を無心するが、母の雅子(木野花)から今度は絶縁を言い渡される。
◇
周平(奥平大兼)は16歳になり、結局学校にも行かせてもらえず、妹の冬華(浅田芭路)の面倒をみていた。秋子は定職にも就かずパチンコばかり。
児童相談所の亜矢(夏帆)が救いの手を差し伸べ、簡易宿泊所での新しい生活がはじまった。亜矢から学ぶことの楽しさを教えられた周平は、自分の世界が少しずつ開いていくのを感じた。
レビュー(まずはネタバレなし)
タイトルからは想像できない毒親ぶり
長澤まさみが毒親を演じ、これまでの演技とは違う新境地を見せていることや、大森立嗣監督の作品であることから、実際に起きた事件がベースだということくらいしか知らずに鑑賞した。
そのため、特に周平が大きくなってからの後半の展開には、結構驚かされた。なので、内容詳細は次の項とし、本項では極力後半の展開を匂わせずに、本作について語りたい。
『MOTHER』といわれると、坂元裕二のテレビドラマの松雪泰子と芦田愛菜の疑似母子を思い出してしまうが、本作には、その手の母性愛メンタリティは皆無だ。
◇
冒頭の母子シーン、息子の膝小僧の擦り傷をなめたり、プールで禁止された飛込みを息子に強要したり。いい加減な母親のようだが、子供への愛情は感じられる。
そう見えたのは全編でもここまでだった。なんか違うぞと思ったのは、夜に息子に「コンビニ行ってカップ麺にお湯入れて、帰ってこい」と命じたあたりだろうか。
ひたすら子供を大声で恫喝し、雑用を指示し、自分は生活保護のカネをパチンコや酒代に使い切り、男と遊び回る母親だったのである。
あたしが産んだ子だから、あたしの勝手
学校にも通わせず育児放棄で家を長期不在にするシングルマザーと、しっかり者の子供。まるで是枝監督『誰も知らない』のYOUと柳楽優弥の母子関係だ。だが、YOUの母親の方が、まだ愛情を感じられたかもしれない。
周平は映画の後半で16歳に成長するが、母・秋子の行動形式は首尾一貫している。
◇
ろくに働かず自堕落な生活を送り、生活費が枯渇すれば、周平を使い、自分は表に立たず、金策に走る。しくじれば、大声で叱責する。子供の将来など、考えたこともないだろう。
「あれはあたしが産んだ子なの。あたしの分身。舐めるようにしてずっと育ててきたの。どうしようが、私の勝手だよ」
一緒になったホストの遼も、同じように子供に愛情を注がず(自分の娘ができても)、好き勝手に生き、カネがなくなれば、盗んでみたり、借金を踏み倒してみたり。秋子と意気投合するのも納得の男なのである。
秋子、遼、周平が
— 映画会社スターサンズ (@starsands_movie) July 23, 2020
海辺で食事をするシーン
一見、幸せそうですが…実際は !?#海の日 #映画マザー#長澤まさみ #阿部サダヲhttps://t.co/oOD09TqAvX pic.twitter.com/HALfzFxPzm
大森監督のもたらす緊張感と応える役者たち
本作は暴力的なものと不安感、緊張感の融合が、いかにも大森立嗣監督らしくて、とてもよかった。全編を通じた青みがかったトーンや、静寂を大切にした音響設定も、映画の質を高めたように感じた。
『タロウのバカ』はちょっと過激すぎて苦手だったけれど、本作は『光』や『さよなら渓谷』を思わせる質感が好ましい。俳優陣もその緊張感を感じたか、普段の路線とは大分演技の雰囲気が違う。
◇
主演の長澤まさみは、こういう演技もできる女優だったかと感服する。『コンフィデンスマンJP』や『マスカレードホテル』といった、テレビ局制作のドル箱映画で見せる演技との違いに驚く。
無言の彼女が表情や目の焦点移動で何かを伝えるカットというのは、あまり他で見た記憶がない。黒沢清監督の『散歩する侵略者』がちょっと近いか。
◇
遼の阿部サダヲは、出逢いのゲームセンターの音ゲーでダンスする動き以外は、笑いの要素なしのシリアス演技である。
勿論阿部サダヲだから恫喝シーンも怖くはないのだが、それでも通常路線との違いは感じるし、彼らしい人の好さも殆ど顔を出さない。市役所職員の皆川猿時も、今回は笑いを取りにはいけず、別人の様相だ。
周平を演じた、奥平大兼と郡司翔はともに好演だった。特に16歳の周平を演じた、本作がデビューの奥平大兼は、事件の前と後の難しそうな演技を見事に演じきり、実質的に主役と言ってよい。今後の活躍に期待大。
◇
児童相談所の職員亜矢の夏帆は、本作では数少ない、子供たちに愛情を注ぎ、将来を考えてくれる大人を演じる。
彼女の演技の振れ幅には『ブルーアワーにぶっとばす』で驚かされたが、本作では抑え目の常識ある女性。『海街Diary』では長澤まさみと姉妹役だったが、今回はまるでソリが合わない役で共演。
◇
大森組メンバーとしては、仲野太賀(『タロウのバカ』)、荒巻全紀(『日日是好日』ほか)、大西信満(『さよなら渓谷』)と、それぞれ持ち味を発揮し、うれしいところ。
レビュー(ここからネタバレ)
以下、ネタバレになりますので、未見の方はご留意願います。
実際に起きた事件がベースになっている
さて、未見の方でも、すでに多くの人が既にご存知なのかもしれないが、本作は実際に起きた<川口市祖父母強盗殺人事件>がベースになっている。
だからこそ、本作は冒頭から、何か月後、何年後と、執拗に時間の経過を正確に知らせていたのだ。つまり、少年が17歳になる頃に、ことは起きると。
◇
殺された祖父母は、別に娘が憎くてカネを渡さなかったわけではなく、娘の言動があまりにひどく、愛想を尽かして縁を切ろうとしたのだ。
世間にはどこにも転がっていそうな話であり、孫の周平には、むしろ愛情を持っている。
周平を追い詰め、覚悟を決めさせたもの
その二人を殺傷してしまう周平。勿論、金目当ての極悪非道な若者ではない。彼をここまで追い詰めて、覚悟を決めさせたのは、母・秋子だ。
「ババア殺したらカネが入るよね」
そこまで秋子は言ったものの、その先に息子を追い詰める言葉からは、周到に具体的な表現を避ける。
「あんた、ババアの話できんのか?」
「あんたがやんないと、妹が(食べ物がなくて)死んじゃうよ」
◇
「ホントにやんの?」
それは、息子からの最後の問いかけだったはずだ。だが、これまでに何度も悪事を働かされたときのように、今回も「冗談だよ」の救いの言葉はない。
周平が貫いたもの、亜矢が救いたかったもの
周平の胸の内を思うと、泣けてくる。彼には小さなころから逮捕後まで、母親への愛情にまったくブレがない。罪は全て自分が被り、母親に比して、あまりに重い12年の懲役刑を受ける。
『誰も知らない』も『万引き家族』も、実在の事件をベースにし、子供たちは親に従い犯罪に手を染め、罪を償う。だが、今回は罪の重みが違う。
◇
そして、服役してもなお、周平は、「僕、お母さんが好きなんです。ダメなんですかね」と苦悩する。あまりに不憫だ。
亜矢の働きかけで、一時は学校に通い始め、小学校も出ていない自分の人生に少し希望をみつけかけた周平。だが道を閉ざしたのは、またしても、取り立て屋に追われる遼であり、それに従う秋子であった。
◇
「お母さんと離れてくらすことだってできるんだよ」と持ち掛けた、亜矢の願いは届かなかった。
亜矢の行動は、母子の関係が分からない第三者の善意の押しつけだったのだろうか。『万引き家族』で池脇千鶴が演じた警官の説教のような。
ラストシーンは突き放しでよいのだ
ラストシーンで、服役する周平から聞いた母への思いを、亜矢は秋子に伝える。だが、秋子は何も言わず映画は終わる。この終わり方が大森立嗣らしいと思った。
当初は何という親かと呆れたが、ここにきて感情を吐露されて贖罪されても困る。秋子は、最後まで毒親でいることが、本作ではあるべき姿なのだ。
◇
以上、お読みいただきありがとうございました。映画の原案となった本と、実際の元少年とシンガーソングライターの松井亮太さんがコラボレーションして完成した楽曲を紹介します。