『灼熱の魂』 考察とネタバレ:ミステリーと呼ぶにはあまりに重たい真実に焼け焦げる心

スポンサーリンク

『灼熱の魂』Incendies

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の出世作。ミステリーと呼ぶにはあまりに重く切ない、亡き母の過去を辿る旅。死んだはずの父、いないはずの兄を探し始めた姉弟が、ようやく辿り着いた真実。そこに母の切なる願いがある。

公開:2011 年  時間:131分  
製作国:カナダ

スタッフ 
監督:   ドゥニ・ヴィルヌーヴ
原作:   ワジディ・ムアワッド
       『焼け焦げるたましい』

キャスト
ナワル・マルワン:  ルブナ・アザバル
ジャンヌ・マルワン:メリッサ・デゾルモ
シモン・マルワン:マクシム・ゴーデット
ジャン・ルベル:    レミ・ジラール
アブ・タレク:
    アブデル・ガフール・エラージズ

勝手に評点:4.0
(オススメ!)

(C)2010 Incendies inc. (a micro_scope inc. company) – TS Productions sarl. All rights reserved.

あらすじ

カナダで暮らす双子姉弟ジャンヌ(メリッサ・デゾルモー)とシモン(マクシム・ゴーデット)、亡くなった母ナワル(ルブナ・アザバル)の雇用主でもあった公証人ジャン(レミ・ジラール)から奇妙な遺言状を受け取る。

亡骸は裸のままに墓碑も刻まず、そして二人の父と兄にそれぞれ宛てた手紙を渡せと。

だが、父は幼少期に死に、兄の存在など知らない。困惑する姉弟。そもそも、母はある日プールサイドで原因不明の放心状態に陥り、やがて息絶えたのだ。

謎めいた母が命を賭して、二人に伝えたかった真実とは何か。ジャンヌは父を、シモンは兄を探しに、母の祖国レバノンに旅立つ。

レビュー(まずはネタバレなし)

気は重たくなるが、一瞬も見逃せない

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の名もまだ良く知らない頃に、何の予備知識もなく観た公開当時に打ちのめされたのを思い出す。

劇作家ワジディ・ムアワッドの戯曲がベースの悲劇。レバノン内戦あたりの背景を知っていると、より興味が高まるのかもしれないが、私のようにさして知識のない輩でも、十分にのめり込める。

冒頭の頭を刈られる少年の三白眼と踵に刻まれた三連星のような傷。一瞬も見逃してはいけない類の映画だと思わせる気配。そして、奇妙な遺言書から始まる過去への探求の旅。

内戦で荒れる祖国で、ともに村を出ようとして自分の身内に恋人を射殺されたナワルのそれからの半生は、壮絶なものだった。

残された姉弟とともに真実に向き合えるのか気が重くなるが、全てが解き明かされたときに、ナワルの心情に思いを馳せ、心が揺さぶられる。

レビュー(ここからネタバレ)

謎解きを忘れ、過酷な人生を辿る

謎解きが全てではないが、父と兄は誰なのかに関心を持ちながら、我々はナワルの人生を辿ることになる。

単純に騙されながら映画を観る主義な私は、彼女が故郷で産んだ赤ちゃんの踵に印が付けられた時点で、冒頭の少年=兄、射殺された恋人=父(よく考えれば変か)と認識した。

その後、しばらくは兄・父探しを忘れ、敵陣にバスごと襲撃されガソリンで燃やされそうになったり、主導者を暗殺しようと子息の家庭教師として潜入したりと、ナワルの生き別れた息子を探しながらの激動の日々に付き合う。

(C)2010 Incendies inc. (a micro_scope inc. company) – TS Productions sarl. All rights reserved.

以下、ネタバレありますので、未見の方はご留意願います。

衝撃は静かにやってくる

ここまでで、十分に波乱万丈な人生であるが、まだ続きがある。やがて、姉弟は、母ナワルが監獄で拷問人アブ・タレク(アブデル・ガフール・エラージズ)にレイプされ出産したという事実にたどり着くのだ。この子が兄なのか?

そして、「頑張ったわね、次は、二人目よ」という産婆の発言から、これが双子、即ちジャンヌとシモンなのだと我々は知ることになる。姉弟の<父>は、拷問人のレイピストだったのだ。(第1の衝撃)


次に、話は兄探しに移る。<父>が分れば、おのずと<兄>とはナワルがかつて故郷で産み、孤児院に預けられたニハッドということになる。

探しあてていくと、孤児院を襲った陣営は彼を少年兵として鍛え上げたが、その後洗脳され、母と同じ監獄で働いているという。父と兄は、一緒にいるのか。

いや違う。そうではない。1+1=1。つまり、<兄>ニハッドとは<父>アブ・タレクと同一人物だったのだ。(第2の衝撃)


この事実は、姉ジャンヌの大きな嗚咽と驚愕の表情だけで表現されていて、大変効果的だったと思う。

スポンサーリンク

そして、プールサイドの邂逅

さて、現代に戻る。カナダのプールサイドで母はたまたま踵の三連星の傷から、自分の息子に気づき、そしてそれが、自分のように亡命して普通に生活しているあの拷問人だったと知り、意識を失うのだった。

このプールサイドの挿話は映画オリジナルのようだ。戯曲では拷問人が裁判にかけられた際、「自分は<歌う女>ナワルの過酷な状況でも尊厳を失わない姿勢に感銘を受けた」と言い、そこでナワルは息子と知るというような流れらしい。

プールの挿話は映画的な効果を十分発揮していたと思うが、一方で、拷問人アブ・タレクの内面が原作ほどは掘り下げられていないのかもしれない(未読なので詳細は不明)。

余計なお世話だが、遺言を読み上げ、要所で助けてくれる公証人ジャンは、ナワルと親しい元雇用主という役柄で必要な役だろうが、どこか悪役に変貌しそうな気配もあり、また真実を全て知ったうえで傍観している感じなので、映画の盛り上がりに水を差している気がした。

(C)2010 Incendies inc. (a micro_scope inc. company) – TS Productions sarl. All rights reserved.

母の救済、そして切なる願い

さて、最後に手紙は姉弟からニハッドに手渡され、そして二人は立ち去る。

一人で開封した彼は、まず<父>としてそれを読む。手紙をもらった姉弟は自分たちの子どもであり、その事実に沈黙して向き合えと<歌う女>である娼婦ナワルから突き付けられる。

映画で語られたか覚えていないが、この手紙の中で、<真実によって燃え上がり焼け焦げる魂>と表現される部分が、原題と邦題につながるのだろう。

そして、次に開封する手紙は、最愛の母からの救済の言葉が綴られている。

「あなたは愛から生まれた。だから、姉弟も愛で結ばれているのだ。怒りの連鎖を断ち、ともにいることが何より大切」

ああ、重たかった話がここで救われた思いだ。これでナワルの墓碑にも名前が刻まれる。

プールサイドで彼女が拷問人こそ息子と知ったとき、私は当初、なんと残酷な物語だと思考停止してしまったが、母・ナワルはそこに救いを見出したのだ。姉弟は、<愛の繋がり>から生まれたのだったと。

ナワルは、姉弟が拷問人の子であるという、彼女が隠し通してきた事実に、長年苛まれてきたはずだ。

だから、この厳しい事実を単に二人に伝えるのではなく、姉弟の力で事実に、そしてもう一人の家族に、辿り着いてほしいという切なる思いから、自分に試練を与えたのだろう。

かの「オイディプス王」から着想した悲劇と思われるが、最後まで緊張感の維持された、とても見ごたえのある作品だった。