『愛なき森で叫べ』
園子温監督の猟奇殺人事件と自主映画制作の合わせ技スリラー。実際に起きた事件がベース、信じられん。
公開:2019年 時間:152分
製作国:日本
スタッフ 監督: 園子温 キャスト 村田丈: 椎名桔平 シン: 満島真之介 妙子: 日南響子 美津子: 鎌滝えり エイコ: 川村那月 ジェイ: YOUNG DAIS フカミ: 長谷川大
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- 好きな人にはたまらないが、駄目な人には駄目だろうなあ、という感じの園子温監督作品。『冷たい熱帯魚』のでんでんとはまた違う狂気を感じさせる椎名桔平がいい。
あらすじ
家出して上京してきたシン(満島真之介)は、自主映画の撮影に参加することになり、知人の妙子(日南響子)を通じて、引きこもりの美津子(鎌滝えり)に出演を依頼する。
彼女たちは高校時代の憧れ、ロミオ(川村那月)の交通事故死をいまだに引きずっていた。
世間が銃による連続殺人事件に震撼する中、美津子のもとに、村田という怪しい男(椎名桔平)から電話がかかってくる。
「10年前に借りた50円を返したい」という村田に不審感を抱く美津子だったが、紳士的な彼に次第にひかれていく。
この男が結婚詐欺師だとにらんだシンたちは、村田を主人公にした映画を撮り始める。
レビュー(まずはネタバレなし)
知らぬ間に皆、手玉に取られている
映画の長尺版なのか、Deep CutなるドラマもNETFLIXで配信されているが、今回はあくまで映画のレビュー。
どぎつい内容なので、評点は辛めになってしまったが、園子温イズムがはじめからギンギンに伝わってきて、監督の名前が出なくてもすぐに分かるほど。
当然、監督の作品ファンなら、見逃せない。
◇
PFF(ぴあフィルムフェスティバル、実名で登場)でグランプリをとって映画監督になろうと盛り上がっている若者二人、ジェイ(YOUNG DAIS)とフカミ(長谷川大)がシン(満島真之介)を誘って自主映画を撮り始める。
そのメンバーに妙子(日南響子)と美津子(鎌滝えり)も加わる。
◇
この美津子に資産目当てで近づいてくる怪しい男、村田丈(椎名桔平)の詐欺師の本性を暴いてやろうとみんなでカメラを回していたはず。
だが、気が付けば厳しい村田監督のもとで映画制作を手伝わされている、というのが大きな話の流れだ。
椎名桔平が怪演する村田丈なる詐欺師の男のキャラで、150分ぶっ通しで盛り上げてくれる。いや、ご立派。
ウソを本当にしてしまう努力
『10年前に借りた50円を今すぐに返したいので、どうしても会ってほしい』
白いスーツ姿の伊達男・村田丈は、美津子への強引なアプローチから始まって、女には見境なしに手をつけまくるわ、次々と口から出まかせで窮地を切り抜けるわ、詐欺師の本領発揮。
◇
ハーバード卒業、CIAに勤めていて、女性ファンを多数動員してはリサイタルを開いて熱唱し、ビッチ・オブ・チキン(バンプじゃなくて)に曲も提供してるらしい。
<フェアなハートで!>なら安全地帯だが、村田丈は<ピュアなハートで!>と歌うので紛らわい。
◇
「全部ウソだけどよ。俺はさ、ウソを本当にする努力がハンパねえんだ」と力説する。
このミエミエの嘘を信じさせてしまう詐欺師の手腕は、まるで映画『クヒオ大佐』(吉田大八監督)で堺雅人が演じた、アメリカ空軍パイロットでカメハメハ大王の親類のクヒオ大佐のよう。
その後だんだんと周囲をマインドコントロールして、笑顔をみせながらバイオレンスの世界に入っていくところは、圧巻の不気味さだ。
椎名桔平の狂気、結構いいな。園子温監督と初タッグかな。役所広司の狂気といえば黒沢清監督と連想されるように、園子温作品にも、ぜひもっと登場してほしい。
レビュー(ここからネタバレ)
園子温ワールドの集大成なのか
そのほかにも、随所で園子温作品を彷彿とさせる。
まずは妙子と美津子の二人して、ロミオを演じる女生徒に憧れる高校時代。ミツコの役名自体は監督作品ではすでにお約束の登場。
校舎屋上から手をつないで集団で落下するのはまんま『自殺サークル』だし、そういえば映画冒頭でシンがコインロッカーに思い出の品を収納してたのは『紀子の食卓』か。
映画制作で監督がキレまくるのも、『地獄でなぜ悪い』の長谷川博己を思わせる。
でんでんは『冷たい熱帯魚』の再来かと思ったが、さすがに今回は、本来のでんでんらしい役柄だった。パンクは笑ったが。
◇
満島真之介が映画撮ってるのを観ると、どうにもNETFLIXの『全裸監督』の方に意識が行ってしまう。
園子温と<満島>というと、まずは『愛のむきだし』の満島ひかりが頭に浮かぶが、どっこい、この弟の方も、高校時代に監督にメールを送るほど心酔していたそうだ。
なので今回の役名は、シオンに由来するとか。いい話じゃないか。映画でも、当初の自主映画メンバーのジェイとフカミが逃げても、シンは村田丈に心酔している。
◇
さて、こんな荒唐無稽な話、バイオレンスはあってもリアリティがないと言いたくなるかもしれないが、映画の冒頭で紹介されるように、本作は実在の猟奇殺人事件にインスパイアされたもの。
具体的には、2002年に発覚した、7人の死者を出した<北九州監禁殺人事件>から着想を得て制作された映画だ。
どこまでが実話ベースなのだ
当時あまり大きく報道されなかったようで、私も事件の記憶がないのだが、調べてみると、映画はけして誇張していないのではないかとさえ思える、猟奇的な事件だ。
死体を必死になって粉々に切り刻んで、ミキサーにかけて湖にまいたり、電極棒で日常的に感電させるお仕置きがあったり、いや、どこまでが実際の話なのか。
実在の事件をネットで見ると、とても詳細に書いてあるので、途中からちょっと気が重くなった。
さて、終盤の内容に少し触れたい。全編を通じて報道されていた、奪われた拳銃による森林での連続殺人事件。これにひとつのケリがつく。
ここで終わるのかと思ったら、ついでに、美津子の本性が、高校時代のロミオの事故死に胸を痛め続けるジュリエットなどではないビッチ女だったことが、本人から明かされる。
結果的に誰が生き残ったのかという話は良いとして、この辺は、強引に終わらせられてしまったような印象だ。ドラマ版だと、こんなに唐突感はないのだろうか。
私としては、最後にどちらかの自白で満足だったのだが、二人とも語りだすのが、ちょっと引っかかった。ドラマも観てみるかな。