『牯嶺街少年殺人事件』 考察とネタバレ:236分の覚悟を決めよう、後悔はない

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牯嶺街クーリンチェ少年殺人事件』
A Brighter Summer Day

邦題が読めないのと時間の長さで、つい敬遠していた佳作。25年ぶりにデジタル・リマスター版公開に。覚悟を決めて観てみると、さすがはエドワード・ヤンの代表作。みずみずしい魅力をたたえた作品だ。

公開:1991年  時間:236分  
製作国:台湾

スタッフ
監督: エドワード・ヤン

キャスト
小四: チャン・チェン   
小明: リサ・ヤン     
小猫王:ワン・チーザン 
小馬: タン・チーガン   
小虎: ジョウ・ホェイクオ
滑頭: チャン・ホンユー
山東: ヤン・シュンチン
ハニー:リン・ホンミン
小翠: タン・シャオツイ

勝手に評点:4.0
(オススメ!)

(C)1991 Kailidoscope


あらすじ

1960年代の台北。建国高校昼間部の受験に失敗して夜間部に通う小四(チャン・チェン)は不良グループ<小公園>の仲間たちといつもつるんでいた。

小四はある日、怪我をした小明(リサ・ヤン)という少女と保健室で知り合う。

小明は<小公園>のボスであるハニー(リン・ホンミン)の彼女で、ハニーは対立するグループ<217>のボスと小明を奪いあい、相手を殺して姿を消していた。

ハニーの不在で統制力を失った<小公園>は、今では中山堂を管理する父親の権力を笠に着た滑頭(チャン・ホンユー)が幅を利かせている。

小明への淡い恋心を抱く小四だったが、ハニーが突然戻ってきたことをきっかけにグループ同士の対立は激しさを増し、小四たちを巻き込んでいく。

レビュー(ネタバレなし)

知らないはずの当時の台湾を懐かしむ

昨年のキネマ旬報1990年代外国映画ランキング堂々の第1位でありながら、私の中では上位20位の中で唯一存在すら覚えていない作品だ。

おそらく、恐ろしく長尺の映画だったことと、邦題の漢字が読めなかったことで、脳が拒絶反応を起こしてしまったのだろう。なにせ当初188分、その後の完全版では236分の超大作である。

60年代の台湾についての私の知識量などたかが知れているが、それでも当時の時代背景や空気をうまく引き出した、気合の入った作品だということは伝わってくる。

平和を求めて大勢の人民が大陸から流れてくるが、大人の感じている政情不安は、こどもたちにも伝わっていき、少年たちは徒党を組んで争いあう。

(C)1991 Kailidoscope

長尺でも飽きさせないが、人物相関に悩む

4時間をさほど長くは感じなかったのだが、一方でそれだけ長く観ていても登場人物の相関関係が分かりにくいという切実な問題がある。なぜだろう。

ほとんどのキャラクターの役名には男女を問わず「小」が付く紛らわしさに加え、<小公園>や<217>といった、およそ不良グループらしからぬチーム名の頻出、さらには敵味方が入り乱れる人間関係のせいだからか。

小四、小明、小馬、小虎。まるで噺家の一門だ。それなら、ハニーはキュー亭ハニーか。

さて、そのハニーを中心に相関図を整理してみる。ハニーは<小公園>のボスだが、敵対する<217>の地域に住む小明と恋仲になり、彼女の取り合いで<217>のボスを殺して姿を消している。

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話の構図は何となく、『ウェストサイド物語』シャーク団とジェット団の争いのようだ。

ハニーの不在の隙に<小公園>のリーダーの後釜を狙っているのが滑頭。

<217>のボス山東(ヤン・シュンチン)から、中山堂のコンサートで組んで一儲けしようと誘われ、その気になる。そんな時に突如ハニーが舞い戻ってくる。

小公園、217、中山堂、山東、葉っぱ、小猫王、小虎、小馬、神経、滑頭。適当に並べてみたが、人名、地名、グループ名が混在しており、理解が追い付かない。

だが、そういう思考状態で映画を観続けていると、あまり気にならなくなる。不思議な魅力のある映画である。

レビュー(ここからネタバレ)

引き際を知るハニーというカリスマ

4時間の作品のストーリーを細かく語りだす訳にもいかず、全体を通して感じたことを。

まずはハニーの存在感というかカリスマ性が凄い。彼が登場するシーンは全体からみたらごく短時間だ。

だが、彗星のように街に舞い戻っては組織の危機的状況を把握し、小四には「小明はお前のことを愛している」と爽やかに理解と男気を示し、単身でコンサートに乗り込み<217>のボス山東に勝負を挑むのだ。

ケンカも強い、セーラー服姿のイケメンである。まるで日活アクションのスターだが、ハニーは卑劣漢山東の手によって、あっという間に姿を消してしまうところが、定型的なドラマとは一味違う。

<小公園>と<217>の抗争にしたって、荒っぽいシーンは数多く出てくるものの、東映や大映ドラマと違いスカッとした結末は迎えない。ハニーの仇をとることさえ、小四たち自身ではできなかったのだから。

(C)1991 Kailidoscope

小明というファム・ファタール

そう考えると、結局この作品を簡潔にいうならば、小明というファム・ファタールが牯嶺街の男どもを翻弄する映画だったのだ。

清楚な外観からはとても想像がつかないが、小明は次々と言い寄ってくる男どもを骨抜きにし、男同士の抗争をけしかけずにはいられない、いや、そこに自分の存在価値を見出すような、魔性の女だったのだ。

あのハニーでさえ手玉に取った小明だ、小四が夢中になるのも無理はない。小虎、小馬、滑頭、それに母親を診ていた医者も。彼女は天性の女優なのである。

学校隣のスタジオで彼女の才能を見出した映画監督を、小四は「何も見抜けていない!」と嘲ったが、監督は彼女の演技力をしっかり見抜いていたのではないか。


小馬の屋敷で小明が拳銃を手にとり、実弾入りと知らずに冗談で小四に銃口を向けて、引き金を引いて銃声に驚く。弾丸は当たらなかったが、嘘で男をたぶらかし続けてきた彼女が、唯一素顔をさらけ出した瞬間だ

(C)1991 Kailidoscope

そこはエルヴィスで行こうよ

4時間も悪女の素行に付き合わされるのはまっぴらごめんか。いや、そうではない。

この複雑な要素が入り乱れていた台湾の時代を、牯嶺街の暗いけれど優しい夜の空気を、プレスリーや女の子に夢中になり仲間とバカな時間をすごした青春期。

そして小四に期待をかけ温かく支えている両親・兄弟たちの姿を観ているだけでも、どこか心豊かになってくる。

60年代に実際に起きた、中学生男子による同級生女子殺傷事件をモチーフにしているそうだ。

『牯嶺街少年殺人事件』とは、少年が殺された事件のことだとばかり思っていたが(実際、劇中で死んでいる)、少年が起こした殺人事件を意味していたのだろうか。

でもここは邦題より、エルヴィス・プレスリーの歌詞にちなんだ原題『A Brighter Summer Day』のほうが、甘酸っぱい語感でより作品イメージにふさわしい。

小四の胸に残るのは、殺人事件ではなく、過ぎ去りし夏の想い出だろうから。