『サッドティー』
片想い映画の大家、今泉監督。今回は、好きになったら即告白の行動派の映画だけど、それって身勝手?
公開:2013 年 時間:120分
製作国:日本
スタッフ 監督: 今泉力哉 キャスト 柏木芯: 岡部成司 青木棚子: 青柳文子 朝日隼也: 阿部隼也 加藤夕子: 永井ちひろ 土田緑: 國武綾 早稲田高義: 武田知久 松本園子: 星野かよ 甲本夏: 内田慈
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- 『知らない、ふたり』が好きでも告白しないストイックな美学なら、『サッドティー』は本能の趣くままに行く群像恋愛ドラマ。今泉力哉監督の初恋ものの原型であり、自主映画っぽさも魅力的。
あらすじ
二股を解消したい映画監督とその二人の彼女、店員に一目惚れしてしまう男、10年間アイドルを思い続けているファン、そんなファンの存在を知った結婚間近の元アイドル。
様々な恋愛を通して「ちゃんと好き」ということについて考える、恋愛群像映画。
レビュー(まずはネタバレなし)
告白行動派の映画
映画専門学校「ENBUゼミナール」による劇場公開映画製作ワークショップ「CINEMA PROJECT」の第2弾作品として製作された。
今泉力哉監督作品としては、本作の後に作られた『知らない、ふたり』を先に鑑賞しているので、どうしてもそちらの完成度が高く思えてしまうのだが、そのベースになっているであろう本作の存在意義は大きい。
『知らない、ふたり』が<好きでも告白しない>ストイックな美学なら、『サッドティー』は<好きになったらすぐ告白する>行動派の映画である。
◇
群像劇なので登場人物が多いが、ワークショップ作品の成り立ちもあり、大半が映画専門学校の生徒という設定。冒頭は公園で競歩の練習に余念がない男を延々と映し出し、その後の展開となにも脈絡がないようだが、中盤で解明される。
構成がトリッキーなので、二股オトコの柏木を中心に考えると分かりやすい。誰が主役なのかもつかみにくいが、存在感からいえば、断然、喫茶店と古着屋のバイトをかけもちする棚子だろう。
棚子の独特な魅力と妙にカッコいいタイトル
棚子を演じる青柳文子は『知らない、ふたり』でも活躍していたが、声というか喋り方に特徴がある、不思議な魅力のある女優だ。
古着屋で彼女のプレゼントにと男が選んだ服を、頼みもしないのに自分で羽織って見せて、
「こんな感じですけど、だいじょぶですか」
と微笑みかけるのは反則技に等しい。さすがモデル出身だ。客が一目惚れしてしまうのも無理はない。
『サッドティー』という妙にカッコいいタイトルには、特に意味はないそうだ。
店頭に並ぶいろいろな種類のお茶のペットボトルをみて<寂茶>というのが浮かんだのがきっかけとか。劇中でも、来客にやたらとお茶や飲み物を提供するシーンが多いので、何か関係があるのかと思ったが。
◇
様々な愛や告白が存在する中で、<ちゃんと好き>とは何かということを考えさせる映画である。
群像劇の話の拡散から、どのような顛末を迎えるのか途中で心配になったが、二台のクルマがそれぞれ走り出すあたりから、急にすべての出来事がひとつの着地点にむかって収束しだす。
レビュー(ここからネタバレ)
人間相関図を整理
冒頭は喫茶店のバイト・棚子(青柳文子)に告白された店長(富士たくや)が、自慢げに妻(佐藤由美)に話し、やり込められるところから始まる。
喫茶店のシーンは、客の柏木(岡部成司)が二股オトコで、それを包み隠さず棚子に語るキャラであることを紹介するねらいだろう。
だが、店長の夢オチの部分がはっきり示されず、ぼんやり見ていると見過ごしそうで困惑した。冒頭夢オチは『男はつらいよ』のオマージュなのか。
さて、以下、登場人物の関係をざっくりと整理してみたい。
- 柏木(岡部成司)は、かまって欲しい系の依存度の高い緑(國武綾)と、うるさい事を言わないネイリストの夕子(永井ちひろ)と、わがままを言いながら器用に二股をかけている。
- 柏木の級友の二人、早稲田(武田知久)と園子(星野かよ)は付き合っているが、実は園子は柏木に気があり、また早稲田も古着屋の店員・棚子(青柳文子)に一目惚れし、二人は別れる。
- 夕子の同僚の夏(内田慈)には暴力をふるう婚約者・宗(吉田光希)がいる。夏は昔売れないアイドルをやっていたが、引退して年月を経た今でも彼女を想う熱烈なファン・朝日(阿部隼也)が毎年千葉の海岸に訪れることをブログで知り、結婚前に朝日に会うことを企む。
- 競歩で千葉の海岸に向かう朝日にファンレターの返信を渡すため、夏・夕子・園子がクルマで現地に向かい、さらにそのイベントを見物しようと棚子・柏木・早稲田の乗ったクルマが追いかける。
告白の行方
映画の中でもともと存在していた恋愛関係は、実に脆弱なものばかりだ。
- <喫茶店の店長と妻の夫婦関係>
- <早稲田と園子の交際>
- <婚約前の夏と宗の束縛する関係>
- <柏木と緑、夕子の三角関係>
そして、好きという思いから告白に至るケースも、ことごとく玉砕している。
- <店長⇒棚子の夢みる不倫願望>✖
- <園子⇒柏木のメガネ交換ラブ>✖
- <町田(二ノ宮隆太郎)⇒緑の視界にも入らない恋>✖
- <早稲田⇒棚子の一目惚れぞっこんラブ>✖
- <朝日⇒夕子の勘違いラブ>✖
なんということだろう。これだけ恋愛が蔓延っていた映画の中で、120分のうちに結実する恋がひとつもないとは。<ちゃんと好き>って、難しいのだ。
二股オトコの柏木を軽蔑する純愛一途の早稲田との言い合い。
「一人のひとと付き合うのが正しいのか。ちょっと気になる女ができただけで、彼女と別れるのはどうなんだ。正しい恋愛なんてねえんだよ」
「俺は、あると思う」
そう啖呵をきった早稲田だが、告白した棚子からは、「なんでそんなに簡単に人を好きになれるんですか」と問われ、言い返せない。
棚子、ふたたび
そういえば、矢印が飛び交う恋愛相関図の中で、棚子だけは、刺さってくる矢はあっても、放たれる矢がない。
つまり、彼女は本作のなかでは人を好きになっていない。棚子が早稲田に問いかけた質問は、厭味ではなく、本当に聞きたいことだったのかもしれない。
◇
長年追いかけ続けたアイドルである夏に別れを告げ、朝日は夕子が好きになったと海に叫ぶ。大自然に大声で心の声を吐露する姿は、『パンとバスと二度目のハツコイ』でもおなじみの演出だ。
好きになるのはいいが、すぐ告白するのは身勝手なのではないか。相手の立場にはなれないのか。これは、今泉力哉監督の以降の作品にもつながっていくテーマであるが、本作ではお構いないしに突き進む。
「私のことは忘れてください。あなたに好きな人ができることが、私の今の望みです」
朝日にファンレターの返信を用意していた夏が、朝日の心変わりを知った途端の激昂である。これは笑った。振った相手の幸せは願えるが、振られるのは、元アイドルとしては許せないらしい。
なお、内田慈は、『ピンカートンに会いにいく』でも、売れなかった元アイドルの役をやっているのが興味深い。
◇
ラストシーンで、海岸の修羅場をクルマの中で静観する柏木に、棚子が尋ねる。
「柏木さんって、人を好きになったことありますか」
「・・・あるよ、そりゃ」
「私と一緒ですね」
何気ない会話だが、棚子に平然と二股話を聞かせていた柏木には、違う答えを期待していたのだろう。お前なんかと一緒にするなという意味にとれた。
劇中歌で歌われていた<富士山と俺>ではないが、<周囲のみんなと棚子はまじわることがない。全然関係ない>のである。
そんな棚子がようやく人を好きになることができたのが、後に作られた作品『知らない、ふたり』なのだと思いたい。