『自殺サークル』
今ならホームドアで防げるか、新宿駅女子高生54人集団飛込自殺。様々な制服の女高生が手をつなぎ『いっせーのせ!』こんな映画、公開していいのかと心配になる。
公開:2001年 時間:99分
製作国:日本
スタッフ
監督: 園子温
キャスト
黒田: 石橋凌
渋沢: 永瀬正敏
村田: 麿赤兒
ジェネシス: ROLLY
陽子: さとう珠緒
敦子: 宝生舞
コーモリ: 嘉門洋子
妹: 森麻衣子
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
新宿駅で突如54人もの女子高生が集団で飛び降り自殺を図ったことからはじまる、不可解な自殺のブーム。はたしてこれは事故なのか、事件なのか。刑事たちが方針を決めあぐねるなか、次々と自殺者はふえていく。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
いっせーの、せっ!
園子温監督の古い映画だ。いかにも監督らしい作風というか、いきなり様々な制服姿の女子高生が集団で手をつなぎ、「いっせーのせ!」という陽気な掛け声とともに新宿駅のホームから身を投げる。
衝撃的すぎる光景から、楽しそうな日常の集団行動が一気に血まみれの阿鼻叫喚の図になる。
◇
この新宿駅の集団投身以後、自殺の連鎖が広がっていく。高校の校舎屋上では、このニュースについて冗談のように談笑していた男女の生徒が、いきなりスイッチが入ったかのように、「自殺でもしようか?」となる。
そうなると集団心理なのかチキンレースに負けたくないのか、何人もが一斉に身を投げる。このシーンも新宿に次いで恐ろしい。
数々の怪しげな伏線
キャスティングには、刑事に石橋凌、永瀬正敏、麿赤兒と、半分マル暴のようだが頼もしい面々が揃っている。
女優陣には宝生舞やさとう珠緒など、出てくるキャラの多くがすぐに自殺してしまうので、少々勿体ない気もした。
◇
また、<デザート>という女子小学生5人組のアイドルグループが出てきて<Mail Me>という曲を披露する。これが劇中のいたるところに出てくるので、事件の鍵を握っていることを、相当しつこく匂わせる。
あちこちの現場に残されたスポーツバッグの中身、あれも怖かった。なんか長い湿布みたいなものがテープ状にグルグル巻きにされているのだが、R15にふさわしいインパクトだった。
それから、自殺者がでるたびに男女別に丸の数をただ並べて表示するだけのシンプルなサイトの存在も、思わせぶりだ。
はたして、前半で広げまくった風呂敷だが、後半で回収してくれるのだろうか。
今更レビュー(ここからネタバレ)
クラブではなくサークル
はじめは、解釈は観客に丸投げ系の作品かと思ったが、どうも、そうではなさそうだ。
ネタバレというより、自分なりにこの映画の解釈を考えてみた。後日譚である『紀子の食卓』を観ても、大きな矛盾はないと思う。
◇
自殺クラブの存在は否定されるが、自殺サークルなるものは存在する。あくまでサークルなのである。
その違いは、次回作まで明かされないが、何者かが、女子高生はじめ多くの若者を洗脳、あるいは煽動し、自殺に向かわせている。事故ではなく事件だと警察が考えを改めたのは、間違いではない。
◇
では、主犯は誰なのか、これは本作では明かされない。ジェネシス(Rolly)は、単なる模倣犯だろう。咳払いの少年が最も怪しいが、あの執拗な咳払いもまた、大人の声を模倣しているように聞こえ、少年も役割を演じているだけにすぎないと思う。
少年の声、それから現代詩のような文章のリフレイン。これは園子温監督の『ひそひそ星』でも効果的に使われた得意技であり、本作でも不気味な雰囲気を醸していた。
<デザート>という扇動者
<デザート>は組織の広告塔というか、若者たちを自殺に駆り立てる扇動者の役目を担っている。
はじめは深い意味に気づかなかったのだが、グループ名は食後のDessertではなく、砂漠のDesertなのだ。
チョコのCMのパッケージもポスターも、砂漠の方のスペルだ。何もない砂漠の意味か、責任を放棄する動詞的な意味かは不明だが、自殺を印象づけるネーミングであることは明らかだろう。
また、意図的か分からないが、冒頭の歌番組だけはDessartという、無意味なスペルになっている。語感としてはDeath+Artなのかもしれない。
◇
ともあれ、自殺サークルは、このアイドルグループを使って、感応する者たちに<ここで飛べ>というメッセージを送り続けたのだ。
奇しくも、刑事が当初に呟いた<ハーメルンの笛吹き>が、彼らの正体だったと言えるかもしれない。
あなたとあなたの関係
あなたと、あなたの関係はなんですか。
あなたと、あなたの娘さんの関係はわかります。
あなたと、あなたの家族の関係もわかります。
あなたと、あなたの関係はなんですか。
あなたが死んだら、あなたと、あなたの関係は消えますか。
あなたは、あなたと関係できますか。
これは、『紀子の食卓』においても唱えられている、現代詩のような、園子温監督からの主題だ。はじめは意味不明だったが、繰り返し問いかけることで、
「本来のあなた自身と、社会の中で役割を演じているあなたは、同じものではない」
ことを自覚させ、そして、
「本来の自分と関係なく、与えられた役割を演じること」
に喜びを感じさせることを、ねらっているのではないか。
少年に何度も繰り返し問われれば、自分の中にもう一人の<演者>がいる気になってくるし、<デザート>が衣装やポーズに仕込んだメッセージを解読すれば、自死が期待されていると解釈してしまうのかもしれない。
<デザート>のジグソーパズルという曲の歌詞にあったように、「ハマるところが見つからなければ、死ぬしかない」のではなく、新宿駅で手をつないで死ぬという役割が与えられ、だから喜び勇んで、飛んでしまうのだ。
◇
捕えた若者の背中の皮膚をカンナで削り、それで皮膚テープを作ることの意味、そして黒田刑事(石橋凌)が自殺してしまった理由は、どうにも解読不能だった。
渋沢刑事(永瀬正敏)も、タトゥーの娘ひとりを救えただけで安心してはダメなのではないか。
いずれにせよ、残された我々は、もはや廃墟ドットコムにアクセスしても、何の役割も与えてはくれない。なにせ「勝手に生きろ」と、砂漠の少女たちに見放されてしまったのだから。
◇
以上、お読みいただきありがとうございました。園子温監督による原作と、後日譚である『紀子の食卓』に出演の漫画家古屋兎丸によるアナザーストーリーもぜひ。