『mellow メロウ』
こんなに甘ったるい花屋いるのか?おまけに邦画史上最高の美人店主のラーメン屋。告白はスポーツだ。両想いを期待せず、玉砕覚悟で、勇気を出して立ち向かっていくのだ。今泉力哉監督の今イズムここに極まれり。
公開:2020 年 時間:1時間46分
製作国:日本
スタッフ 監督: 今泉力哉 キャスト 夏目誠一: 田中圭 古川木帆: 岡崎紗絵 浅井宏美: 志田彩良 水野陽子: 松木エレナ 原田さほ: 白鳥玉季 青木麻里子:ともさかりえ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- 今泉力哉監督作品にモテ男が主人公というのは、どうも釈然としないのだが、とはいえ会話は面白く、独自の世界観は健在。
- 美人過ぎるラーメン店主の岡崎紗絵にリアリティはあるか。個人的には無茶な理屈のともさかりえがツボ。
あらすじ
花屋「mellow」を営む夏目誠一は独身で彼女もいない。好きな花の仕事をして、穏やかに暮らしている。
近所のラーメン屋は代替わりして若い女店主・木帆が営んでいるが廃業寸前。亡くなった木帆の父の仏壇に花を届けるのも夏目の仕事だ。
花屋には様々な客がいて、丁寧に花の仕事を続ける夏目だが、ある日、常連客の人妻、麻里子に恋心を打ち明けられる。しかも、その場には彼女の夫も同席していた。
様々な人の恋模様に巻き込まれていく夏目だが、彼自身の想いは……。
レビュー(まずはネタバレなし)
美しきラーメン店主
センスの良い花屋と廃業寸前のラーメン屋。対照的な2つの店を舞台に不器用な恋を描いた作品。監督は<片思い映画の達人>として私の中では神格化しつつある今泉力哉。
今回もモデル出身系の美しい若手女優が名を連ねる。まずは病気で倒れた父のラーメン屋を継ぎ切り盛りする木帆(岡崎紗絵)。古びた中華料理屋でテーブルを拭く姿さえ絵になってしまう。
私の中で<映画の中の美しいラーメン店主>といえば、長らく『極道めし』の木村文乃が王座に君臨していたが、今回ついにランキングが動いたように思う。
◇
花屋の常連で美容院の娘・宏美(志田彩良)と彼女を慕う中学の後輩・陽子(松木エレナ)も、おそらく校内1・2位を争うであろう美少女であり、二人が花屋の店内にいるだけで、映像的にはとても華やいでいる。
だが、もちろん特筆すべきは見た目の美しさだけではない。今泉監督の演出の冴えもあるのだろうが、彼女たちの演技には訴えかけるものがあり、知らぬ間に、いつもの今泉ワールドに引き込まれてしまうのだ。
更に、姪っ子の小学生・さほ(白鳥玉季)や常連客の人妻・麻里子(ともさかりえ)も忘れてはならない女優陣である。
お花屋さんずラブ
この、花屋<mellow>の店先よりも華やぐ女性たちから、次々と告白をされるモテ男が夏目誠一(田中圭)となるわけだが、この配役が絶妙によい。田中圭以外にこのテイストは出せない。
彼が演じると、モテても厭味に感じないし、告白されて戸惑うリアクションは、『おっさんずラブ』のそれと同じで、あまりに自然だ。
◇
多くの女性からアプローチされる男の映画の主演といえば、思いつくのは、古くは『愛と平成の色男』の石田純一から『ニシノユキヒコの恋と冒険』の竹野内豊まで、基本的に軟派で軽薄な肉食系二枚目。
ところが、夏目は花が好きな好青年で、特に彼女が欲しいでもなく、恋愛にあまり貪欲ではない。イケメンだけど必要以上に主張しない。このポジションを自然に演じられる筆頭格が、田中圭だと思う。
◇
今泉力哉監督は、『サッドティー』で<好きになったらすぐ告白する>行動派の映画を作り、『知らない、ふたり』で<好きでも告白しない>というストイックな行動美学を教えてくれたが、本作では、また告白推進派の映画に回帰しているようだ。
ただし、告白する側は、あまり両想いを期待している風ではない。むしろ、玉砕すると分かっているのに、勇気を出して全力で向かっていくのだ。
しかも、告白以前に、今の男女関係を断ち切ったりして。その潔さは、スポーツマン(もとい、パーソン)シップに則るかのようである。
レビュー(ここからネタバレ)
黙っているのは罪じゃないのか
冒頭、ラーメン店内で不倫カップルが別れ話をしている。男(山下健二郎)は、
「妻とは別れを告げたが、若くて優秀な君に自分は釣り合わないから、やはり別れよう」
と言い出し、女は店を走り去る。(山下健二郎は、志田彩良と同じく『パンとバスと2度目のハツコイ』のメンバー)
カウンターで聞いていた夏目は、愛しあう二人が別れることにもらい泣きするが、この<愛すればこその潔癖行動>に、後日、彼自身が遭遇することになる。
花屋の常連・麻里子(ともさかりえ)が夏目を好きになるが、告白する前に夫にその思いを打ち明けるのだ。
「まだ、何もないのなら、何で先に言うの。離婚しなくてもダメだったら戻ってくればいい」
そういう夫に、「気持ちが離れているのに、黙ってるのは罪じゃないの?」
結局、議論の末、夫婦のいる場で夏目に告白することになるのだが、ここは盛り上がった。
「そういう話は二人きりの時にしてくれれば、ご主人に分からないように、うまく謝絶したのに」
と、我が道をいく麻里子に一般論で答える夏目。
「妻が正直に思いを伝えているのに、なかったことにするのか。君には誠意がない!」
と逆上する夫。ここはついニヤリとしてしまう。
このシーンだけがやや他から浮いているような気もしたが、好きになったら、エゴを通して告白するという点ではほかとも相通じるところがあるのかもしれない。
それってエゴじゃない?
宏美(志田彩良)の卒業を待たずに12月に陽子(松木エレナ)が告白したのは、宏美に憧れるライバルが多そうだから。
そんな陽子に背中を押されて、宏美もまた夏目に告白する。彼に断られて
「女子中学生(の自分)に好意を持っていたら、逆に引くわ」
と言いながら思いを伝えるくらいだから、可愛いエゴだ。
ラーメン店を畳んで、イタリアに建築留学に行く決意をする木帆も、自ら語る。
「旅立つのに、直前に相手に思いを伝えるのってエゴじゃない?」
木帆は留学の夢を一旦忘れて、仕方なく店を継いだので、味を守るこだわりもなく、閉店のしらせを出すつもりさえなかった。
「閉店の案内で来店するのは、もうじき死ぬ人のお見舞いにくるのと同じ。相手のためじゃなく、自分のためなの。愛情じゃなくて、情よ、同情」
そんな木帆が閉店のチラシを貼り、来店客に渡す花まで用意したのは、「俺は情でもいい」という夏目に、エゴでも思いを伝えたいと思い直したからなのだろう。
◇
世の中では、ほとんどの<好き>は表立ってやりとりされない。
だというなら、黙っていたくない。
木帆はラーメン店の最終日、夏目のための渾身の最期の一杯を、とびこみの老人客に譲ることになってしまう。それもまた、彼女の目指した<人の集まる場>にふさわしい幕切れだ。
本作はとても愛らしい作品だが、ひとつだけ気になったのは、最後に交わす二通の手紙、すなわち、木帆の父が閉店時に娘に渡すように夏目に託した手紙と、木帆が旅立つ前に夏目に渡した手紙である。
いや、そこには父親の最期のエゴもあったりはするが、内容自体は情感があって好ましいものだ。
ただ、それを書簡を読み上げたりナレーションという表現だけですませてしまうのは、映画の最も盛り上がる部分にしては、安易な仕上げではないかと思った。そこが、惜しい。
◇
夏目が初恋相手の花屋の娘にフラれたのは、他所で買った花束を持参したから。花屋には花屋の矜持があるのだ。だから、夏目は手紙のお返しに、木帆には自分の思いの詰まった花束を届けたい。
ラストシーン。店を掃除する木帆と、自作の花束を持って歩み寄る夏目。二人の関係など、姪っ子のさほにはとうの昔にお見通しだったようだが、果たして店名のように、機は熟したか。