『こっぴどい猫』
モト冬樹生誕60周年記念作品を、どういう訳か今泉力哉監督が撮る。現実とは残酷なものと知る群像劇。これが60歳の記念になったのかは、その後の詳細を聞かない。
公開:2012 年 時間:130分
製作国:日本
スタッフ
監督: 今泉力哉
キャスト
高田: モト冬樹
小夜: 小宮一葉
安藤: 内村遥
夏子: 小石川祐子
秀樹: 三浦英
崇: 平井正吾
時子: 後藤ユウミ
勝手に評点:
(私は薦めない)
コンテンツ
あらすじ
『その無垢な猫』という代表作をはじめ、寡作ながらも小説を発表してきた作家の高田則文(モト冬樹)は、妻に先立たれてから一切小説を書いていない。
しかし、自分を慕う後輩作家の安藤(内村遥)は今やテレビに出るような人気作家へと成長、娘の夏子(小石川祐子)も結婚、息子の崇(平井正吾)もできちゃったながら結婚が決まる。
高田自身も行きつけのスナックのママから「この店で先生の60歳の誕生パーティをやろう」と提案されるなど平和な日々を過ごしていた。
そんなある日、「奥さんがいる人とばかりつきあってしまう」「求められると断れない」という女の子・小夜(小宮一葉)と出会う。小夜から「恋愛相談に乗ってほしい」と言われた高田は彼女の部屋を訪れる。
レビュー(まずはネタバレなし)
生誕60周年記念作品にふさわしいのか
本作はモト冬樹の生誕60周年記念として作られた作品だ。なので、おめでたいことに、劇中でも彼が演じる作家・高田が60歳の誕生日パーティを開催することがメインイベントとなっている。
この企画に、「安くできる人いますよ」と名乗りを上げたのが、今泉力哉監督だということらしい。
◇
だが、当時まだ今泉監督は、長篇映画としては『たまの映画』『青春Hシリーズ 終わってる』の二本のみ、うち一本はドキュメンタリーだ。
今でこそ良質な片思い映画を精力的に世に出す監督でも、まだこの頃に二時間超えの映画は厳しかったのでは。
脚本にも悩んだ節がうかがえるが、どうにも噛み合っていない。失礼ながら、はっきり言って、盛り上がらない映画だった。
◇
誤解のないように申し上げるが、私は、今泉監督のファンだ。多くの作品を観てきたし、新旧含め大好きな作品も多い。
敬愛する監督だが、誰しもフィルモグラフィの中には失敗作もある。なので、本作は私にとっては観る価値はあったが、周囲には薦めない。
◇
モト冬樹も好きなタレントの一人ではあるが、本作は記念品として結婚式のビデオ同様に本人が大切にしまっておくべき代物だと思う。もっとも、本人やファンにとっても、楽しめる内容とは言い難いけれど。
以下、本作を観て高評価だった方には共感いただけないと思うが、私の思う残念な点をツラツラと書かせていただく。
レビュー(ここからネタバレ)
楽しいぞ~、オレが
主人公・高田に相談を持ち掛けて親密になる小夜(小宮一葉)は、高田の娘・夏子(小石川祐子)の夫(三浦英)の浮気相手でもある。
更に小夜は、高田の息子・崇(平井正吾)が婚約者・時子(後藤ユウミ)に浮気を疑われる「昔好きだったひと」でもある。
映画なので偶然すぎる設定はありだとしても、ここはもう少し説得力がほしい。
◇
得意の洒脱な会話だとか雰囲気が重たくならない配慮はなく、高田の娘と息子、それに小夜の全ての恋愛トラブルが息苦しく描かれる。
しかも娘夫婦や息子と婚約者の、小夜との浮気がバレるトラブルも芝居がリアルすぎて、全く楽しめない。
◇
「嫌いになれるほどそのひとを良く知れないのだから、ずっと好きのままだ」
と婚約者相手に小夜について語る崇の台詞も、本作ではすべっている。『パンとバスと2度目のハツコイ』では、伊藤沙莉のいう同じ台詞があんなに胸に刺さったのに。
◇
脚本も書いた今泉監督がモト冬樹に遠慮したのか、冒頭からずっとモテてる老齢作家になっていて、笑いをとりにいかない。ニコラス・ケイジか。
彼のネタではないが、これではシラケている周囲をよそに、「楽しいぞ~、オレが」を地でやっているようだ。
ハゲの話題も気を遣って脚本に入れないから、ついに終盤では本人がアドリブで自虐的に使用。これはさりげなくて良かった。
誕生パーティをどういう心境で観ればよい
モト冬樹の芝居もシリアスだし、浮気問題もマジ路線の演出だから、最後の誕生パーティもどういう心情で観ればいいのか。
まずは勘違いで高田が小夜にプロポーズするが、彼女の好きな男は、後輩作家の安藤(内村遥)。この展開はミエミエでもいいのだが、高田が気の毒にはなる。
この流れから、高田がブチ切れて、全員にバーカ、バーカと罵詈雑言をぶつけるシーンになるのでは、笑って楽しめる空気は皆無だ。森田芳光の『バカヤロー! 私、怒ってます』的な、ついに怒りが爆発する感覚ではない。
◇
しかも、高田は、小夜が娘の離婚問題や息子の婚約破棄問題に小夜が絡んでいたことも、知っていたと豪語する。そうなると、娘の言うように、このぶざまな父親にあまり感情移入の余地はない。
サブストーリーの存在意図が不明
冒頭と終盤に登場する、ガン患者(監督本人)と妻(前彩子)と親友(木村知貴)の三角関係問題も、本編との関係は薄く、存在意図が分からない。
冒頭の頭をバリカンで丸めるシーンも、せっかく断髪するのだから長く使おうぜ、的な楽屋事情が透けて見える。
◇
難病ものの流行に反発して、実は誤診だったという発想でも、三池崇史の『初恋』のように、死を覚悟した男の生き様にしないところが今泉監督っぽい。
でも、結局誤診で死なずに済んでも、妻は夫の親友と「再婚するからね」と夫抜きの人生設計は揺るがず、かえって不幸な幕切れなのは後味が悪い。
予算の制約というのが大きな理由だとは思うが、動きのない部屋の中でカメラをフィックスし、男と女がただボソボソと会話するだけのシーンがあまりに多いのは工夫がほしいところ。
◇
小宮一葉はピアニストなので演奏もさすがに卒なくこなす。
深夜のアパートで、あの音量で演奏はさすがにないなと思ったが、『ジュディ 虹の彼方に』でも深夜のアパートで弾き語りがあったので(米国だけど)、これは映画的に許容される嘘なのだろう。
◇
キャスティングで気づいたことだが、中野量太監督の初期作品『お兄チャンは戦場に行った!?』には小宮一葉と内村遥が兄妹役で主演、同じく『沈まない三つの家』には木村知貴と泉光典(本作では医者役)が出演している。
監督が違うのに、これだけ出演者がかぶるのは、みんな同じ事務所なのか、自主映画の世界ではよくある話なのか。
誰にも感情移入しにくい群像劇
今泉力哉ほどの才能の人でも、初期にはこんな習作があったということだ。今泉作品で、これほど登場人物が、がさつで身勝手な人揃いなのは珍しい。
大して好きでもない相手と結婚する高田の子供たち、思わせぶりな態度で高田を翻弄する小夜、安藤を巡る争奪戦のスナックSHE7の女たち、所構わずキスを迫る時子。
高田の生き方だって勝手なものだ。実は、高田の著作『その無垢な猫』の文章のように、好きという気持ちの前で無力になり何もかも捨てていたのは、高田を愛していた安藤だけだったのかもしれない。
だが、二人の関係の行く末は本作ではよく分からない。今泉力哉監督が男と男の愛情を細やかに描いてくれるには、『his』 まで待たなければならない。
高田の新作『こっぴどい猫』はともかく、『その無垢な猫』はぜひ読んでみたいものだ。