『おらおらでひとりいぐも』
若竹千佐子の芥川賞受賞原作を沖田修一監督が田中裕子主演で映画化。独居老人のファンタジー。
公開:2020年 時間:137分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 沖田修一
原作: 若竹千佐子
『おらおらでひとりいぐも』
キャスト
現代の桃子: 田中裕子
昭和の桃子: 蒼井優
周造: 東出昌大
寂しさ1: 濱田岳
寂しさ2: 青木崇高
寂しさ3: 宮藤官九郎
どうせ: 六角精児
桃子の娘: 田畑智子
桃子の同僚: 三浦透子
桃子のばっちゃ: 大方斐紗子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
75歳の桃子さん(田中裕子)は、突然夫の周造(東出昌大)に先立たれ、ひとり孤独な日々を送ることに。しかし、毎日本を読みあさり46億年の歴史に関するノートを作るうちに、万事に対してその意味を探求するようになる。
すると、彼女の“心の声=寂しさたち”が音楽に乗せて内から外へと沸き上がり、桃子さんの孤独な生活は賑やかな毎日へと変わっていく。
今更レビュー(ネタバレあり)
原作料理人の面目躍如
この物語に137分は尺が長い。沖田修一監督のいつもの癖が出てしまったか。2時間枠に収めていたら、もっとテンポのよい作品になっていただろうに。だが、それを踏まえても、本作はなかなかの快心作だと思った。
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若竹千佐子が芥川賞を受賞した同名原作を久々に読み返してみた。夫に先立たれ、娘とも疎遠の生活を送っている齢75歳になる老女が、独居生活の中で、脳内で内なる声たちと会話をするようになる物語だ。
小説ならではの独特の世界観であり、とても娯楽映画向きではない題材だ。ポスタービジュアル一つとっても、そんな不安を感じさせる。
自宅でちゃぶ台に独り座るのが田中裕子演じる主人公の桃子さん。それを周囲の面々が覗き込むような構図だが、原作の面白みは伝わりにくい。沖田監督は、いったいこの原作をどうアレンジするのだろう。
だが、そんな心配など無用だった。さすが沖田修一、<南極料理人>ならぬ<原作料理人>。まずは桃子さんが長年関心を向ける、地球の生物誕生から恐竜絶滅、人類誕生の歴史をアニメで紹介。
この唐突な導入部に唖然としていると、こたつに独り入っている桃子さんがふすまの向こうに見る、幼い子供二人を育てている若夫婦の幻影。蒼井優が演じているのが、若き日の桃子さんなのだろう。田中裕子の脳内の独白も蒼井優の声だから、分かり易い。

おらだば、おめだ
そして驚いたのが、本作の白眉ともいえる、<寂しさ>三人組の登場。桃子さんと同じニット服で身を包んだ濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎の三人がこたつに座り、途切れることなく彼女に話しかけてくる。
はじめは桃子さんの子供たちかと思ったが、そうではない。「おらだば、おめだ」みんなが異口同音に唱え、やがて楽器を抱えてジャズセッションになるという仰天展開。

イマジナリーフレンドの亜流というか、ピクサーの『インサイドヘッド』みたいなものか。原作にも「おらだば、おめだ」の台詞やジャズセッションという比喩は出てくるのだが、ここまで映像に昇華させたのは見事だ。
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「おらだば、おめだ」(俺たちはお前だ)や「おらおらでひとりいぐも」(私は私でひとりで生きていくもの)といった台詞を、説明や字幕なしで東北弁で通したことにも原作への敬意を感じる。
寂しさを埋めてくれる三人組の配役もうまい。濱田岳とクドカンの間に青木崇高を置く意外性。また、毎朝「起きても仕方ねえ、寝でろ、寝でろ」と希少を邪魔する六角精児も味わい深い。

現実と回想と妄想と
桃子が一人で暮らす埼玉の一軒家を中心に
- 何時間も病院で待たされ医師(山中崇)との無意味な診察
- カーリースを熱心に売り込むホンダの営業マン(岡山天音)
- たまに訪れては孫の英才教育費を無心する娘(田畑智子)
- 図書館に行くたびに新たな趣味の誘いをしてくる司書(鷲尾真知子)
現実社会を生きる桃子さんの日常は実に単調だが、彼女の脳内に登場する分身たちや、時おり思い出す昔の出来事の回想のおかげで、映画自体は退屈することはない。

若い頃に好きでもない男と結婚させられそうになり故郷岩手を飛び出し、自由に生きる新しい時代の女を目指し住み込みの飲食店で同僚の秋田娘(三浦透子)と意気投合し、そして店の客だった同郷の周造(東出昌大)と出会い、惹かれていく。
公開時期が重なった『スパイの妻』では敵対していた蒼井優と東出昌大が本作では夫婦となる。「決めっぺ」とプロポーズされて結婚し、一男一女を授かり、夫婦で頑張って家庭を築くが、気が付けば夫には早々に先立たれ、また二人の子供たちとも疎遠になっている。
こう来たかと驚くアレンジ力
こんな老後を自分は想像していただろうか。若い頃から自由に生きることをモットーとし、独居老人となった今でも地球の歴史に思いを馳せ、日々を気ままに生きている桃子さんだが、それでも人生を振り返れば、後悔する材料は尽きない。
早死にした夫・周造への想いを歌にしてマイクを握れば居間はなぜか広大なダンスホールに早変わりし、大勢の客の前で桃子さんのリサイタルが始まり、そうかと思えば<寂しさ>三人組と「おらだば、おめだ」の合唱で踊り出す。

そんな桃子さんの日々には、人生に絶望したり寂しさに苛まれるような暗さはないが、かといってただ能天気に明るく楽しく暮らしているわけでもない。
◇
ひとりで墓参りのために山歩きしてくじけそうになると、若い頃の周造が現れて手を差し伸べてくれる。
自分が子供の頃に厳しく躾けられた祖母(劇場ではJTのCMで必ず見る大方斐紗子!)が現れれば、「あの頃、ばっちゃは寂しかったんだなあ」と今になって共感できるようになる。
些細なことではあるが、だからこそ観る者にもあてはまる部分も多く、桃子さんの人生を我が身に置き換えてあれこれ考えてしまうところも多い。

子供時代の桃子さんがかくれんぼしていて足に重度のやけどを負う場面の回想は、夜の山の中を歩いていくとテントのような場所で自分の両親と祖母が食卓を囲んでいる不思議な光景から始まる。この演出も幻想的で素晴らしい。
『さかなのこ』同様、沖田修一監督の原作アレンジ力と映像表現の発想には恐れ入る。
ラストは孫が持ってくる人形の修理と東北弁の会話で、少しだけ娘との距離感に融和がみられる。ほんのりハッピーエンドにハナレグミの曲が良く似合う。
