『オーバーフェンス』今更レビュー|佐藤泰志原作の函館映画シリーズ③

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『オーバー・フェンス』 

佐藤泰志原作の函館三部作の最終章、監督は山下敦弘。爽やかそうな夏の函館を舞台に、職業訓練学校で大工仕事を学ぶ男たち。オダギリジョーの自転車と蒼井優の求愛ダンスが印象的。

公開:2016 年  時間:112分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督:   山下敦弘
原作:   佐藤泰志
    「オーバー・フェンス」
脚本:   高田亮

キャスト
白岩義男: オダギリジョー
田村聡:  蒼井優
代島和久: 松田翔太
原浩一郎: 北村有起哉
森由人:  満島真之介
島田晃:  松澤匠
勝間田憲一:鈴木常吉
尾形洋子: 優香
青山教官: 中野英樹

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2016「オーバー・フェンス」製作委員会

あらすじ

妻に見限られて故郷・函館に戻った白岩(オダギリジョー)は、職業訓練校に通いながら失業保険で生計を立て、訓練校とアパートを往復するだけの淡々とした毎日を送っていた。

そんなある日、同じ訓練校に通う代島にキャバクラへ連れて行かれた白岩は、鳥の動きを真似する風変わりなホステス・さとし(蒼井優)と出会い、どこか危うさを抱える彼女に強く惹かれていく。

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今更レビュー(ネタバレあり)

作り手による裁量の余地が魅力

『海炭市叙景』(熊切和嘉監督)・『そこのみにて光輝く』(呉美保監督)と続く佐藤泰志原作の函館三部作の最終章にあたる作品。監督は山下敦弘

面白いことに、現在進行中の第5作『草の響き』の斎藤久志監督も含めて、監督はいずれも大阪芸術大学の出身者だ。学閥でもあるのか。

第4作の『きみの鳥はうたえる』の三宅唱監督は唯一の例外だが、これは原作では東京都国立市が舞台であり、位置づけが異なるのかもしれない。

佐藤泰志原作の映画化がどれも出来がよいのは、ロケ地である函館の魅力だけではなく、原作に縛られない作り手が自由に表現できる伸びしろが多いからだろう。

どの作品も作風がのびやかに感じられるのは、函館の広い空による抜けの良さのせいだけではない。

『そこのみにて光輝く』に続き、脚本は高田亮原作から上手にエッセンスを引きだし、独自のアレンジを加える仕事ぶりは、見事なものだ。

(C)2016「オーバー・フェンス」製作委員会

塀の中の懲りないメンズ

本作は原作が短編でもあり、骨格となる物語はシンプルだが、分かりやすい起承転結はない。登場人物たちが、それぞれ勝手に転がっていく姿がどれだけ面白くなるか、それが映画の肝になる。

舞台は、函館の職業技術訓練校。口やかましいスパルタ式指導の青山教官(中野英樹)の下で、大工仕事を学ぶ、主人公の白岩(オダギリジョー)をはじめ、年齢も経歴も多種多様な男たち。坊主頭ではないが、一見すると塀の中の懲りない面々のようだ。

大事な大工道具を研ぎ、建築仕事を学び、仕事の合間で昼休みに野球で生き抜きかと思えば、これも校内のソフトボール大会に向けた立派な授業の一環だった。

説教ばかりでろくに現場経験のない青山教官の指導のもと、文句を言いながら体を動かす。

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建築科のクラスメイトたち

オダギリジョー演じる白岩は、東京でリストラに遭い帰省し、失業保険の受給期間延長のため訓練校に入ってきた。教室では常識人と目されているが、幼い娘を連れて実家に戻った妻とは実質関係が破綻しており、自分は最低な人間だと思っている。

元妻との関係もそうだが、一人侘しくアパート暮らしの白岩に、父親と会うようにたまに説得に訪れる義弟の存在が不可思議で、彼の内面は最後までミステリアスだ。

白岩を兄のように慕う代島(松田翔太)は、友人からキャバクラの経営を任される話を打診されており、白岩に一緒にどうかと持ち掛ける。大工仕事を学びながら、意識はすでに夜の店の若き経営者。

白岩に店のホステス・さとし(蒼井優)を紹介するのも代島だ。「あの女、すぐやれんのに」という口ぐせで、執拗にさとしを白岩に押し付けようとする。

(C)2016「オーバー・フェンス」製作委員会

(北村有起哉)は学級の中心的な存在で、彼のおかげで一応メンバーは結束できている。

酔いつぶれた白岩を自宅に連れ帰った翌朝、幼い息子が「おじちゃん、サカナ見る?」といって原のシャツをめくって刺青をみせるシーンがいい(原作にはない)。原は極道から足を洗って、整備工を目指しているのだ。

学級の中で、いじめっ子的な若者が島田(松澤匠)。元暴走族なのかヤンキー風であり、尋常ではない目つきがいい。塀の中には、こういうのがいないと。

松澤匠、最近出演作を観た記憶がある。役所広司のヤクザ映画『すばらしき世界』の終盤に登場する老人介護施設の職員だ。ここでもいじめっ子だった。

島田は目上のメンバーとは一応うまくやっているが、はみ出し者の(満島真之介)に対しては始終挑発している。

森は島田にも青山教官にもいじられ続け、ついに終盤で暴走してしまうが、満島真之介は本作では二枚目オーラを消し、極めて静かな青年を演じている。

そして、一人だけもう年金ももらえそうな年齢で孫もおり、趣味で学校に通っているような勝間田(鈴木常吉)。ズケズケと言いたいことを言うが、教官も彼には頭が上がらない。

鈴木常吉はセメントミキサーズのボーカルで知られる鈴木常之。あの『深夜食堂』の味わい深い主題歌を歌っているミュージシャンだった。これは、何気に感動もの。昨年に他界されたとのことで、ご冥福をお祈りしたい。

『オーバー・フェンス』本予告

求愛ダンスに「花とアリス」を思う

ここまでが職業技術訓練校のメンバー紹介だが、それらのキャラクターすべてを一掃してしまうような強烈なインパクトを与えるキャラクターが、蒼井優演じるヒロイン、さとしである。

名前だけきくと男のようであり、代島が「さとし、さとし」と連呼する様子は、『今日から俺は‼』磯村勇斗のように思えてくるが、実際彼女にはそのくらいの破壊力がある。

ダチョウやらハクチョウやら、いろんな鳥たちの求愛ポーズを鳴きまねとアクション付きで路上や店内で延々と披露してくれる。

これだけならちょっと引くが、そこはさすがクラシックバレエ素養のある蒼井優。求愛ダンスが一瞬『花とアリス』を思い出させるほど優雅に見えたりする。

代島に紹介された白岩は、さとしにとって、すぐに気になる存在になる。だが、白岩が着け続けている結婚指輪や、他人同然だという妻や娘の存在、なぜ別れたのかの経緯。いろいろなものが彼女に不安を募らせていき、精神的に追い詰められていく。

部屋に戻ったら、全裸でキッチンの水で身を拭き清めないと、体が腐ってしまうような強迫観念。自分が肯定できない。そんな彼女が、急にスイッチが入り白岩を責めて、激昂して暴れる豹変ぶりが怖い。

何で奥さんと別れたの? 何で私のこと、ゴミをみるような目で見下すの? そして明日になったら無視するっしょ。何で、何で?」

自室の窓ガラスは物投げて割るわ、バイト先の遊園地で回転アトラクションを稼働させたまま利用客の子供置き去りにするわ、動物園の小動物や猛禽類をみんな解放してしまうわ。いや、すごい、すごい。

本作を公開時に観た時は、この過剰な行動をちょっと受け止めきれなかったのだが、今回原作も読み再観賞してみると、映画としてはこれくらいの爪痕を残さないと、見応えがないことが分かった。

(C)2016「オーバー・フェンス」製作委員会

原作からのアレンジ

さとしは原作にも登場するが、花屋の店員であり、蒼井優の演じるキャラとは大分異なる。求愛ダンスもない。代島とキャバクラ経営云々という話もない。

登場人物でいえば、映画に登場する白岩の妻・洋子(優香)は原作では姿を見せない。また、映画には出てこない妹が、原作では夫とともに白岩のアパートにやってくる。

また、学級のメンバーにいた、部下を岩石の発破で事故死させた経歴を持つ岩田というキャラは、『そこのみにて光輝く』の映画化にあたり既に流用してしまったので、映画には出てこないのだろう。この辺のアレンジに違和感はない。

映画オリジナルの味付けで感心したのは、白岩が好んで乗る自転車の活用だ。函館の短いながらも爽やかそうな夏が、自転車と坂道、そして路面電車との組み合わせで魅力倍増している。

映画の冒頭をはじめ途中に多用される、完全に夜になりきっていないダークグレーの空にただ黒い鳥が横切っていくショットもうまい。

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語りたかったものとは

「前は私のことなんかいらないと思ってたでしょう、普通になったね」

再会した妻が白岩に言う台詞だ。妻の方も、どうやらまともに戻っている。白岩が仕事ばかりで彼女を追い詰めていたのだろう。

白岩をとりまく人間関係に、明快な解決も整理もない。妻からは指輪を返され、娘にも会えない。そこに未練は残るが、さとしとの、新しい恋愛が始まることに期待したい。

何かと世話を焼いてきてうるさく、つい敬遠していた父親とも、ソフトの試合が終わったら、話をしてみよう、白岩はそう考えているようだ。

すべての厄介ごとを整理して、新しい一歩を踏みだしたい。そこに試合が始まり、チャンスで白岩に打順が巡ってくる。

フェンスの向こうには、見慣れた小型車からさとしがようやく現れ、白岩をみとめ、得意の求愛ダンスだ。そして白岩は豪快にスウィングする。何とも気持ちの良い終わり方だった。