『ストレイト・ストーリー』
The Straight Story
デヴィッド・リンチ監督なのにストレイトな感動ドラマ。ノーチェイサーで味わいたい。
公開:1999年 時間:111分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: デヴィッド・リンチ
キャスト
アルヴィン・ストレイト:
リチャード・ファーンズワース
ローズ・ストレイト: シシー・スペイセク
ライル・ストレイト:
ハリー・ディーン・スタントン
トム: エヴェレット・マッギル
ドロシー:ジェーン・ギャロウェイ・ハイツ
クリスタル: アナスタシア・ウェブ
ダニー・リオーダン: ジェームス・カーダ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
73歳のアルヴィン・ストレイト(リチャード・ファーンズワース)は、アメリカ・アイオワ州ローレンスで娘のローズ(シシー・スペイセク)と暮らしている。
ある日、仲違いして口をきかなくなっていた76歳の兄のライル(ハリー・ディーン・スタントン)が心臓発作で倒れたとの知らせが入り、アルヴィンは兄に会いに行くことを決意する。
ライルの住むウィスコンシン州マウント・ザイオンまでは560キロ。車であれば一日の距離だが、アルヴィンは運転免許を持っていない。
しかし、自分の力で会いに行くと決めたアルヴィンは周囲の反対に耳も貸さず、たったひとり、時速わずか8キロのトラクターに乗り、旅に出る。
今更レビュー(ネタバレあり)
真っすぐに伸びる道
デヴィッド・リンチ監督の一周忌に合わせて、4Kリマスター版が公開される本作。
彼の監督作品の中では、群を抜く異色作だ。といっても、奇妙なという意味ではなく、むしろあまりに真っ当すぎるのだ。
だって、長い間仲違いして疎遠になっていた兄が倒れたというので、遠路はるばる会いに行く老人の話なのだから。それも実話ベース。
リンチの倒錯世界を期待していた人には肩すかしだろうが、監督の名前を忘れて素直に作品に向き合えば、これはじわじわと沁みる作品なのである。
アイオワ州ローレンスから、兄の住むウィスコンシン州マウント・ザイオンまで350マイル。クルマを飛ばせば、大した距離ではない。
だが、73歳のアルヴィンは視力が悪く運転免許もなければクルマもない。何を血迷ったか、自分のトラクターに台車を曳かせて、時速8キロのノロノロ運転で兄に会いに行こうと考える。
そうと決めたら頑固な性格で、何週間もかけてカタツムリのような速度でトラクターを走らせる。基本は野宿に焚き火の放浪生活。何とものんびりしたロードムービーなのだ。
◇
ストレイトというのは、アルヴィンの苗字に因んでいるのだろうが、実際彼が進む道路はどこまでも果てしなく真っすぐ伸びる起伏に富んだ直線道路。これほどぴったりのタイトルはない。
老人版・はじめてのおつかい
腰を痛めて、杖なしでは歩けないアルヴィンだが、気力だけは十分で、トラクターを整備しては、周囲の老人仲間の心配をよそにさっさと旅立つ。
一旦は出発後すぐにエンジンが焼けてトラクターが故障し、旧知のディーラーのトム(エヴェレット・マッギル)に程度の良い中古を譲ってもらい再出発。
アルヴィンは妻には先立たれ、娘のローズ(シシー・スペイセク)と暮らしているが、ローズは軽い知能障害のせいで育児不適格とみなされ、子供たちと引き離されてしまった悲しみを背負って生きている。

西部劇などで活躍していた主演のリチャード・ファーンズワースの、頑固だがお茶目な老人ぶりが何とも味わい深い。
本作の演技は評価も高くニューヨーク映画批評家協会の主演男優賞受賞等を受賞したが、公開翌年には亡くなっている。
◇
大型トラックが走り抜ける国道を、マイペースでのんびり進むトラクターのほのぼのとした雰囲気が和む。
かつて70年代の日本の子供番組に『走れ!ケー100』という、一人乗りの蒸気機関車が道路をのんびり走る道中記があった。本作のトラクターの走りはまさにそんな感じだ。
旅は道連れ、世は情け
- 焚き火に近寄って暖をとるヒッチハイカーの家出娘
- 自転車レースとの遭遇
- シカにぶつかって途方に暮れている女性ドライバー
- 二台目のトラクターが故障し困っていたところに出くわした親切な中年男性
- つらい戦争体験を涙ながらに吐露しあう老人仲間

トラブルも多いが、そのたびに新たな出会いがあり、温かくアルヴィンを迎えてくれる。修理代をふっかけようとした双子の修理工さえ、アルヴィンの人柄にやられてしまう。ほっこりするロードムービーだ。
それにしても、ミシシッピー川っておそろしく長いことに改めて驚く。だって昔ニューオリンズで見たぞ。それがウィスコンシン州にも流れてるなんて。
◇
そしてついにたどり着いた、兄ライルの家。演じるのは『ツイン・ピークス』等のリンチ作品や『パリ、テキサス』で知られるハリー・ディーン・スタントン。兄弟揃ってキャスティングが渋い。
この映画で痺れるのは、このクライマックスの兄弟の再会シーンだ。何がいいって、ろくに言葉を交わさないのがいいのだ。
70歳超えの男兄弟、それも10年以上口もきいていない仲だったので、流暢な会話があるわけがない。分かってない監督なら、ここに嘘くさい台詞をぶっこむところだが、さすがデヴィッド・リンチは心得ている。
廃車同然になったトラクターを一瞥した兄は、ここまでの距離や何週間もかけて訪ねてきた弟の心情を察する。取り留めのない二言三言のやりとりだけで、全てが報われた気になるのだ。
タイトル通り、ド直球のドラマであった。
