『7月24日通りのクリスマス』今更レビュー|長崎とリスボン、ホントに町並み似てるの?

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『7月24日通りのクリスマス』

吉田修一原作の初映画化作品。長崎の町をリスボンに似ていると思い込むイタい地味OLの恋愛ドラマ。

公開:2006年 時間:108分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:         村上正典
脚本:        金子ありさ
原作:         吉田修一

『7月24日通り』
キャスト
本田サユリ:      中谷美紀
奥田聡史:      大沢たかお
森山芳夫:       佐藤隆太
本田耕治:        阿部力
神林メグミ:      上野樹里
安藤亜希子:     川原亜矢子
安藤譲:        沢村一樹
本田五郎:      小日向文世
海原和子:         YOU
真木勇太:      劇団ひとり

勝手に評点:3.0
  (一見の価値はあり)

(C)2006「7月24日通りのクリスマス」製作委員会

あらすじ

長崎。市役所勤めで内気で平凡、恋人もいないサユリ(中谷美紀)は、妄想の中で長崎の街をポルトガルのリスボンに重ね、自分だけの王子様ランキングをつけてロマンティックな恋愛を夢見ていた。

クリスマスをひと月後に控えたある日、大学のOB会に出席した彼女は、東京で成功した先輩・聡史(大沢たかお)と再会する。

彼こそはサユリの妄想ランキング1位を独走する永遠の王子様だった。思いがけず彼からデートに誘われ、舞い上がるサユリだったが…。

今更レビュー(ネタバレあり)

生まれ育った長崎の町の地形が、どこかポルトガルのリスボンに似ていることから、地元の通りや施設にリスボンと同じ名前をつけて一人で悦に入っている地味で平凡なOL・本田サユリ(中谷美紀)が主人公。

ついでに彼女の秘かな楽しみは、出会う男性たちに“自分だけの王子様ランキング”をつけること。

目下、ロングラン大ヒット中の『国宝』のほか、『悪人』『怒り』李相日監督と組んだ骨太な大作の原作者という印象が強い吉田修一だが、本作は彼の小説の初の映画化。

20年前の吉田修一といえば、まだこの作品やドラマ『東京湾景』『春、バーニーズで』等、ひねりのある恋愛小説の書き手と思われていた時期だったのではないか。

監督は『電車男』がヒットした村上正典。同作で中谷美紀似のエルメスちゃん」を演じた本人を、連続して起用。しかも今回は、頭ボサボサで野暮なメガネの非モテの地味な女子の役である。

さすがに、中谷美紀には無理があるかと思ったら、意外にも地味メイクでそれらしく見えていた。ちょっと、『紀子の食卓』で地味なメガネ娘だった吹石一恵っぽい。

(C)2006「7月24日通りのクリスマス」製作委員会

そんな中谷美紀が演じるサユリには、自慢のイケメンの弟・耕治(阿部力)がいるのだが、弟が家に連れてきた恋人のメグミ(上野樹里)は自分のように地味で冴えない娘で、なぜか姉の方がイラついてしまう。

勤務先の市役所の上司、安藤課長(沢村一樹)も気配りのできる二枚目だが、すでに妻帯者。奥さんは、サユリの大学演劇部の先輩・亜希子(川原亜矢子)である。

サユリは学生時代に、7月24日通りで落ち込んでいるところに影絵を見せて「やっと笑ったね、笑顔の方が素敵だよ」と歯の浮く台詞で登場する、通りすがりの青年・奥田聡史(大沢たかお)に一目ぼれする。

(C)2006「7月24日通りのクリスマス」製作委員会

だが、その後に売れっ子の照明技師となる聡史は当時、亜希子の彼氏であり、サユリは叶わぬ恋と諦めていた。そんな聡史がひょんなことから長崎の町に久々に現れたことで、サユリの胸はときめく。

20年前だから、大沢たかおにもまだ『キングダム』王騎将軍のような、他者を寄せつけないカリスマ性はないが、ちょっと陰のあるいたずらっ子のような魅力があって好感。

当然、サユリは大人の魅力の聡史に惹かれるが、一方、地元の書店に勤める漫画家志望の陰キャ仲間の森山芳夫(佐藤隆太)も秘かにサユリを慕っており、恋の行方が気になる展開。

(C)2006「7月24日通りのクリスマス」製作委員会

映画は原作を結構改変しており、やはり切れ味は吉田修一のオリジナルに及ばない。

だが、長崎の路面電車や町並みのシーンの途中に、実際にリスボンで撮った中谷美紀を立たせたショットを差し込み、二つの町を融合させた演出は夢があってよい。映像メディアならではの利点が最大限に生かされている。

このリスボンの町からサユリの恋路を応援する、サッカーのサポーターの格好をしたポルトガル人父子が何度も登場するのだが、

「がんばれ、サユーリ。お前なら、やれるーさ!」

という台詞だけが、なぜか20年近く前に観た時以来、記憶の片隅に残っていたので驚いた。

(C)2006「7月24日通りのクリスマス」製作委員会

映像メディアならではという点では、地味女からMOTEを意識しだしてファッションやメイク、ヘアスタイルを次々と洗練させていき、瞬く間にエルメスちゃん風のキレイなお姉さんに変身する中谷美紀もまた、見所といってよい。

憧れの人に再会したときから、スイッチが入ってしまったわけだな。

原作にはないキャラだと思うが、演劇部で冴えない裏方だったのに、上京してホストになってすっかり人格が変わっている真木(劇団ひとり)だとか、サユリの父(小日向文世)の交際相手(YOU)が、失恋しそうな森山芳夫(佐藤隆太)をからかう様子だとかは、結構笑える。

実写映像の随所にアニメを書き加える手法にもセンスを感じる。

(C)2006「7月24日通りのクリスマス」製作委員会

ただ、終盤の展開は、娯楽映画という位置づけのせいか、無難なハッピーエンドに無理やり持っていってしまい、面白味に欠けたのは残念。

そもそも、このサユリは、けして地味で純真無垢なヒロインという訳ではなく、弟がイケメンなのを自慢に思うなど、結構ルッキズムに凝り固まった女なのである。

だから、弟がメグミ(上野樹里のだめっぽい)とおめでた婚をすると宣言すると、父を差し置いて姉の分際で「いやよ、私認めないから(こんな冴えない娘)!」と興奮する。

最後には、メグミも「私も不釣り合いと分かってて、弟さんといると緊張するんです」と挙式中に白状し、この縁談はうまくいくのだが、原作では、サユリが最後に予想外の行動にでる。


(C)2006「7月24日通りのクリスマス」製作委員会

(沢村一樹)と別れた亜希子(川原亜矢子)が聡史とくっつくことであろうことがほぼ予想される中で、サユリはあえて聡史のもとへと上京するのである。

長崎には、サユリと性格が合いそうな、地味だけど性格の良さそうな男性がいたのにも関わらず。

原作はここでスパッと終わるので、キレが良い。だが、映画は正装ドレス姿でベンチに座ってパンを頬張るサユリが(『阪急電車』か!)、聡史と偶然過ぎるイブの再会を果たし、堂々の恋愛成就。

しかも、原作よりも魅力的に描かれている、彼女を慕うキャラである芳夫(佐藤隆太)が静かに身を引くのだ。

更に父(小日向文世)も恋人(YOU)との交際が実り、全員で乾杯というこれ以上ないようなハッピーエンド。さすがにおめでたすぎるだろう。

まあ、本作公開の2006年といえば、中谷美紀中島哲也監督を呪ったほどの労作『嫌われ松子の一生』の直後だからな。少しは幸せを味わってもいいか。