『わたし出すわ』
森田芳光監督が小雪を主演に函館ロケで撮る、おカネをめぐる物語
公開:2009年 時間:110分
製作国:日本
スタッフ
監督: 森田芳光
キャスト
山吹摩耶: 小雪
魚住サキ: 黒谷友香
川上孝: 山中崇
保利満: 小澤征悦
平場さくら: 小池栄子
道上保: 井坂俊哉
道上かえで: 小山田サユリ
平場まさる: ピエール瀧
溝口雅也: 仲村トオル
川上たみ: 藤田弓子
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
東京から故郷へと戻ってきた山吹摩耶(小雪)。ある日市電に乗った摩耶は、偶然にも高校時代の同級生・道上保(井坂俊哉)と再会する。
学生時代から路面電車に関心を持ち、現在は市電の運転士をしている保は摩耶に「世界の路面電車巡りをしてみたい」と話す。しかし、保にはその為のお金が無い。
そんな保に摩耶は、「私がお金出してあげようか?」と持ちかける。保の元に後日、摩耶から大金と世界の路面電車の資料が入った小包が届く。
他にも、同級生の夢を叶える為に大金を出す摩耶。しかし、その大金の出所には大きな秘密があった。
今更レビュー(ネタバレあり)
儲けて、貯めて、与えよ
東京から故郷に帰ってきた女が、高校時代に仲の良かった友だちの夢にお金を出す。それ以上でも以下でもない。そういう映画だ。
「出来るだけ儲けて、出来るだけ貯めて、出来るだけ与えよ」
「富は海の水のようだ 飲むほどに渇望する」
冒頭、お金に関する格言に続き、久しぶりに故郷に帰ってきた女・山吹摩耶(小雪)が、引越し業者にチップ10万円をはずむ。金満家の女が庶民にカネをばらまくだけの映画じゃないだろうな。

路面電車に乗る小雪が絵になる。森田芳光の映画で路面電車といえば、函館となるか。湿度を感じさせない町並みに、透明感のある小雪は相性がいい。
路面電車に乗る彼女のねらいは、運転手の道上保(井坂俊哉)。摩耶は高校の時に仲の良かった仲間たちをそれぞれ久しぶりに訪ねては、その夢を応援したいと大金を差し出す。
環境に優しいと見直されつつある世界各地の路面電車を視察して回り、函館でも路面電車の活路を見出したい。そう夢を語る道上の家に、摩耶は後日大金を宅配便で届ける。

将来を嘱望された社会人ランナーの川上孝(山中崇)は、常人離れしたタフな心臓に筋肉が付いていけず、脱落しつつあったが、海外でオペすれば復活できると聞き、摩耶が手術費を出す。
魚をおびきよせる研究をしている保利満(小澤征悦)には、他国からの怪しい研究資金援助の手が伸びようとしていたが、そこに不吉な予感を覚えた摩耶が自ら資金を提供しようとする。

平場さくら(小池栄子)は、小型冷蔵庫を摩耶に買ってもらっただけで満足するが、サラ金業者の夫(ピエール瀧)が趣味の箱庭協会の会長になりたいと言い出し、そのための資金を提供する。
高校時代から摩耶の美貌をライバル視していた魚住サキ(黒谷友香)は、函館で大手乳業会社社長の玉の輿の座を射止め、セレブ生活を送っていたが、突如その夫の横領が発覚しスキャンダルでショック死する。サキの再出発のために、摩耶は金塊を差し出す。

5人それぞれの生活と夢
旧友の男女5人にはそれぞれの生活と夢があり、頼まれていようがいまいが、摩耶はとにかく金を出す。
出資金が欲しいスタートアップの起業家ならいざ知らず、「あなたの夢を応援したいから」と金をだしてくれる友人がいても、手離しで私は受け容れられない。私には、そこまでして金を投じたい夢がないからか。
かつて映画製作のために金策に走った森田芳光監督なら、摩耶に製作費をもらいたいのかもしれない。
◇
労せずしてもらった金は、その人の運命を変えてしまう。
道上は摩耶のカネでまじめに視察旅行に行く予定だったが、妻のかえで(小山田サユリ)がその金でホスト遊びに嵌ってしまう。結局、夫婦仲が破綻し、彼は退職金を前借して視察に行こうと考える。
もっと悲惨なのはサキだろう。もらった金塊でクラブのママになり、アラブの会社の支社長(袴田吉彦)に接近するが、牧場で殺されてしまう。
資金が夢に繋がったのは、手術がうまくいった川上か。ランナーとして再び頭角を現し、母親(藤田弓子)を喜ばせる。
◇
保利の魚の研究をねらっていた謎の男・溝口(仲村トオル)は、保利よりも、摩耶にビジネスとしての関心を示し始める。この産業スパイのような男は不思議なキャラだ。
『悲しい色やねん』・『海猫』と、森田作品でおよそリアリティのない役を演じてきた仲村トオルの本領発揮。

みんなが高校時代に、摩耶になんらかの優しい言葉をかけている。さほど重要なものではない、取り留めのない言葉かもしれないが、摩耶にとっては大事な思い出なのだろう。
その台詞は高校の教室や校舎を背景に文字で表現されるだけの『(ハル)』に似たスタイル。人物も出てこない回想シーンは物足りないが。
結局どうやって儲けた金なのよ
夫を箱庭協会長にするための資金を除けば、一番欲のないキャラがさくらだが、それには理由がある。
ところが、さくらが無欲な背景はきちんと語られる一方で、摩耶がなぜ金をばらまくのかは、ほとんど語られない。これは正直いって、がっかりした。
優しい言葉をかけてくれた友に、夢をおいかける金をだす。摩耶自身が余命わずかの病気ならありえる話かもしれないが、そうではない。彼女の母親は難病で入院中で、多額の医療費を投じているようだが、資金源は言及されない。

摩耶が株に詳しく、おそらく投資で儲けたのだろうと匂わせる場面はある。だが、何かにつけ事情通であることや、「上がる株を教えてあげる」という台詞だけでは、あれだけの資金をばらまく理由としては不十分だと思う。
摩耶が個人投資家の億り人でした、ということはありえなくはない。でも、それが答えなら、なぜ金持ちなのかに気を持たせるような展開にすべきではないし、なぜ金をばらまくのかの説明も足りないのでは。最初の格言だけなのか。
サキが殺されたのは、アラブ支社長の偽者疑惑の袴田吉彦と関係ありそうで、実は道上の妻が入れあげていたホストの犯行というのも謎。
警察がなぜ金塊から調べて摩耶の家の捜査令状がとれたのかも謎なら、警察が家にいるところに、道上の妻が刃物もって摩耶を逆恨みで襲ってきて現行犯逮捕されるご都合主義も噴飯ものだ。
森田芳光らしい、道路を斜めに切ったアングルのショットで不安を煽るのは良かったが、喫茶店での対面シーンや、葬式+通夜ぶるまいが二度もあったりと、どこかチグハグ感のある作品だった。
ピエール瀧は本作での箱庭趣味が高じて、森田監督の遺作『僕達急行 A列車で行こう』では鉄道模型マニアになってしまったようにも見える。ちなみに同作は小雪の夫・松山ケンイチが主演。
映画の最後には、摩耶の母親の意識が戻り、ついに二人でしりとりができるようになる。だが、病室が無機質すぎて演出にウェット感はなく、感動させる雰囲気ではない。
おカネに振り回されるよりも日常の幸福を知るさくらの小池栄子だけが、この映画で力強く輝いていた。