『おいしくて泣くとき』
森沢明夫の人気小説を横尾初喜が映画化。なにわ男子の長尾謙杜と當真あみのW主演。
公開:2025年 時間:109分
製作国:日本
スタッフ
監督: 横尾初喜
脚本: いとう菜のは
原作: 森沢明夫
『おいしくて泣くとき』
キャスト
風間心也: 長尾謙杜
ディーン・フジオカ
新井夕花: 當真あみ
尾野真千子
風間耕平: 安田顕
風間南: 美村里江
石村: 水沢林太郎
萌香: 芋生悠
夕花の父: 池田良
夕花の弟: 田村健太郎
心也の妻: 篠原ゆき子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
幼い頃に母を亡くした心也(長尾謙杜)と、家に居場所がない同級生の夕花(當真あみ)。学級新聞の編集委員を任された二人は、最初はぎくしゃくするも次第に打ち解け、二人だけで「ひま部」を結成する。
それぞれ孤独を抱える心也と夕花は距離を縮めていくが、ある事件をきっかけに夕花は姿を消し、心也は行き場のない思いを抱えたまま、交わした約束を胸に彼女を待つ。
突然の別れから30年が経ったある日、夕花の秘密が明かされる。
レビュー(まずはネタバレなし)
あなたもきっと涙する
不勉強ながら、原作者の森沢明夫の著書を読んだこともなければ、『大事なことほど小声でささやく』の横尾初喜監督のことも全く知らなかった。
主演の二人はかろうじて知っている。長尾謙杜はなにわ男子のメンバーで、『室町無頼』で修行して強くなった棒術の少年、當真あみは『水は海に向かって流れる』で主人公に思いを寄せるピュアな少女だった。
そんなわけで、映画館に足を運ぶこれといった理由もなかったのだが、まあ、私も<ひま部>の部員に近いもので。
◇
泣かせの映画なのだろう。公式サイトにも、「彼女の秘密を知った時、あなたもきっと涙する」とご丁寧に書いてある。

はじめに申し上げておくと、私はこういう、臆面もなく「泣けます」と言い寄ってくる映画は苦手だ。あまりにえげつない演出だと、嫌悪感さえ抱いてしまう(そんなのなら、観に行かなければいいのに)。
◇
年を取ると涙もろくなるとよく言われるが、一方で感受性も鈍ってくるので、泣ける映画で思う存分泣けるとは限らない。その点、本作はどうだったかというと、正直、いい歳のオッサンである私が泣ける映画ではなかった。
ただそれは、映画がつまらなかったとか、演出があまりにクサすぎてとかいう理由ではなく、おそらく、ユニークなタイトルから、何となく途中で筋書きが読めてしまったことによるのだと思う。
部員は二人だけの<ひま部>
主人公・風間心也(ディーン・フジオカ)はかつて父・耕平(安田顕)が営んでいた食堂を引き継ぎ、同じ場所でレストランをやっている。
店は貧しい子どもたちに無料で食事を提供する「子ども食堂」を兼ねている。父の代から受け継いだものだ。
店に訪れた青年(田村健太郎)が、姉に関する新しい情報はなかったと告げる。心也たちは、長年、その女性の行方を探しているようだ。

そして、物語は中学時代の回想シーンへ。足を怪我してサッカー部の練習に出られない心也(長尾謙杜)と、家庭の都合でテニス部をやめた夕花(當真あみ)。クラスで二人だけが部活をしていないので、学級新聞の委員に任命される。
子ども食堂の息子である心也と、そこで弟とよく食べさせてもらう夕花。「ひま部」を結成した二人はすぐに親しくなっていく。
ディーン・フジオカが探していたのは、大人になった夕花なのだろう、なんで消えてしまったのは分からないが。

子ども食堂なんてやめてくれ
物語のメインはこの中学生時代の二人なのだが、キラキラの学園恋愛ではなく、学校で軽く迫害されている者同士が肩寄せ合って生きていく姿は、地に足がついていて好感が持てる。
長尾謙杜も當真あみもフレッシュで付き合い方も微笑ましい。
◇
心也は父親の子ども食堂が「偽善者の行いだ」と学校でいじめを受ける。夕花の方はもっと悲惨だ。家に帰ると、ろくに食事も与えないDVの父(池田良)に脅えながら暮らす日々。
再婚なのか、実の子である弟には優しいが、連れ子の夕花には容赦なく暴れる父。池田良は、『恋人たち』の頃から、こういうクズな男をやらせたら天下一品だわ。
彼のおかげで、子どもに優しい食堂のオヤジの安田顕の善人ぶりが引き立つ。厨房に立つ安田顕は、『深夜食堂』の小林薫のような味わいを醸し出す。
◇
やがて学校は夏休みに入る。家庭の事情で秋から転校することになったと言い出す夕花。そして、とあるハプニングによって、二人は忘れられない旅に出る。これが、結果的に彼女の失踪に繋がっていくとは知らずに。

レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意ください。
おいしくて泣くとき、ね
この作品は、しんみりとさせる音楽の多用にはやや閉口したが、それを除けば、無理やり泣かせようというあざとい演出は控えめだったように思う。
DV父からの逃避行で訪れた港町で、夕花は心也の励ましの言葉に勇気をもらい、警察の保護のもとで独立して暮らし始める。

元気を取り戻した夕花だったが、ある日、DV父に再会してしまい、殴打され転倒したはずみで頭を打ち、記憶喪失となる。これが失踪の理由である。
DV父がなぜ彼女の行方を知り得たのか(所在は秘匿されていなかったのか)はよく分からない。原作には書いてあるのかな。
◇
映画の冒頭で、ディーン・フジオカの店にクルマが突っ込み、店が大破する。このエピソードの存在理由が謎だったのだが、終盤で解明する。
この事故が報道されたことで、風間心也という名と、店の場所から、工務店の女性(芋生悠)が、無償で修理すると言ってくるのだ。
彼女には、記憶喪失の母がおり、母が大事に持っていたクローバーのしおり(心也の名前入り)と風間食堂の箸袋から、二人を会わせれば何かを思い出すのではと考える。
◇
これが、タイトルの「おいしくて泣くとき」に繋がっていくわけだ。展開が読めるといったのはまさにそこで、記憶をなくしても、懐かしの味を食べれば泣いて思い出すというのは想像しやすい。
でも、それって、サイトのあらすじで紹介されているような「彼女の秘密」なのか? 秘密ではなく、真相や真実ではないのかな。
バター醤油焼うどん?
再会する二人は、ディーン・フジオカと尾野真千子の組み合わせである。豪華ではあるが、ずっと長尾謙杜と當真あみに感情移入していた身には、突然の選手交代についていけない。

この手の回想シーンと現在を組み合わせた恋愛ものは、そこが難しい。『Love Letter』のように、中山美穂と酒井美紀の両方の時代を輝かせる恋愛ものは奇跡に近い。
◇
緊張感あふれるDV父の家の話で思い出したのが、尾野真千子も出演している呉美保監督の『きみはいい子』。富田靖子も出てくる。
當真あみって、若い頃の富田靖子によく似てるんだよな、特に口元とか。それもあって、中学生二人の逃避行が『さびしんぼう』に見えてしまった。
ところで、おなじ子ども食堂を扱ったドラマで真矢みきがふるまっていたのは『さくらの親子丼』だった。
安田顕がしょっちゅう作っていた料理はバター醤油焼うどんで、これが泣かせる思い出の味になるのだが、あれは誰が作っても同じ味じゃないかな?しかも、ディーン・フジオカと焼きうどんがミスマッチ。
彼の店はお洒落なカフェっぽいのに、篠原ゆき子が「お薦めはバター醤油焼うどんです」って言うのが不自然すぎる。美しい所作では食べにくそうな焼うどんをすすって、あれだけ泣ける尾野真千子にはアッパレをあげたいけど。
という訳で、泣かせ映画の中では真っ当な作品だとは思うけれど、今年の作品では『片思い世界』のが泣けたかなあ。