『朝が来る』
養子縁組で男児を持った夫婦。平和な家庭に生母からの脅迫が。辻村深月と河瀨直美、渾身の人間ドラマ。子供を授ける母の苦しみ、授かり育てる夫婦の思い、両者をつなぐベビーバトン。そして、新しい朝が来る。
公開:2020 年 時間:139分
製作国:日本
スタッフ 監督: 河瀨直美 脚本: 河瀨直美 高橋泉 原作: 辻村深月『朝が来る』 キャスト 栗原佐都子: 永作博美 栗原清和: 井浦新 栗原朝斗: 佐藤令旺 片倉ひかり: 蒔田彩珠 浅見静恵: 浅田美代子 麻生巧: 田中偉登 片倉貴子: 中島ひろ子 片倉勝: 平原テツ 片倉美咲: 駒井蓮
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
栗原清和(井浦新)と佐都子(永作博美)の夫婦は、6歳の息子・朝斗(佐藤令旺)の成長を見守る幸せな日々を送っていた。
ところが突然、朝斗の産みの母親である片倉ひかりを名乗る女性から、「子どもを返してほしいんです。それが駄目ならお金をください」という電話がかかってくる。
◇
6年前、一度は子どもを持つことを諦めた夫婦は、「特別養子縁組」という制度を知り、男の子を迎え入れたのだ。夫婦が一度だけ会った当時14歳のひかりは、生まれた子どもへの手紙を佐都子に託す、心優しい少女だった。
渦巻く疑問の中、訪ねて来た若い女には、あの日のひかりの面影は微塵もなかった。いったい、彼女は何者なのか、何が目的なのか。
レビュー(ネタバレなし)
授ける者と授かる者、そしてツナグ者
実の子を持てなかった夫婦と、実の子を育てることができなかった14歳の少女を繋ぐ「特別養子縁組」によって、新たに芽生える家族の美しい絆と胸を揺さぶる葛藤を描く。
授ける側にも授かる側にも、そこに至るまでの深い絶望や決断があり、映画は順を追ってその両者のドラマを丁寧に掘り下げていく。
◇
辻村深月による同名の原作は、長編ミステリー小説となっているようで、「突然家族の平和に踏み込んできた女は何者か」という点が妙にクローズアップされているが、そこにあまり重点はない。
本作はミステリーとしてではなく、人間ドラマとして向き合う作品だと思うし、そこに見応え、読み応えがある。
河瀨直美監督らしさを感じる
河瀨直美監督は、この上質な原作に大きな手を加えることなく、丹念に映画化しているように感じた。そして、そこには映画ならではのスパイスも効かせている。
栗原家の暮らすベイサイドのタワーマンション高層階のベランダから感じる風、奈良の中学に自転車通学するひかりを取り囲む豊かな自然や満開の桜、そして特別養子縁組の施設ベビーバトンのある広島の小島を囲む穏やかな瀬戸内海に沈む夕日。
この風景の切り取り方に、監督らしさを感じた。
河瀨監督の独特の<役を積ませる>演出方法の賜物だと思うが、出演者の誰もが、実にリアルな表情や動作をするので、つい引き込まれてしまう。
夫の無精子症が判明し、頑張って不妊治療を続ける栗原夫妻、そして特別養子縁組制度を知ったときの反応とその後の決意。そして、夫婦が朝斗と名付けた子供を、ひかりから授かるまで。
そこに至るまでの道のりは、原作を読んでいてもなお、目を潤ませずにはいられなかった。
役を積んだ俳優たちの底力
ひかりに約束した通り、大切な子供を大切に健やかに育てている栗原夫妻。
妻の佐都子を演じる永作博美は、あまり普通の母親を演じることのない女優という先入観があったが(『八日目の蝉』のせいだろうか)、子供ときちんと向き合い、時には子供を信じきれないでいる自分を責めたりと、強く優しい、子供を守る<育ての母>になりきっている。
◇
そして夫・清和の井浦新は、演技の幅の広い役者だが、今回この役の年齢層や演技を考えた時に、彼ほどの適材は他に思い当たらない。今回は、寡黙で落ち着いた人物を演じるが、その自然さに瞠目する。
無精子症からベビーバトンにたどり着くまでの、男としての葛藤は、この抑制の演技だからこそ引き立つ。居酒屋のシーンは絶対マジで酔っていたと思う。
生みの親、ひかりを中学生から演じた蒔田彩珠は、『万引き家族』はじめ是枝作品によく出ているが、私が強く記憶するのは『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』の南沙良とのダブル主演。凛とした眼差しに力がある。
出演シーンとしては、奈良や広島がメインであり、夫妻と共演する場面が限られるのだが、<生みの親>側の半生も、作品の大きな構成要素となっている。
◇
ベビーバトン主宰である浅見を演じる浅田美代子は、『あん』に続いての河瀨作品への出演。文字通り、映画においても栗原夫婦とひかりの橋渡しをし、朝斗というベビーバトンを届ける重要な役回りを好演。
そして、朝斗役の佐藤令旺は、子役然とした演技でない自然さがよい。子役に大きな芝居が入ると、つい作品自体が<泣かせ>の方向に向かってしまうが、彼の演技は、作品全体と調和していたし、ゆえにラストシーンも浮き上がることがなかった。
レビュー(少しネタバレあり)
そして、ベビーバトンは渡された
本作ではベビーバトンによって紹介されている、特別養子縁組の制度。作品の題材としては、ドラマティックな要素を絡めやすい。
実際、テレビドラマ 『コウノドリ』のエピソードの一つとしても存在したし、泣かせる話として出来も良かったと記憶する。だが、本作では、あえてそういう方向とは一線を画す。
◇
制度そのものはきちんと紹介する。栗原夫妻とともに旅行先のテレビ番組で、我々もこの活動を知る構成になっているが、まるで職場でみる人権啓発研修のように、丁寧な作りだ。
そこに登場する、産むけれど育てられない母親、そして育てることで前を歩み出した夫婦、当初の抵抗感が嘘のように消えている祖父母、テレビ番組を通じてドキュメンタリー的な描き方をするあたりは、さすが河瀨監督。うまい。
この出演者は、本物なのかもしれない。そして、そこに浅見(浅田美代子)が登場することで、知らぬ間にノンフィクションからフィクションにバトンが渡されている。
ところで、広島のベビーバトンの施設は、ロケーションもよく美しいシーンが多い。
妊婦仲間の風俗嬢このみ(山下リオ)とまほ(葉月ひとみ)と暮す生活は、ひかりにとって貴重な安らぎの場だった。初めて誕生日を祝ってもらったまほが、ホールケーキを前に「都市伝説じゃなかったんだね」と云うのが泣かせる。
武蔵小杉ではなく有明なのはよいが
タワーマンションサイドの描き方については、要所をおさえながらうまくまとめており、映画としてとてもよく出来ていると思う。
原作では、タワマンは武蔵小杉で、ひかりが流れ着いた仕事先が横浜だった。
有明のタワマンは、絵的にも映えるし、広島と海でつながっている感じもでてよい選択だが、横浜の山下公園で、ひかりが「この町にわたしの子が暮している」というには、ちょっと遠い。
でも、違和感があったのはそのくらいだ。
ひかりの葛藤は伝わったか
ひかりの奈良と広島の生活の方はどうか。妊娠してしまったのはともかく、そのあとの家族のフォロー、とりわけ母親(中島ひろ子)が受験一筋で娘の心情や産まれる子について何の関心もない怖さがよく出ていた。
ただ、生まれてくる<ちびたん>に手紙を書くような愛情あふれる彼女が、なぜ、底辺まで流転したのか。
◇
結局家を飛び出し広島に行き、新聞配達所に流れて借金の保証金に勝手にされて、という過程の描き方はもう少し掘り下げてほしかった。新聞店主(利重剛)の善人ぶりは伝わったが、その彼からどう金を調達したのだろう。
原作では職場の金庫から金を拝借し、取り立て屋に返済したことが善人の上司にバレる。そしてまとまった金が必要になるという設定だった。
ひかりは家を出た後も懸命に生きてきたが、まじめさゆえ、周囲に流されてここまで追い詰められてしまうのである。そこが、未読の観客にも、きちんと伝わっただろうか。
ひかりと朝と
ともあれ、映画全体を通じての出来栄えは、とてもよい。河瀨監督の作品の中でも、分かりやすい部類だと思うので、入り込みやすい。
未見でここまで読んでいただく方はいないかもしれないが、エンドロールが終わったあとの、朝斗の一言をお聞きのがしなく。ちょっとあざとい気もしなくもないが、まあ、良いではないか。
コロナ禍で映画館が遠い場所になってしまい、本作の公開が延期となったことを思えば、それは一層、意味深い。