『サマーウォーズ』
細田守監督が仮想空間と現実世界の融合を描いた傑作。夏の風物詩といっていい。
公開:2009 年 時間:115分
製作国:日本
スタッフ 監督: 細田守 脚本: 奥寺佐渡子 声優 小磯健二: 神木隆之介 篠原夏希: 桜庭ななみ 池沢佳主馬: 谷村美月 陣内栄: 富司純子
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
数学が得意だが気弱な高校2年生の健二は、憧れの先輩・夏希に頼まれ、夏休みの間、彼女の実家で夏希のフィアンセとして過ごすことに。
そんな時、健二はネット上の仮想空間OZで起きた事件に巻き込まれ、その影響が現実世界にも波及。夏希の一家ともども、世界の危機に立ち向かう。
今更レビュー(ネタバレあり)
OZの魔法使い
思い返せば、隔年ペースくらいで毎夏にこの作品を観ている気がする。細田守監督作品の中でも、特にお気に入りの一本だ。
細田監督の過去作『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』との類似性が指摘されているようだが、そちらは未見なので私は素直に本作を楽しませてもらっている。
◇
高校生の主人公が学校の憧れの先輩にバイトだと騙されて一緒に帰省してみると、田舎にある城のような旧家でおばあちゃんの誕生日会にフィアンセだと紹介される。
先祖は武田信玄の家臣として代々郷土を守ってきた由緒ある家系らしいが、要は旧家の令嬢と草食系男子の青春ドラマかと誤解させる導入部分。
だが、驚いたことに、この主人公小磯健二(声:神木隆之介)が数学オリンピックでいい所まで残った数学オタクという設定が、思わぬ伏線になる。
健二が友人とサイトのメンテのようなバイトをしている仮想世界OZが、本作のもうひとつの舞台となっているのだ。
このOZの世界でのハッキングAIの暴走に巻き込まれたおかげで、長野県は上田市の田舎にいながらにして、気が付けば地球の存亡をかけた戦いに、親族一同で参戦する流れになっている。
何とも奇想天外なストーリーだが、その鮮やかな展開には、毎度毎度感心させられる。作品がきちんとリアルな物語として首尾一貫していることは素晴らしいの一言に尽きる。
『時をかける少女』をはじめとする、一連の細田守監督作品は、基本的にファンタジーの要素が入っている。人間ではない存在だったり、特殊な能力の保持者だったり。
東宝と組んだ『君の名は。』以降の新海誠監督作品もまた同様に、時空を越えたり、天災を操ったりと、現実離れした要素が根底にあるストーリーとなっている。
人気コミックの原作もの等の例外を除けば、大資本を投じたアニメ映画は、ファンタジー要素なしでは成り立たないように思う。そんな中で、本作は見事に現実を描くことに終始している。
OZは仮想空間ではあるが、そこにアバターを置いている実在のユーザーを通じて、リアルワールドとも繋がっていて、だからこそOZの中でのバトルがそのまま、現実社会にも影響を及ぼす。
このため、ファンタジーだという言い訳をせずに、仮想空間での戦いをすべて現実とリンクさせている、稀有な作品だといえる。
OZの仮想空間の世界観
発想からいえば、ジェームズ・キャメロンの『アバター』やスピルバーグの『レディ・プレイヤー1』などより、一歩上を行っていると思う。
脚本は、最近観て今更ながらベタ褒めしている『お引越し』(相米慎二監督)でデビューした奥寺佐渡子。細田守監督作品には欠かせない脚本家だ。
そして、ストーリーの面白さとともに、本作の大きな魅力なのが仮想空間OZの空間デザイン。これは独創的であり、また洗練されている。『時をかける少女』の時間空間の表現も良かったが、さらにスケールアップ。
現実の信州上田の描き方がわりと昔ながらの2Dアニメっぽいせいか、奥行きのあるOZの世界のデザインと、そこに登場するアバターたちの個性的なキャラ造形が、どれも秀逸だ。
これらのビジュアルには、一目で村上隆の影響を見出すことができる。表立ってはクレジットされていないものの、ルイ・ヴィトンとコラボした短編アニメ『SUPERFLAT MONOGRAM』での協働もあり、何らかの関係があるのだろう。
本作でヴィランとなるのは、ハッキングAIのラブマシーン。旧家の当主陣内栄(声:富司純子)の養子である侘助が開発したものだ。それを売り渡した米国国防総省がこれを極秘裏にOZに投入したことで、騒動が起きる。
「俺はただの開発者だぜ」と、悪事は自分の責任ではないと主張する侘助だが、暴走したラブマシーンはOZを通じて都市のインフラを混乱させ、その二次災害で祖母・栄は心臓発作の手当が受けられず死んでしまう。
落下する人工衛星の軌道操作というのも、そのアカウントがOZで乗っ取られれば、ラブマシーンの思いのままになる。
生成AIの台頭で注目される人類の未来への脅威、あるいはサイバーテロの二次災害としての病人等の死亡、10年以上も前の作品ながら、取り上げる題材は今日的な恐怖でもある。
声優陣について
声優に関しては、健二の神木隆之介、夏希の桜庭ななみ、そしてキングカズマこと佳主馬の谷村美月など、主要メンバーはみんなあまりに自然で、誰の声だと意識することもないほど。
神木隆之介は、本作と『君の名は。』が声優業としての双璧ではないか。
ちなみに、本作は信州上田、『君の名は。』は諏訪湖と比較的舞台となった場所も近いが、同じように夏の入道雲が特徴的でも、本作は完全にピーカンの猛暑、あちらは風雨を伴うところが持ち味になっているところが興味深い。
声優で忘れてはいけないのが、当主陣内栄の富司純子だ。
本作は花札が重要なキーアイテムになっており、東映の任侠もので『緋牡丹のお竜』として一世を風靡した富司純子が、花札を得意とするところは、楽屋オチとしても面白いし、東映動画で育った細田守らしいこだわりなのかもしれない。
◇
田舎の大家族が、当初は全く別世界の騒動と思っていたサイバーテロの脅威に直面し、ご先祖様からのDNAなのか、力を合わせて合戦に挑む物語。
デジタルドリームキッズの中高生だけでなく、昔ゲーム小僧だった大人たちまで、ニンテンドーDSやらスマホやらを引っ張り出して、みんなで参戦する姿が頼もしい。
ただの一般市民だった主人公が、地球を救う羽目になるという構図は浦沢直樹の『20世紀少年』的だし、劇中で女性キャラがカードゲームで驚異的な勝利を収めるというエピソードも似ている(本作は花札、あちらは怪しげなポーカーめいた賭け事だったが)。
よろしくお願いしま~す
本作がユニークなのは、主人公の健二が、けしてOZの中でもバトルで活躍しない点だろう。普通なら、初めは弱い主人公が師匠に鍛えられて強くなり、それこそ後の『バケモノの子』のような展開になっていくものだ。
だが、健二はアカウントを乗っ取られ、紙兎ロペのような弱小アバターのままだ。代わりに敵と戦うのは、一度は敗れたキングカズマ。戦いっぷりもクールだ。
彼がリベンジ戦で勝ちそうになったところで、物語が終わっても不思議でない展開だったが、思わぬトラブルで敗れ、更にラブマシーンは、落下中の探査機を核施設に誘導するという恐ろしい作戦に出る。
◇
それを阻止すべく、夏希が祖母仕込みの花札で勝負に出るという流れ。ここも敗色濃厚となったところで、クラファンなみに世界中の支持が集まり、何とか勝利。
だが、敵も最後まで探査機落下の手を緩めない。そこでようやく、主人公健二が、数学オリンピックで鍛えた頭脳を活かし、危機を切り抜けるのだ。まあ、確かに、ここまで勝負がこじれないと、健二に主人公らしい活躍機会がない。
この主人公は必殺の蹴り技を決めるでもなく、賭け事で相手からアカウントを奪還するでもなく、ただ数学クイズを時間制限ギリギリまで解いて、送信ボタンを押すだけ。
しかも、決め台詞は「よろしくお願いしま~す!」だと! まあ、新時代のヒーローの姿かもしれない。