『ドクター・スリープ』
Doctor Sleep
前作『シャイニング』から40年、あの惨劇を生き残ったダニー少年の次の試練。
公開:2019 年 時間:152分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: マイク・フラナガン 原作: スティーヴン・キング 『ドクター・スリープ』 キャスト ダン・トランス: ユアン・マクレガー アブラ・ストーン: カイリー・カラン ビリー・フリーマン: クリフ・カーティス ディック・ハロラン: カール・ランブリー ダルトン医師: ブルース・グリーンウッド デビッド(アブラ父):ザッカリー・モモー ルーシー(〃母):ジョスリン・ドナヒュー ジャック(ダン父): ヘンリー・トーマス ウェンディ(〃母):アレックス・エッソー <トゥルー・ノット> ローズ・ザ・ハット: レベッカ・ファーガソン クロウ・ダディ: ザーン・マクラーノン スネークバイト・アンディ: エミリー・アリン・リンド バリー・ザ・チャンク: ロバート・ロングストリート グランパ・フリック:カレル・ストルイケン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- スティーヴン・キングが公然と非難した名作『シャイニング』から40年後の続編。原作者を尊重しながらも、随所にキューブリック監督作品にオマージュを捧げ、最後にはどちらともかけ離れて融合させる離れ業。
- マイク・フラナガン監督、日本では知名度低いが、なかなか大した手腕だと感心させられた。
あらすじ
40年前、狂った父親に殺されかけるという壮絶な体験を生き延びたダニー(ユアン・マクレガー)は、トラウマを抱え、大人になったいまも人を避けるように孤独に生きていた。
そんな彼の周囲で児童ばかりを狙った不可解な連続殺人事件が発生し、あわせて不思議な力をもった謎の少女アブラ(カイリー・カラン)が現れる。
その力で事件を目撃してしまったというアブラとともに、ダニーは事件を追うが、その中で40年前の惨劇が起きたホテルへとたどり着く。
レビュー(まずはネタバレなし)
シャイニングからの軋轢
『シャイニング』の惨劇から40年後の、あの少年ダニーの物語というのがキャッチコピーになっている。それだけで我々の世代の興味はひくが、若者層にどれだけ訴求するのかは不安を感じる。
『ドクター・スリープ』というタイトルも、作品のもつ怪しげなイメージからMCUの『ドクター・ストレンジ』あたりと混同しそうだし。
◇
スティーヴン・キングの原作は相変わらず上下巻にわたる長編だ。キング自身も、ダニー少年の成長後の姿が気になっていたが、ファンに背中を押されて続編を書いた。
前作を映画化した『シャイニング』(1980)は、鬼才スタンリー・キューブリック監督の手によりモダンホラーの金字塔となったが、キングは「原作の魅力がまるで分かっていない監督だ」と作品をこき下ろす。
その不満はキング自らドラマ製作に関与するほどに強く、本著のあとがきで、亡きキューブリックに今も文句をいうくらいだから、相当根が深い。
二人の鬼才作品との折り合い
『ドクター・スリープ』の原作は当然ながらスティーヴン・キングの小説版の続編であり、映画版『シャイニング』で大胆に改変された部分など無視されている。
顕著な例でいえば、ダニーに霊感のようなかがやきの力の存在を教えてくれた初老の黒人男性ディック・ハロラン(カール・ランブリー)は、映画と異なり原作では引き続き重要な役割を担う。
では本作はどちらを継承するのか。これが最大の見どころともいえる。監督は主にホラー映画を手掛けてきたマイク・フラナガン。映画化権を得ているのだから、基本的にはスティーヴン・キングの原作をベースにした作品を目指すのだろう。
だが、予告編にも広告にも、双子の少女や血の海エレベーターをはじめ、映画版『シャイニング』へのオマージュといえるアイテムがふんだんに盛り込まれている。
単純に、キング寄りの作品にするつもりはなさそうだが、偏屈者の鬼才二人とどう折り合いをつけた作品になるのか。そこが気になった。
トゥルー・ノット
さて冒頭、いきなり『シャイニング』のあのシンプルだが後を引くテーマ曲。そして森を進むクルマ。
タイトルバックに規則的に配置された灯が、惨劇の舞台オーバールックホテルの幾何学的なカーペットに変わっていくショットは、マイク・フラナガン監督のセンスの良さとキューブリック作品への愛を感じさせる。
これはキューブリック寄りなのかと思いきや、以降物語が動き出すと、中盤まではわりとキング寄りで原作に沿ってドラマが進行する。
本作の恐怖の対象は<真結族>と呼ばれるバンパイアのような連中。かがやきをもった少年少女の生気を喰らうことで不老不死の肉体を維持している。
子供たちを怖がらせて殺すことで、生気が一層美味しくなるらしい。子供を怖がらせて悲鳴を集める『モンスターズインク』を思い出したが、ほのぼのピクサーアニメとは大分違い、こちらはゾンビ映画的な怖さ。
◇
そして、そんなトゥルー・ノット集団の頭領が、絶大な力を持つ女性ローズ・ザ・ハット(レベッカ・ファーガソン)。
最新作『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』でもトム・クルーズに負けない活躍ぶりのレベッカ・ファーガソン。
あの鋭い眼力は本作でも遺憾なく発揮。いま、こういう魔女的なキャスティングがハマる旬の俳優といえば、彼女だろう。
アブラとダンの共闘
そして、そんなローズ率いるバンパイア集団に立ち向かうのが、強大なかがやきのパワーを秘める黒人少女アブラ・ストーン(カイリー・カラン)。
そしてかがやき同士で通じ合うテレパス仲間が、かつてのダニー少年が大きくなったダン・トランス(ユアン・マクレガー)というわけだ。
ダンは幼少期のトラウマから能力を封印し、酒に溺れて田舎町に転がり込む。そこでビリー(クリフ・カーティス)と知り合い、彼に助けられ断酒の会に入り、またホスピスで職を得る。
亡くなる直前の患者たちは、ダンのかがやきで安らかに亡くなっていくことから、いつしか彼は<ドクター・スリープ>の愛称で呼ばれるようになる。
◇
襲いかかってくるトゥルー・ノットたちに対するダンと少女アブラのかがやき組の共闘。
本作をそのような単純な図式でとらえてしまうと、『X-MEN』に代表される超能力者の団体戦や、生き血を求めて人間を襲うバンパイア映画など、それに特化したエンタメ作品やホラーに比べ物足りなさがあるのは否めない。
子供たちの生気を真空ポットに入れて、「みんな空腹で死にそうだから、半年ぶりに吸い込むよ~」みたいなコメディタッチで怪物たちが描かれると、すっかりB級ホラーである。
だが、本作の真骨頂はそこではない。それが、終盤にアブラとダンがクルマで向かう、因縁の地オーバールックホテルでの戦いなのだ。
ここまでの流れは、あちこち割愛があるとはいえ、概ねキングの原作に沿っている。むしろ、長編小説をコンパクトにまとめ上げた脚本力に感心するほどだ。
だが、ここから先は原作を離れ、いよいよ本作でしかなしえない、映画版『シャイニング』との対峙が始まる。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
懐かしのオーバールックホテル
別にネタではないけれども、私自身観ていて鳥肌ものの感動があったので、一応ネタバレ扱いにしておきたい。
それはこのオーバールックホテル。前作『シャイニング』では確か、すっかり燃えてしまったのではないかと思う。原作でもホテルは焼失し、ルーフ・オブ・ザーワールドという展望台に生まれ変わっている。
だが、本作はその由緒ある巨大リゾートホテルを再登場させた。廃業した大きなホテルは、何から何まで当時のままだ(画面ではそう見える)。
◇
広いロビーからダイニング、長い廊下に旧式エレベーター、そして大きなダンスホールと備え付けのバーカウンター。これ、同じようにセットを組んだのか。どうみてもCG処理には見えない。
スピルバーグの『レディ・プレイヤー1』でもオマージュでこのホテルが登場したが、比較にならない本物感。黴臭い匂いまで漂ってきそう。
ジャックとダニエル
ダンはこのホテルで、過去の自分と向き合う。バーテンダーが執拗に酒を薦める。それは前作で、狂った父ジャックがショットグラスをあおるのと同じ展開だ。
酒はジャック・ダニエル。狂って焼死した父ジャックと、自分の名前ダニエルが繋がっている。そして皮肉にも、時代を越えて同じように断酒している父子。
よく見ると、バーテンダーは父ジャック(ヘンリー・トーマス)本人ではないか。
「酒は家族を養う男にとって必要な薬だ。飲め」
だが、ダンは必死にこらえ、誘いを断る。この時、息子は父を克服した。
そして、このホテルでついにローズと対決するアブラとダン。
双子の少女やバスルームの老婆など、今までダンを苦しめ、頭の中の宝箱に鍵をかけて封印しておいた恐怖のタネたちが、ローズとの戦いで瀕死のダンから解放され、ローズに襲い掛かる。
まるでウルトラセブンのカプセル怪獣。だが、獲物を仕留めた幽霊たちは、次の獲物に突進する。
ハッピーエンドだった原作に比べ、本作は少々ビターな終わり方ではあるが、キングとキューブリックという頑固おやじ二人に、きちんと筋を通した作品になっている。これは大したものだ。
キングらしいB級ホラーの味わいと前作映画のモダンホラー感の融合。
さすがに前作から40年の続編と、タイトルだけでは『シャイニング』を想起させない点が、興行成績不振の理由だろう。作品自体は拾い物だと思った。