『冬冬の夏休み』
ステイホームでも、バーチャルな帰省体験をノスタルジックな田舎の夏の原風景で。侯孝賢監督の代表作、デジタルリマスターが嬉しい。台湾なのに、すっかり日本の昭和の夏とオーバーラップ。冬冬はもう中学生の設定。
公開:1984 年 時間:112分
製作国:台湾
スタッフ 監督: ホウ・シャオシェン(侯孝賢) キャスト 冬冬(トントン): ワン・チークァン 婷婷(ティンティン):リー・ジュジェン お祖父さん: グー・ジュン お祖母さん: メイ・ファン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
台北の小学校を卒業した冬冬(ワン・チークァン)は、母が入院したため、幼い妹の婷婷(リー・ジュジェン)と二人で、夏休みを田舎の祖父(グー・ジュン)の家で過ごすことになる。
冬冬は、近所の子どもたちともすぐに仲良くなり、田畑を駆け回って楽しいひと夏を過ごす。一方の婷婷はなかなか仲間に加えてもらうことができない。
レビュー(ネタバレなし)
ああ、夏休み
『恋恋風塵』とともにホウ・シャオシェンの青春四部作の一つとして評価も高く、両者ともデジタルリマスターされているのが、嬉しい。ぜひ、残りの作品も同様にクリアな画像で鑑賞できるようになってほしい。
映画が作られた80年代の台湾の夏という設定のようだが、日本に置き換えると昭和40~50年代頃の田舎の夏という感じだろうか。
一定以上の年齢層には、「ああ、夏休みってこうだった」という猛烈なノスタルジーが感じられるはずだ。日本の原風景がここにある、台湾だけれど。
◇
響き渡る蝉しぐれやジリジリと照りつける夏の陽光、一日中遊びまわっている、贅沢な時間の流れ。
あの子供の頃の夏休みの思い出を、商業映画的な匂いを出さずに、素朴な味わいでフィルムに焼き付けるところが、ホウ・シャオシェンの手腕ということか。
そして田舎の家には、医者である厳格そうな祖父。まさに一族の大黒柱。そういえば、『恋恋風塵』でも一家を仕切っているお祖父ちゃんは頑健だったのを思い出す。
蛍の光から、夕焼け小焼け
冒頭は小学校の卒業式シーンから始まり、台湾ゆえか「蛍の光」が歌われる。ちなみに、映画は「赤とんぼ」で終わるので、一層日本人には感傷に浸れる。
あれっ? ということは、冬冬はもう中学生になる年齢か。ならば、叔父さん(チェン・ボーチョン)が付き添わなくても、子供だけで帰省できる気もするが。そう考えると、田舎で目いっぱい遊びまわる冬冬は、随分子供っぽいように思える。
◇
ともあれ、お母さんが病気で入院したことで、冬冬と婷婷は田舎で夏休みを過ごすことになる。都会の子供は高価な玩具を田舎の子供のカメと早速交換し、みんなの輪の中にすぐに溶けこんでいく。
年上の男の子ばかりで、一緒に遊ぶ女の子もおらず、馴染めない婷婷。玩具の扇風機を両手に抱え、風を受けて田舎道を歩いている様子は、猛暑を生きる現代の人々のライフスタイルを先取りしているようだ。
◇
冬冬が友だちと遊ぶのに、幼すぎる妹が邪魔になるところが、とても共感できる。自分にも同じような年の差の妹がいるので、子供時代を思い出した。
婷婷がみんなの服を川に流してしまい、少年たちが真っ裸で家に帰っていく、バカらしくて子供らしいエピソードも、実に平和でよい。
レビュー(ネタバレあり)
婷婷の夏休み
タイトルこそ『冬冬の夏休み』だが、本作が子供目線でいきいきと描かれた作品として広くみんなの記憶に残っているのは、年端もいかない婷婷の存在あってこそだと思う。
大人には行動が読めない、幼い子供を自由に動かすことで、本作をはじめ、『となりのトトロ』や、エドワード・ヤンの『ヤンヤン 夏の想い出』のような作品が生まれるのだろう(エドワード・ヤンが本作に父親役で出演しているとは驚いたが)。
◇
そして、幼い子と同様に、理屈や常識では行動が読めない存在がもう一人。寒子(ヤン・リーイン)だ。彼女は大人だが、知能障害がある。
はじめは、子供たちを見つけては叩く乱暴者のように登場するが、電車に轢かれそうになる婷婷を救ってくれてからは、交流が芽生える。
雀捕りの男によって妊娠した寒子に、子供を産ませてやりたいという父親だったが、木から落ちて流産してしまう。そのきっかけを作った婷婷は人知れず責任を感じる。
◇
この、うまく会話は通じない婷婷と寒子との関係は、本作のメインパートだと思う。『婷婷の夏休み』に変えたいくらいだ。(冬冬と寒子なのに夏の映画というのも面白い。寒子のヤン・リーインは『恋恋風塵』でも、主人公の少女の勤務先の先輩で出演している)
大人の階段のぼる冬冬
一方、冬冬の方はというと、大きな岩を頭上に落として昼寝のトラック運転手を襲撃した男を目撃。この犯人を叔父の部屋でみつけるというのが、最大の活躍なのだが、この叔父が冴えない。
叔父さん(といってもまだ若造)は「娘を孕ませておいて婚約もしない」と先方の両親に実家に押しかけられたり、襲撃犯は旧友だからと匿ってみたりと、どうにも頼りなく、医者の祖父(彼には父)に勘当される始末だ。
◇
さて、この冬冬は、そろそろおとなの世界へ足を踏み入れる時期ではないか。
エドワード・ヤンの『ヤンヤン 夏の想い出』や、小栗康平の『泥の河』あたりは、主人公は冬冬より年下だけど、もう女の子を意識し出している。
本作では冬冬は12歳だが、初恋要素は入ってこないのが、むしろ不思議ともいえる。
そうこうするうちにひと夏は過ぎ、心配されたお母さんの手術も無事に終わる。そして、仲良くなった友だちに別れを告げ、大都会・台北に兄妹は帰っていくのである。
まさに、ひと夏のバカンス映画のお約束の終わり方。昭和世代には、バーチャルに幼少に戻って里帰りしたような気分が味わえるが、今の若者世代には、どう見えるのだろうか。