『恋恋風塵』考察とネタバレ|若者の恋心は、塵のように軽く頼りないもの

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『恋恋風塵』

素朴ながら研ぎ澄まされた映像にホウ・シャオシェンの技が冴える。若者の純粋で淡い恋が風塵に舞う。

公開:1987 年  時間:110分  
製作国:台湾
  

スタッフ 
監督: ホウ・シャオシェン(侯孝賢)

キャスト
ワン: ワン・ジンウェン(王晶文)
ホン: シン・シューフェン(辛樹芬)
ワンの祖父:リー・ティエンルー(李天祿)

勝手に評点:4.0
(オススメ!)

(C)CENTRAL MOTION PICTURE CORPORATION 1987

ポイント

  • 台湾の山村の起伏に富んだ集落、豊かな緑や渓谷にかかる吊り橋、寂れた田舎の駅の静けさと大都会・台北駅の喧騒。派手さはないが、心の奥に静かに沁みこむアジアの純情。ああ、これがホウ・シャオシェン。

あらすじ

1960年代終わりごろの台湾の山村。兄妹のように育った中学生の少年ワンと少女ホン。ワンは中学卒業と共に台北に出て、働きながら夜間高校に通う。年下のホンも1年遅れて台北に出る。

台北で働く二人は、強い絆で結ばれ、お互いに助け合いながら、お盆の里帰りを何よりも楽しみにしていた。やがて時がたち、お互いを意識し始めた二人だったが、ワンは兵役につくことになる。

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レビュー(まずはネタバレなし)

1カット1カットが心地よい

ホウ・シャオシェンとは、こういう映画を撮る人だったのか。冒頭、暗闇に小さく現れるトンネル、その向こうの風景が次第に大きくなり、列車の走行音が心地よく響く。

そしてトンネルを抜けると緑豊かな山中を走る列車の運転席からの景観。何のセリフも説明もないが、観客は自然に映画の中に引き込まれる。

2016年にデジタルリマスター版でリバイバル上映されているため、嬉しいことに、大変クリアで美しい映像を堪能できた。


深い山に囲まれた山村の起伏に富んだ集落、豊かな緑や渓谷にかかる吊り橋、寂れた田舎の駅の静けさと大都会・台北の駅の喧騒、そして人々が密集して暮らす台北の繁華街の裏通り。

どのシーンも実に素朴で押しつけがましい演出もないのに、その映像の美しさは研ぎ澄まされ、心をつかむ。

夕陽が沈み夜のとばりが降りるまでの繊細な時間帯で切り取る山村風景、雨が降りしきる中で重たい雲の下に広がる人気ない砂浜。

光と影の使い方も見事だが、冒頭シーンの列車の音や、町工場の印刷機械が規則的に刻み続ける稼働音など、音の使い方も忘れてはいけない。

『恋恋風塵 -デジタルリマスター版-』予告編 ビデックスJPで配信中!

台湾の大家族

そして登場人物。田舎から台北に出てきて支え合う幼馴染の若い二人、ワン(ワン・ジンウェン)ホン(シン・シューフェン)貧しくも懸命に生きる姿に胸を打たれる。

この二人の演技の瑞々しさに加えて、山村で家長として家を仕切るワンのお爺ちゃんがまた、味わい深い。この人は役者なのだろうか、実に素朴だ。この世代の男性にしては実によく喋るなあと思ってみていた。

こういうお年寄りは、自分の身内にもいたような気になってくる。60年代の台湾と自分とは直接の接点はないが、全編にわたりどことなく懐かしい原風景のようなものを感じてしまう。

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薄味だからこそ引き立つもの

都会に出てきたワンとホン。当然の流れではあるが、この二人が互いを助け合って暮らすうちに、やがてお互いを意識しあうようになり、恋心が芽生え始める。

その恋愛感情はとても淡く描かれており、濃い味付けの演出に慣れてしまった現代の我々には、物足りなく感じてしまうほど。でも、このくらいの薄味が本来の素材の良さを引き立たすのだ

兵役で台北を離れることになるワンを駅で見送るホン。抱き合ってキスすることは勿論、手をつなぐことさえないが、心情は痛いほど伝わってくる。

(C)CENTRAL MOTION PICTURE CORPORATION 1987

レビュー(ここからネタバレ)

考えれば分かること

本作は説明的な演出やセリフを極力排除しているようだ。あとから考えれば分かるのだが、例えば以下のようなことはすぐには理解しにくい。

・ワンとホンとの関係
冒頭シーンで中学の同級生のようにも見えたが、二人の関係を示すような会話は中盤まであまりない。また台北に来たホンが、(ワンの)父親が月賦で買ったという贈り物の腕時計を彼に渡すので、兄妹とも混乱してしまった。

・ワンの父親の存在
祖父が作った松葉杖を使い、列車で帰省してくるのが、ワンの父親だということが後の会話で分かってくる。父親のケガの原因が炭鉱事故だったり、祈祷師をみるとワンのつらい記憶がよみがえったり、といった点もあとで判明。

・台北駅での荷物の奪い合い
ホンが1年後に台北に出稼ぎに来る、駅でワンと争ったのは荷物を盗もうとした男、転がる弁当箱はワンの勤め先の社長の子供に届けるもの、といった一連の情報はまるでなく台北駅のシーンが始まる

参考までに書いてみたものの、もっと分かりやすくしてほしいという意味ではない。考えながら観る楽しみを与えてくれているのだろう。

(C)CENTRAL MOTION PICTURE CORPORATION 1987

どこまでも控えめ主義

そもそも、通常ならばもっとドラマチックに行こうぜと思うシーンでさえ、本作ではあえて平板に描いていみたり、あるいは、描くことさえしていない。

例えば、ワンの兵役通知。ワンが兵役の通知を受け取り、出兵しなければならないことをホンに伝えるという、盛り上がること必至な場面は省略され、入院中の同居の友人との会話の中でその事実を織り込んでしまっている。

盛り上がりを避けるという意味では、兵役後にあれだけ大量に届いたホンからの手紙が、ある日をさかいにばったり途絶え、宛先人不明になる場面も、説明は極小化している。

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彼女を恋い焦がれるワンを残して、ホンは郵便配達の男性と結婚してしまう。だが、ホンが想いを吐露する場面は一切ない。言葉もなく悲痛な表情のまま、山村で挙式する彼女のドレス姿が登場するのみである。

行間は観た者が埋めろということか。感情の起伏が激しいシーンを静かに映し出すことで、かえってその激しさが伝わってくるのかもしれない。

バイクを盗まれた腹いせに他人のバイクを盗もうとするワンを制するホン。兵役のために帰省するワンにろくな会話もできずみやげを手渡すだけのホン。どのシーンも静かなだけに、一層胸にせまる。

(C)CENTRAL MOTION PICTURE CORPORATION 1987

ラスト、失恋の痛手も癒えたか、兵役を終え山村に戻ってきたワンを、畑仕事をする祖父が温かく迎え入れる。

幼馴染のホンの結婚のことには何も触れず、薬用人参よりサツマイモを育てる方が余程難しいということを熱く語るお爺ちゃん。どこか心が温かくなる。

淡い恋物語の終わりにふさわしい幕切れだ。旅立った日と変わらない山村からの雄大な景色は、青年の心を癒してくれるだろうか。

パリを舞台にした『ホウ・シャオシェンのレッドバルーン』と、同じ監督とは思えない完成度だと思った。本作なら、ホウ・シャオシェン監督への高い評価は納得である。今さらながら、他の作品にもあたってみたい。