『ハケンアニメ!』考察とネタバレ !あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『ハケンアニメ!』考察とネタバレ|覇権に品格はないのだ

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『ハケンアニメ!』

辻村深月の同名原作の映画化。アニメ枠でライバルを蹴落とし高視聴率で覇権を取ってやる。吉岡里帆と中村倫也が真っ向勝負。

公開:2022 年  時間:128分  
製作国:日本
 

スタッフ  
監督:      吉野耕平
脚本:      政池洋佑
原作:      辻村深月
         『ハケンアニメ!』
キャスト
斎藤瞳:     吉岡里帆
王子千晴:    中村倫也
行城理:      柄本佑
有科香屋子:  尾野真千子
宗森周平:   工藤阿須加
並澤和奈:    小野花梨
群野葵:    高野麻里佳
根岸:      前野朋哉
越谷:      古舘寛治
前山田:      徳井優
関:       六角精児
川島:      大場美奈

勝手に評点:3.5
    (一見の価値はあり)

(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会

あらすじ

地方公務員からアニメ業界に飛び込んだ新人監督・斎藤瞳(吉岡里帆)は、デビュー作で憧れの天才監督・王子千晴(中村倫也)と業界の覇権をかけて争うことに。

王子は過去にメガヒット作品を生み出したものの、その過剰なほどのこだわりとわがままぶりが災いして降板が続いていた。プロデューサーの有科香屋子(尾野真千子)は、そんな王子を八年ぶりに監督復帰させるため大勝負に出る。

一方、瞳はクセ者プロデューサーの行城理(柄本佑)や個性的な仲間たちとともに、アニメ界の頂点を目指して奮闘するが…。

レビュー(まずはネタバレなし)

アニメ覇権の紅白合戦

直木賞作家・辻村深月による同名原作を『水曜日が消えた』吉野耕平監督が映画化。アニメ業界で奮闘する人々の姿を描いた作品。

<ハケン>とカタカナで書かれると、ドラマ『ハケンの品格』の方を想像してしまうが、派遣社員ではなく、毎クール、各局で乱立するアニメ番組の中で、一番の視聴率を稼ぎだし<覇権>を取ってやる、という意味のハケンである。

構図としては、極めて分かりやすい。ポスタービジュアルまんまである。

(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会

青コーナー:サウンドバック

まずは青コーナー。国立大卒で県庁勤務からアニメ業界に飛び込み、覇権を目指す新人監督・斎藤瞳(吉岡里帆)。彼女を支えるというよりは、数字を稼ぐことしか頭にない鬼の敏腕プロデューサーの行城(柄本佑)。二人は業界大手トウケイ動画に所属している。

(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会

放映予定の作品は『サウンドバック 奏の石』。のどかな田舎町の少年少女たちが戦うロボットアニメ。

サウンドバックとは、「奏」と呼ばれる石が、現実の音を吸い込むことによって変形するロボット。その形状は音によって変わり、1話ごとにノックや風鈴など異なる音が捧げられ、毎回違う形のロボットが登場する。

「奏」は戦いを終えると力を失い、ただの石に戻るが、捧げた音とそれにまつわる記憶はヒロインの少女から奪われていくという秘密がある。

(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会
『サウンドバック 奏の石』
監督:      谷東
キャラクター原案:窪之内英策
作画監督:    大橋勇吾
メカデザイン:  柳瀬敬之
声優:  
高野麻里佳、潘めぐみ、梶裕貴
木野日菜、速水奨

赤コーナー:リデルライト

対するはチャンピオンの赤コーナー。デビュー作『光のヨスガ』で脚光を浴びた若き天才監督の王子千晴(中村倫也)。スランプに悩む彼の復帰作として彼をフルサポートするプロデューサーの有科香屋子(尾野真千子)。二人はスタジオえっじに所属。

(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会

放映予定の作品は『運命戦線リデルライト』。行方不明の妹を探す魔法少女が、自らの魂の力で乗るバイクを変形させ、ライバルたちとレースで競い合う。

<リデルライト>とは少女たちが駆るバイクの総称。年に1度のバイクレースでのバトルを通して、仲間や敵対する魔法少女たちとともに1話1歳ずつ年を重ね、いわゆる「成長するヒロイン」の姿が描かれる。

(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会
『運命戦線リデルライト』
監督:           大塚隆史
キャラクター原案:岸田隆宏
作画監督:      高橋英樹
声優:  
高橋李依、花澤香菜、堀江由衣、小林ゆう
近藤玲奈、兎丸七海、大橋彩香

両者互角の素晴らしい作品

いってしまえば、日曜夕方のアニメ枠の視聴率勝負の物語であり、本作で復活を目指す天才監督と、その作品に憧れてこの業界に入ってきた新人監督との戦いを描いている。

互いをつぶし合う、いがみ合うようなアンフェアな戦いではなく、それぞれが良い作品を作ろうと、スタッフや声優たちが力を合わせ、命を削って作品をこしらえていく過程は感動を誘う。誰もがアニメ愛に満ちているのもいい。

辻村深月の原作は未読なのだが、はたしてこの二作品は、どのように描写されているのだろう。映画化で初めてビジュアル化したのであれば、その出来栄えは両陣営ともに素晴らしい

それぞれが本放送さながらのスタッフと声優を集め、ガンダム路線の正攻法ロボットアニメのサバクと、プリキュア路線のポップさとスピード感が売りのリデル。それぞれに完成度が高そう。

主役は吉岡里帆なのだから最後には斎藤瞳サバクが勝つのだろう、と予想できるような単純な造りではないし、王子中村倫也も悪役としては描かれていない。どちらかといえば、憎まれ役は柄本佑演じる行城だが、この男も後半ややキャラクターを変えてくる。

先の見えない展開。まあ、所詮視聴率の争いだから、当事者ほどは観ている我々はどっちが勝つかに関心を持てないのも事実。

そもそも、直接殴り合うボクシングをはじめスポーツの試合は別にして、こういう、数字の多寡で勝負する系の映画は、結果よりもそこまでのプロセスを楽しむべきものなのだ。恩田陸『蜜蜂と遠雷』のピアノコンクールみたいに。

(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会

漫画ではなくアニメ

本作でユニークだと思ったのは、漫画ではなくアニメ番組を題材にしていることだ。漫画で覇権を取るわけではない。

漫画界には藤子不二雄『まんが道』から脈々と続く漫画家を目指す若者のサクセスストーリーがあり、『バクマン。』(大根仁監督)のような傑作映画も生まれている。『キャラクター』(永井聡監督)のようにペンタブで作画するスタイルを採り入れた映画も出てきている。

だが、本作はあくまでアニメ。主役の二人の監督は、絵を描くのではなく、コンテ作りで勝負するのだ。

これはチームワークという意味では面白いが、アニメ作品を牽引するという意味ではやや物足りない。やはり、劇中で作画家・並澤和奈『のぼる小寺さん』小野花梨だ!)がスラスラとキャラを描いていくような神業がみたい

(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会

分かりにくい点もいくつか

両陣営の監督とプロデューサー計四名のメインキャストに加え、前野朋哉、古舘寛治、徳井優、六角精児といった個性的なメンバーが、コミカルなキャラを演じて楽しませてくれるが、ドラマそのもののシリアスさを損なわない程度のボケに留まるバランス感が好感。

客寄せで起用されたアイドルが声優をやるという設定に、本物声優高野麻里佳を使うものだから、こんなにアフレコうまいのになんで監督がダメ出しするのか、分かりにくい展開になる。

(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会

回数を追うごとに変化する視聴率を、西武線から見える空を飛ぶ両作品のキャラの動きで表現するのは、分かりやすく、いかにもアニメ的な解決法で面白い。

ただ、両作品の内容そのものは、時々チラ見せされる程度で、理解するには限界がある。鑑賞後に公式サイト(結構クールな作り)を見て、ようやくハラ落ちした部分も多い。

両陣営ともに関係者は大勢登場するが、みんな最後はいい人ばかりで、大団円のエンディング。アニメ好きに悪い奴はいないってことなのかもしれない。勝敗の行方は見てのお楽しみ。エンドロール後におまけがあるので、どうぞ見逃さずに。

(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会

レビュー(ここからネタバレ)

東映が作ってこその作品だった

ネタバレとは言ってみたが、本作においては、勝敗以外にあまりネタバレ注意な部分はない。その時間帯、はたしてどちらの番組を見ているか。視聴率に制作者がこれだけ熱くなるのは分かるが、録画や配信が当たり前の世の中で、リアルタイムで日本中の若者たちがこの時間枠のアニメに夢中になっているというのも、やや大仰ではある。

とはいえ、日本のアニメ文化を育んだ東映アニメーションが、本作の制作に噛んでいることは何となく嬉しい。なんたって、斎藤瞳トウケイ動画の社員だから、これは東映で配給すべき作品だ。

王子千晴「オヤジにも殴られたことないのに」とか「心を開かないと、エヴァは動かないよ」とか、分かりやすいアニメネタを時折はさむが、もう少し難解な台詞でもよかった。

ボクササイズのあと有科香屋子と銭湯に入った斎藤瞳が、彼女のパンチを見て「出崎演出!」という難易度中級あたりのアニメネタが心地よい。例えるなら、坂元裕二脚本の『花束みたいな恋をした』で、主人公の二人が押井守を熱く語っていたときみたいなグルーヴ感。

(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会

主人公を最終話で死なせたい王子。安易にハッピーエンドで終わらせたくない斎藤失うからこそ、得られるものがあるはず。子供が観る時間帯だからなんて関係なく、前例にとらわれない、不特定の大勢ではなく、特定の誰かの心に永く刺さる作品を作りたい。クリエイターの心意気が伝わってくる。