『女子高生に殺されたい』
職人・城定秀夫監督が挑むサスペンス。文字通り、女子高生に殺されたい教師の物語。
公開:2021 年 時間:110分
製作国:日本
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
女子高生に殺されたいがために高校教師になった男・東山春人(田中圭)。人気教師として日常を送りながらも<理想的な殺され方>の実現のため、九年間も密かに綿密に、これしかない完璧な計画を練ってきた。
彼の理想の条件は二つ「完全犯罪であること」「全力で殺されること」。条件を満たす唯一無二の女子高生を標的に、練り上げたシナリオに沿って、真帆(南沙良)、あおい(河合優実)、京子(莉子)、愛佳(茅島みずき)というタイプの異なる四人にアプローチしていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
突飛なタイトルは吉か凶か
何でも早撮りで傑作にしてしまう映画料理人・城定秀夫監督が、『自殺サークル』や『帝一の國』などで知られる漫画家・古屋兎丸による同名原作を映画化するとあっては、とりあえず観なければという気持ちになる。あいにく今回は原作未読だ。予備知識なしの素の状態で観賞に臨んでいる。
劇中でも連呼されるタイトルは、強烈なインパクトだ。「女子高生に、殺されたい。」
ピンク映画界にこの人ありと言われた城定秀夫に<女子高生>の名を冠した作品とくれば、そりゃもうR18悩殺系なのかと思いきや、純然たるサスペンスなのだから意表を突かれる。
◇
「殺されたい」というのも、何か気持ちいいことをしてほしい的な隠喩ではなく、文字通りの意味である。
このタイトルは関心を惹くが、興行的にはマイナスかもしれない。変態男の物語のように誤解させてしまうか、ポスタービジュアルだけで、田中圭も出ていた『伊藤くんA to E』(廣木隆一監督)的な内容かと、的外れな期待をさせてしまいかねない。
前半のベタなモテ教師演出はキツイ
田中圭が演じる主人公の東山春人は、舞台となる進学校の二鷹高校に赴任してくる日本史の教師。容姿端麗で優しい東山が着任早々女生徒にモテモテという、ありがちな導入部分。
ホントは「殺されたい」じゃなくて「殺したい」方だった、なんていうオチだと、『悪の教典』(2012・三池崇史監督)の伊藤英明になってしまうところだが、東山は本気で殺されたいと願っているのである。
それは高校生の頃に遡って、彼に芽生えた強い願望。カワイイ女子高生に殺されたい。だが、実現は容易ではない。自分の願望を研究するために、東山は大学で臨床心理学を学び、そして彼女に迷惑のかからない完全犯罪で、抵抗の甲斐なく殺してもらうことを達成すべく、綿密な計画をたてる。
率直に言って、田中圭にこの役はどうなのかと思った。『mellow』(今泉力哉監督)の例もあり、モテまくる役が似合わない訳ではないし、『哀愁しんでれら』(渡部亮平監督)のように、裏の顔を持つ男だってできる。
でも、男女共学の高校で、ここまで面白いようにモテる先生という設定は、ちょっと苦しい。バラエティ番組の再現ドラマのようなベタな演出に、序盤で何度も脱落しかけた。
脱落しなくてよかったよ
だが、思いとどまって正解だった。物語は、突如転機を迎える。人気ない夜の野外に誘き出した女生徒を東山が猛犬に襲わせるのだが、なぜかその翌日に、教壇の上にはその犬の死骸が置かれている。この不思議なエピソードから、映画は俄然面白味を帯びてくる。
東山先生が<キャサリン>と称している、彼を殺してくれるはずのターゲットが、この学校にいる。彼はその娘を追って、わざわざ前任者を密告で放逐してまでこの学校に赴任してきたのだ。
◇
映画は原作にいくつかのキャラクターを加えているようだが、このキャサリンが一体誰なのかは、なかなかはっきりとさせない展開になっている。
アスペルガー症候群と思われる、コミュ障で不思議な予知能力をもつ、あおい(河合優実)。彼女の唯一の理解者であり常に一緒にいる親友(恋人なのか?)の真帆(南沙良)。演劇部に所属し、東山のすすめで学園祭用に戯曲を書く京子(莉子)。柔道部に所属し、男顔負けの強さの愛佳(茅島みずき)。
はたして、キャサリンは誰なのか。そして「自分殺害計画」とはどんなものなのか。中盤から二鷹高校にスクールカウンセラーとして偶然赴任してくる、東山が学生時代に付き合っていた女性・深川五月(大島優子)は、この犯行にどう関わっていくのか。
◇
ネタバレなしではあまり多くを語れないが、これだけの個性的なキャラクターがいて、映画に使いたくなる臨床心理学的な現象・用語があれば、話はもっと拡散して収拾がつかなくなるか、もっとグロいかエロい展開に持っていきたくなるところ。それをきちんとサスペンスとして収束させているのは、さすが城定秀夫監督の職人芸なのである。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
キャスティングについて
何といっても本作で存在感を示したのは、仲良し二人組である、真帆役の南沙良とあおい役の河合優実だろう。真帆は、実は解離性同一症であり、中盤以降、カオリという凶暴な別人格が登場する。
目つきや首のひねり方などで、人格スイッチのオン・オフを感じさせる南沙良の演技は、見応えがある。二重人格ものの映画は数あれど、大抵はその「別人格だった」という症状自体が映画のオチになっているケースが多い(例示するとネタバレになるので伏せるけど)。
ところが、本作は、カオリの登場はまだまだ序の口で、真相解明までにはまだ楽しめるあたり、凝った造りになっているのが嬉しい。
南沙良は、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』や『もみの家』など心を閉ざす役での好演が多かったので、本作でもあおい役に抜擢しそうなものだが、そこに河合優実を持ってきているのもまた面白い。
彼女の演じる役は私が知っているだけでもバラエティに富む。『サマーフィルムにのって』の<ビート板>というあだ名のメガネっ娘、『ちょっと思い出しただけ』で海外に飛び立つダンサー、『喜劇 愛妻物語』の超高速でうどんを打つ女子高生。この二人なら、どっちがキャサリンだったとしても、納得する。
東山をオートアサシノフィリア(自分が殺される状況に性的興奮を覚える性的嗜好)だと見破る、元カノの五月を演じた大島優子も良かった。
映画の出演作品では、『ロマンス』(タナダユキ監督)以来、久々に落ち着いて演技が見られる役だった気がする。『生きちゃった』(石井裕也監督)は不遇すぎたし。
五月と東山が保健室で真相を語り合う緊迫した場面。窓外を飛んでいく風船は映画的な効果ねらいだと思っていたが、ちゃんと理由があるのもいい。
終盤で、形勢不利になる東山に、「代わりに俺が殺してやるよ」と襲い掛かる、真帆に片想いの男子生徒・川原雪生に細田佳央太。何をやっても好青年に見えるなあ。本作では男子生徒に活躍の場が少ないのは残念。彼は、両想いにさせてあげたかった。
結局ただの変態にも思えてきたが
少女が成人男性を絞殺したという事件への異常な執着。演劇部の京子に「キャサリン!」と台詞を連呼させ、それを隠し録りする意味や、自分の標的をキャサリンと呼ぶ理由。11月8日の学園祭の日に殺されたいというこだわり。
本作には東山のモテモテぶり以外にも、このようにしつこく繰り返されるポイントが多い。それらが終盤には鮮やかに伏線回収されていくのは、原作由来か城定脚本の賜物かしらないが、見事だった。
◇
ただ、ラストは切れ味が今一つだったと思う。惜しい。個人的には、学園祭の舞台で東山がぶら下がって登場するところで、バチッと終わってほしかった。その後の病室のシーン、五月の贖罪とか真帆の告白とか、私には冗長に思えてならない。続編ねらいなら仕方ないけど。
あれっ、でも今更だけど、カワイイ女子高生に全力で抵抗した後その甲斐なく殺されたいのなら、柔道部の愛佳を本気にさせれば、もっと簡単に目標達成できたんじゃないか?
怪力キャサリンの降臨に執着したのは、あの時の幼女だった真帆に惹かれてしまったからなのでは? オートアサシノフィリアと変態野郎の違いは何なのか、どうもまだ理解できていない。