『誰も知らない』
母に見捨てられた兄妹たち。柳楽優弥がカンヌ最年少受賞を果たした、是枝裕和監督によるドラマとドキュメンタリーの融合。
公開:2004 年 時間:141分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 是枝裕和 キャスト 福島明: 柳楽優弥 福島けい子: YOU 福島京子: 北浦愛 福島ゆき: 清水萌々子 福島茂: 木村飛影 水口紗希: 韓英恵 コンビニ店長: 平泉成 コンビニ店員: 加瀬亮 タテタカコ タクシー運転手:木村祐一 パチンコ店員: 遠藤憲一 少年野球監督: 寺島進
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
父親が異なる四人の兄妹と母の母子家庭。アパートを追い出されないために、父が海外赴任中で母と息子の二人暮らしだと偽って暮らす彼らは、そのため学校にも通ったことがない。
だが母親に新たな恋人が出来て、兄妹に20万円を残して失踪、子供たちはなんとか自分たちで暮らしていこうとする。
今更レビュー(ネタバレあり)
お兄ちゃんは優しかった
親に置き去りにされ、世間からは存在しないものと扱われる兄妹たちが、たくましく生きる姿をドキュメンタリータッチでとらえた、是枝裕和監督の名を世に知らしめた作品。
柳楽優弥がカンヌ国際映画祭にて史上最年少および日本人初の最優秀主演男優賞を獲得したことでも、大いに話題を呼んだ。
◇
1988年に発覚した実際の事件、<巣鴨子供置き去り事件>をベースにしているが、心理描写等はフィクションであるとはじめにテロップが出る。兄弟姉妹の家族構成も実際とは異なっている。
本作は十分すぎるほど悲惨で無慈悲な内容であるが、実際に起きた事件を調べてみると、白骨化した乳児や、長男の遊び友達に暴行を受けて亡くなった末娘など、更に胸の痛むものだったことを知る。
当時は、無責任な母親を叱責する論調の報道が目立ったが、是枝監督は、「お兄ちゃんは優しかった」という子供たちの証言が、心に引っかかったそうだ。
そこから、丁寧に約一年をかけて子供たちの成長を追うスタイルで、ドキュメンタリーとドラマを融合させたような、実に是枝裕和らしい作品が生まれた。
YOUは何人でアパートへ
冒頭、アパートに引っ越してくる母(YOU)と長男の明(柳楽優弥)。父親は仕事で単身赴任のため、二人暮らしだと大家に挨拶するあたりまでは普通の母子にみえる。
だが、引っ越し荷物の中の大きな二つのトランクを開くと、次男の茂(木村飛影)と次女のゆき(清水萌々子)が現れる。更に夜になってこっそりと家にやってきた長女の京子(北浦愛)。なんと、四人兄妹と母親の家庭だったのである。
「じゃあ、この家のルールを説明します。大きい声で騒がない。お外に出ない。ベランダもダメだよ。できますか?」
YOUが特徴のある声と話し方で、子供たちに説明を始め、みんな嬉しそうに聞いている。洗濯登板は姉の京子、買い出しをはじめ、その他諸々は全て長男の明が担当だ。
◇
前半のごく短い時間しかないが、このいい加減な母親の無茶なルールの中でも、家族は幸福そうに過ごしている。
子供たち、特に幼い茂とゆきの表情や動きは、演技とは思えない自然さがある。演技力よりも、反応が撮りたくなる子供たちを選んだという是枝監督の言葉にも肯ける。
学校なんて行ってどうするの
正直、このあたりまではまだ、母・けい子がシングルマザーで四人の子供を頑張って育てる、ちょっとだらしない程度の母親に見えていた。
『万引き家族』とは違い、こちらには確実に血の繋がりがあるわけで、貧しくも、その信頼関係は揺るぎないように思えていたのだ。
だが、その期待はすぐに裏切られる。
◇
「学校に行きたい」「いつ学校に行かしてくれんだよ」
口々に京子や明が母に訴えても
「学校なんてつまんないよ。行かなくたって偉くなった人いるでしょ。父さんいないと、虐められるよ」
と、はぐらかしてばかりのけい子。
しまいには、
「勝手にいなくなったお父さんが悪いんでしょ。私が幸せになっちゃいけないの?」
と逆ギレして、好きな人ができたと明だけに告げて、出て行ってしまう。ああ、この身勝手キャラ、YOU似合いすぎ。
まるでホームレス小学生
20万円程度のカネを置いていったので、これなら当面は生活できるかと思ったが、そこから家賃も光熱費も捻出するのだ。すぐに資金は底をつく。
明は母の昔の男であるタクシー運転手(木村祐一)やパチンコ店員(遠藤憲一)を訪ねカネを無心するが、小遣い程度しかもらえない。
◇
はじめは一カ月程度の外泊で家に戻ってきたけい子だが、次はクリスマスには帰るねといって再び出ていくと、それっきりになってしまう。
残された妹や弟たちに不安を与えないように、全てを抱え込み、みんなの面倒をみる明が頼もしくも、痛ましい。
大事に食べているアポロチョコを握りしめ、クリスマスにも帰ってこない母を兄と駅で待つ幼いゆき。カップ麺に冷や飯をいれて飢えを凌ぐお調子者の茂。
是枝裕和はキアロスタミやケン・ローチがそうしたように、小さな二人の演技には、子役への情報量に差を与えたり、或いは直接だましたりといった手法で、リアルな表情や動きを引き出したという。映画の世界に没頭するには、この手の情報はむしろ邪魔かもしれないが。
明は家計をやりくりし、親切にしてくれるコンビニ店員から廃棄の食料を分けてもらい、母さんからお年玉がきたよと嘘を言って、弟や妹にポチ袋を渡す。柳楽優弥の気の強そうな目が、優しく見える。
◇
兄妹四人が家を出て公園で遊ぶだけなのに、彼らにとっては大冒険であり、一大レジャーなのだ。いやあ、長男って偉いなあ。ピアノを買おうと貯めていたお金を拠出する長女の京子も健気だけど。
映画は中盤以降、電気も水も止められた彼らは見るからに薄汚れた格好で、スラム街の子供たちのようになってくる。ホームレス小学生だ。
罰が当たったわけではないよ
みんなに頼られる存在の明も、学校にこそ行っていないが、まだ小6から中1になろうかという年齢の子供だ。
ゲーセンで友だちを作り、みんなを散らかった家に呼んでゲームに興じたり、或いは少年野球の試合に助っ人参加したりで、時に子供らしく過ごしたくなるのは自然なことだ。勝手をいう弟や妹たちについカッとなり、声を荒げることだってあるだろう。
◇
だから、草野球に興じていた罰が当たったわけではないのだが、彼が試合から戻ってくると、椅子から落ちて頭を打ったという、ゆきが動かなくなっている。
驚いたことに、薬局から万引きしたクスリも効かず、ゆきはそのまま冷たくなってしまう。別にゆきが椅子から落ちるシーンがあるべきとは言わないが、この死に至る展開の見せ方には、ちょっと唐突で無理があり、現実味に乏しいのは惜しい。
◇
ただ、引っ越してきた頃より成長しているゆきが、家を出る時には元のトランクケースに入らなくなっていることには、得も言われぬ哀しさが伝わってきた。
そしてこのタイミングで、母親からは「よろしくね。ママより♡」と生活費の現金書留が届くのだ。無知は罪なり。
全ては観る者に委ねられている
結局、途中から彼らの良き理解者となっていた女子中学生の紗希(韓英恵)と一緒に、明はゆきが生前行きたがっていた羽田空港に向かう。
ゆきの好きだったアポロチョコを大量に買うと、「遠足にでもいくのかな~。楽しそうだね」と、最後まで調子はずれのコンビニ店長(平泉成)。彼らに手を差し伸べてくれたバイト(タテタカコ、加瀬亮)とは大違いだ。
◇
そして、ゆきの入ったトランクを羽田に埋め、残された兄妹たちの明日がまた始まる。こんなに重苦しい物語のエンディングは、不思議と明るく元気を感じさせる。
本作において、是枝裕和監督は徹底的に客観性にこだわる。無責任な母親に非があることは明らかだが、かといって中盤から姿を見せない彼女を断罪するようなシーンはない。
全ては観客に委ねられる。母親もまた、現代社会の犠牲者だと考える寛容な人もいないとも限らない。
放置はプレイだけにしてほしいところだが、こんな母親でも、熱湯をかけたり叩いたりで死に追いやるような、悪魔のような親よりは、なんぼかマシなのだろうか。
高い評価を得るのも、柳楽優弥のカンヌ受賞も納得の作品ではあるが、観終わった気分は、どっしりと重たい。