『夢売るふたり』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『夢売るふたり』今更レビュー|西川美和監督が描くコンマン夫婦の絶望と再起

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『夢売るふたり』 

松たか子と阿部サダヲが西川美和監督と初タッグ。小料理屋を全焼させ無一文になった夫婦が、再建のために思いついた企みとは。

公開:2012年  時間:137分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督・脚本:  西川美和
キャスト
市澤里子:  松たか子
市澤貫也:  阿部サダヲ
睦島玲子:  鈴木砂羽
棚橋咲月:  田中麗奈
皆川ひとみ: 江原由夏
太田紀代:  安藤玉恵
木下滝子:  木村多江
木下恵太:  佐藤和太(子役)
堂島探偵:  笑福亭鶴瓶
岡山晃一郎: やべきょうすけ
中野店長:  大堀こういち
太田治郎:  伊勢谷友介
外ノ池:   香川照之

勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)2012「夢売るふたり」製作委員会

あらすじ

料理人の貫也(阿部サダヲ)と妻の里子(松たか子)は東京の片隅で小料理屋を営んでいたが、調理場からの失火が原因で店が全焼し、すべてを失ってしまう。

絶望して酒浸りの日々を送っていた貴也はある日、店の常連客だった玲子(鈴木砂羽)と再会。酔った勢いで一夜をともにする。

そのことを知った里子は、夫を女たちの心の隙に忍び込ませて金を騙し取る結婚詐欺を思いつき、店の再開資金を得るため、夫婦は共謀して詐欺を働くようになる。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

人間の醜い部分を描く西川美和

西川美和監督が、『ディア・ドクター』(2009)に続いて撮った長篇四作目、本作で初めて女性を主人公に据えている。タイトルのように、女性に夢を与えて金を騙しとる(借りる?)夫婦の物語。

だが、妻・市澤里子役の松たか子は、『ヴィヨンの妻』(根岸吉太郎監督)や『小さいおうち』(山田洋次監督)で見せたようなしっかり者の古風な女性イメージで見ていると、大きく裏切られる

どちらかというと、『告白』の教師、いや『来る』(いずれも中島哲也監督)の霊媒師的な得体のしれぬ怖さのあるキャラだ。

一方、夫・貫也役の阿部サダヲも、火事から命からがら逃げだして顔が煤だらけのキービジュアルから、『なくもんか』(水田伸生監督)的な人情ドラマを想像させるが、これも大はずれだ。

彼の演技からはどうしてもコメディ色が完全には抜けないが、本作は全体を通じて、明るく笑える部分はない

まあ、そりゃそうだ。西川美和監督が、明るく楽しい映画を撮るわけがない

本作も彼女のフィルモグラフィに違わず、他の作品同様に人を騙す詐欺師的な人物をメインに持ってきて、誰でも内面に秘めているドロドロした、醜い部分をさらけ出す。

(C)2012「夢売るふたり」製作委員会

もう一度、ゼロから出直そう

貫也と里子の小料理屋は開店五年目を迎え、常連客で賑わう居心地のよい店になっていたが、調理場からの失火で店が全焼。火事場のシーンは、なかなかの迫力だ。

「もう一度、ゼロから出直そうよ」と健気にラーメン屋で働き始める里子に対し、貫也は料理屋の厨房でも職人のプライドが邪魔して仕事が続かない。

献身的な妻はありがたい存在だが、それが却って貴也には重荷になり、卑屈になっていった。

ある晩、酔いつぶれて終電を逃がした貴也は、同じく泥酔し駅にいた、かつての常連客だった玲子(鈴木砂羽)と鉢合わせし、成り行きで一夜を共にする。

玲子は愛人の外ノ池(香川照之)が交通事故で瀕死の状態になり、双子の弟から手切れ金を無理に渡されたばかりだった。

欲しくもない大金を受け取った彼女は、それを再建資金として貴也に貸す。喜び勇んで家に駆け戻る貴也だが、里子はすぐにカネの出どころから夫の浮気まで全てを見抜く

(C)2012「夢売るふたり」製作委員会

燃やしかけた札束から始まる再生劇

そんな札束はコンロで燃やしてしまえと一旦は火をつけるが、その炎は彼女の心の闇の部分にも引火した。この夫をうまく使って、世間の女どもからカネを引き出すことができるのではないか。

湯船につかっていた貴也に火のついた万札を投げつけ、沸かしすぎで熱湯風呂になっても水埋めもさせず、質問責めにする里子が地味に怖い

ここから、二人は騙されやすい女を物色しては夢を売り、失った店の再建を目指す共犯者となっていく。

実は冒頭の火災が起きるまでのシーンの中に、外ノ池と玲子の不倫カップルの朝の別れのほかにも、これから登場する女性被害者たちがワンカットずつ登場している。

これは振り返って観直せば説明不要の分かりやすさだが、登場人物も把握していない初見の状態では、さっぱり分からないシーンだ。

ウェイトリフティングの練習や風俗嬢のシーンなどは、再び登場するまでに間があくので、やや不親切な構成のように思った。

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

一人目:実家暮らしの30代独身女

忌まわしいカネならば手元に置かず有意義に使ってもらおう、そう思って玲子が渡した手切れ金が、図らずも夫婦の再建意欲に火を点けてしまう。

最初の犠牲者は、夫婦が働く小料理屋の客で訪れた棚橋咲月(田中麗奈)。仕事に夢中でいつしか婚期を逃がした彼女に、医師の妻である妹(倉科カナ)がきつく当たる。

そんな咲月に、里子の入れ知恵で優しい言葉でつけ入る貴也。獲物が食いつくかを、電車の離れた席からじっと眺めている里子の視線が怖い

そして、カネを手に入れれば夜逃げのように小料理屋を夫婦で退職。気付けば、店内には咲月のような被害者が他にもおり(村岡希美、猫背椿)、しかもみんな貴也を微塵も疑っていない。大した手腕だ。

二人目:うぶで純粋な重量挙げ選手

次の標的は、婚活パーティでみつけたオリンピックの重量挙げ選手・皆川ひとみ(江原由夏)。大きな体格だが純粋で世間ずれしていないひとみに、貴也は妹の治療費が必要なのだとアプローチする。

「気の毒になった」と言い出す里子だったが、それはひとみに対してではなく、あんな巨体の女と夜を共にする貴也に対する言葉だった。心無い里子に対して言葉を荒げる貴也は、まだ、どこか良心を捨てきれていない。

妻がエグイやり方でターゲットを追い詰めていくのは、店の再建よりも、バカな女たちへの腹いせなのだと、貴也は感じていた。

結局ひとみはウェイトリフティングの過度な練習でひざを痛め、夢をあきらめる。貴也はひとみから妹の治療費を借用することに成功するが、後味の悪いものとなった。

三人目:気の優しい風俗嬢

デリヘル嬢のカンナこと太田紀代(安藤玉恵)は偶然出会った女だったが、貴也と妙に意気投合した。

これまで、散々準備を重ねて標的からカネを騙し取ってきた貴也たちだったが、紀代は治療費の話を出すと、嫌な顔一つせず全財産を貸してくれた。すぐに男に貢いでくれる性格らしい。

そんな矢先に、元カレのDV男(伊勢谷友介)が突如紀代の部屋にやってくる。彼女を巡って口論になったDV男と貴也に対して、「私は自立している今の自分が好きだから、放っておいて」と堂々と云う紀代。この風俗嬢は、本作で出てくるどの女性よりもカッコよく見えた

(C)2012「夢売るふたり」製作委員会

四人目:ハロワ勤めシングルマザー

そして最後のターゲットは、ハローワークに勤めるシングルマザーの木下滝子(木村多江)安藤玉恵木村多江じゃ、<阿佐ヶ谷姉妹>のドラマそのまんまではないか。共演シーンがないのが残念。

救急にかつぎこまれた祖父に付き添っていた恵太少年(佐藤和太)と、病院で偶然出会って親しくなった貴也が、滝子に近づいていく。

これまでと違い、貴也が自発的に計画を進めていること、幼い子供が絡んでいること、そして出店計画が順調にゴールに近づいてきたことなどから、そろそろ年貢の納め時が匂ってくる。

そう思っていると、なんと最初の被害者・咲月に雇われた探偵の堂島(笑福亭鶴瓶)が、貴也の身辺を洗っている。

『ゆれる』香川照之に続き、『ディア・ドクター』鶴瓶まで登場だ。どちらかといえば、阿部サダヲよりも詐欺師に見えるが、この鶴瓶探偵が、なかなか頼もしい。

(C)2012「夢売るふたり」製作委員会

夢を売ってきたツケ

開店準備も進んでいるというのに、滝子の家に入り浸り帰ってこない貴也を寂しく思った里子は、彼女の家を訪ねる。

そして、楽しそうに暮らす夫を見て、衝動的に殺意を抱き、夫の出刃包丁をつかむが、雨の階段で転倒してしまう。里子が感情を露わにするのはこのシーンまでだ。

店の再建を目指してなりふり構わずここまできたが、愛する夫を他の女たちにあてがい、心穏やかでいられる筈もない里子。

夫婦には子供はいないが、幼児虐待の報道に怒りをぶつけたり、街でみかけた幼児を可愛がったりと、子供を欲しがっていることが窺える

里子の生理が始まるシーンも、妊娠していないことの落胆を表現しているのか。二人の家に息づいている小さな命は、厨房のドブネズミだけ(そういう意味に思えた)。

里子には貴也への殺意が一瞬芽生えたけれど、心配して駆け寄る少年の差し出す手を握り、冷静さを取り戻したのだろうか。

ネズミ発見の直後の義父からの電話に「帰れるといいですねえ」と涙ぐむ里子が戻りたかったのは、かつての夫婦幸福だった日々かもしれない。

最後に残った人間らしさ

さて、滝子の家に突如現れた探偵と咲月。これで全て終わりかと咲月に殴られるに任せる貴也。だが、事態は更に悪い方へ。貴也の敵と思ったか、探偵の背中を少年の出刃包丁が貫く

刺さった包丁を引き抜く貴也を見て、少年の家族たちは貴也の凶行と誤認。そして貴也も少年のために、その誤解を解かずに逮捕される。

ラストシーン、刑務所に服役し厨房で囚人の食事を準備している貴也が登場する。後ろめたさから解放されたのか、すがすがしさを感じる。

きっと少年を庇い、詐欺罪よりも更に重い、傷害罪の懲役を選んだのだろう。結婚詐欺被害が明るみに出ることを恐れる咲月が、彼を告訴するとも思えないし。

詐欺罪でないら、里子は罪に問われない。刑務所の窓からかもめを見上げ、いつの日か妻との出店を夢想する貴也。だが、同じかもめの舞う空の下、市場で慣れた様子でフォークリフトを操って働く里子には、もはや夫を待つ様子はない。

ああ、里子。あなたは、一人で生きられるのね。まさに『かもめが翔んだ日』(by 渡辺真知子)のようなエンディングである。