劇場版『きのう何食べた?』
ついに、ドラマでも人気を博した、あの「何食べ」が劇場公開。シロさんとケンジがスクリーンで観られる日が来るなんて。
公開:2021 年 時間:120分
製作国:日本
スタッフ 監督: 中江和仁 脚本: 安達奈緒子 原作: よしながふみ 『きのう何食べた?』 キャスト 筧史朗: 西島秀俊 矢吹賢二: 内野聖陽 小日向大策: 山本耕史 井上航: 磯村勇斗 三宅祐: マキタスポーツ 三宅レイコ: 奥貫薫 田渕剛: 松村北斗(SixTONES) 富永佳代子: 田中美佐子 上町修: チャンカワイ 上町美江: 高泉淳子 筧悟朗: 田山涼成 筧久栄: 梶芽衣子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
雇われ弁護士の筧史朗(シロさん)とその恋人で美容師の矢吹賢二(ケンジ)にとって、二人でとる夕食の時間が日々の大切なひとときとなっている。
ある日、史朗の提案で、賢二の誕生日プレゼントとして京都旅行に行くことに。賢二は京都を満喫していたが、道中に史朗からショックな話を切り出されてしまう。
レビュー(まずはネタバレなし)
劇場版だからという気負いなし
よしながふみの人気漫画を西島秀俊と内野聖陽のダブル主演でドラマ化したテレ東系列の『きのう何食べた?』の劇場版。原作コミックは未読なのだが、ドラマの方は放映当時、カミさんと楽しく観ていた。
とはいえ、もともと30分枠のゆるい感じで気楽に観られるドラマだったし、映画を観ることまでは想定していなかったのだが、カミさんの強い要望もあり、初日に劇場に足を運ぶことに。
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公開初日の新聞に、テレ東が全面ぶち抜きの広告を出稿していた。イマドキ珍しいんじゃないか。この作品には意外に思える派手なプロモーション。
だが、映画自体は驚くほど自然体。30分枠のドラマならいざ知らず、二時間の映画の中で、何度も場所や人を変えて、丁寧にレシピを説明しながら料理の過程を映し出すなんて、なかなかできることではない。
観終わってまずもって感心したのは、その点だ。劇場版だからといって、いい意味で、特段これといった気負いが感じられない。
世間には、視聴率を稼いだドラマが念願叶って映画化されると、急に身の丈に合わない豪華ゲストやカネをかけたロケだの特撮だのを取り込んで、本来もっていたテレビサイズならではの面白味や世界観を台無しにしてしまう例がよくある。これは、人気コミックの無理解な実写化と並んで、よくある劇場版の失敗事例だ。
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だが、本作は、もともとドラマの中で大切にされていた、シロさんとケンジの暮らす部屋の中の距離感や空気感、料理を手際よく作って美味しく楽しく食べることの温かみなどを、劇場版でもかわらずに表現できている。
スマホの撮影による縦長の動画が途中から横になる、お馴染みのタイトルバックも健在。劇場版ならではのゲスト出演者はいるが、まったく特別扱いはしておらず、もともとレギュラーだったように見えるほどだ。
そこに作り手の原作愛が感じられる
でも、原作者のよしながふみをリスペクトすれば、自ずとこういうスタイルになるのかもしれない。監督の中江和仁も、脚本の安達奈緒子も、原作の本質をよく理解しているし、原作愛が感じられることが素晴らしい。などと原作も読んでいないのに、想像できてしまう。
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カネを払ってまで、テレビドラマと同じような代物を映画館で観させられるのはゴメンだ。そういう意見はあると思う。私も作品次第では、その意見に同調することはある。でも、本作に関しては、まったくテレビドラマと同じなのがいいのだ。
実際、本作は秋の京都旅行から始まり正月の過ごし方がメインのトピックになることから、正月特番の二時間ドラマで放映されても何ら違和感はないくらい。
それを劇場の大スクリーンで堪能できることに、ちょっと満足感を感じたい。それでいいのだ。劇場には満席に近いほど観客が入っていたが、みんな同じような気持ちだったのではないかな。
今回は京都旅行からのドラマ
ゲイであることを隠しながら弁護士として働く筧史朗(西島秀俊)と、ゲイであることを隠しもせず美容師として働く矢吹賢二(内野聖陽)。 今更言うまでもないが、ダブル主演の二人が素晴らしく、息の合った演技が楽しく、観ていて実に幸福な気分になれる。
冒頭、二人で仲良くでかける京都旅行など、言うなればベタな演出ではあるが、相応に長丁場でも飽きさせない。
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史朗は清潔感のあるちょっと硬質な人物設定で、いかにも西島秀俊に似合うキャラクター。弁護士というとどうも法廷で戦うイメージが強いが、彼は裁判員裁判の仕事は受けませんと頑なに拒否するようなタイプで、よくある熱血弁護士とはちょっと違うキャラなのが新鮮。
シロさんとは対照的に、ケンジの女性的なキャラを、内野聖陽が演じるというのは、逆転の発想で当初は意外だったが、それがこんなに上手だなんて(祝・紫綬褒章)。
本作でのケンジの金髪グラサンのショットもビジュアル解禁されたが、むしろ男っぽい格好の方に違和感さえ覚えてしまうほど、ケンジの容姿が定着してしまった。
その他、お馴染みメンバーに加えて
その他、共演陣もほとんどがドラマでお馴染みのメンバー。小日向(山本耕史)とジルベールこと航(磯村勇斗)のゲイカップル、シロさんの両親(梶芽衣子と田山涼成)。
弁護士事務所の所長(高泉淳子)とその息子先生(チャンカワイ)。ケンジの勤める美容室の店長夫妻(マキタスポーツと奥貫薫)。
おっと、忘れちゃいけない、スーパー中村屋の常連の富永さん(田中美佐子)と店員のおばちゃん(唯野未歩子)。スーパー中村屋、ドラマの頃より店内が小奇麗になったように思えたが、気のせいか?
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映画で初登場なのは、美容室の若手メンバー田渕くんの松村北斗か。原作でも存在感のあるキャラらしい。何でもズケズケと口にしてしまう性格で、今どきの若者っぽいが、実は「よく分かんないけど、何だか、かっこいいよ」な人物であることが判明する。
あと、ケンジの母親役の鷲尾真知子も、初登場だったろうか。こちらの実家は、息子がゲイだと分かっているので、実にオープンでよい。
ケンジが二人の姉にシロさんとの旅行ショットを自慢げに披露して、「いい男じゃない。あんたが姉妹で一番女子力高いわぁ!」と盛り上がるところが、何だか和む。
レビュー(ちょっとだけネタバレ)
ここから少しネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
さりげなく出てくる深イイ台詞
本作はゲイのカップルの話ではあるが、それを前面に打ち出した物語ではなく、中心にあるのは、ご飯を作っては食べる生活。それを繰り広げるのが、たまたま愛し合う男性同士だったのだ。
周囲のひとたちも、もはや彼らのことを理解してくれているし、史朗の両親にもケンジを紹介しており、普通に恋人同士として平穏に暮らしているようにみえる。
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だが、ケンジのことを気に入ってくれた史朗の母は、理屈ではそう思っていても、男性と一緒に暮らす息子を目の当たりにすると、ストレスで体調を崩してしまう。それがきっかけで、史朗とケンジの関係はぎくしゃくしてくる。
孫ができたのよと浮かれる近所の主婦・富永を、史朗たちが祝福すると、「子供って、そんなに大事なこと?」とジルベール(航)が富永に悪態をつく。
一方、美容室の田淵くんが同棲中の彼女にも毒舌なのを窘めると、「一番近くにいる人に、思っていること言えないって、何なんすか」と反論される。
この二人だからこそ、胸に沁みるメッセージ
何でもない誰かの台詞が身に沁みる。史朗とケンジは、今の暮らしを続けたいと思うからか、どこかで遠慮があり、どこかで互いに傷つき、傷つけ合っている。
そして両親に対しても、ケンジとの関係について何か後ろめたく感じてしまう史朗。住む世界が違う。何を言っても、理解してもらえないとあきらめてしまう。それは史朗が弁護を担当した殺人事件で、有罪判決を受けたホームレスの男性の訴えと同じではないか。
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愛する人、大切な人とのすれ違いや確かめ合い。これを真正面から男と女で演じられると、結構こっぱずかしいが、この二人のやりとりなら意外と素直に観ていられる。
それにしても、ケンジは食事の褒め方が具体的でうまいなあと、いつもながら感心する。これなら、作り手も腕の振るい甲斐がある。
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本作は映画単体としての評価は必ずしも高くないかもしれないが、観る者を幸福な気持ちにしてくれることは、声高に伝えたい。早速、ひとつくらいレシピを真似してみよう。