『兄を持ち運べるサイズに』考察とネタバレ|笑いながら泣かされるとは

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『兄を持ち運べるサイズに』

中野量太監督の笑って泣ける実話ベースのドラマ。支えであり、呪縛ではないものの正体。

公開:2025年 時間:127分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        中野量太
原作:        村井理子

           『兄の終い』
キャスト
村井理子:      柴咲コウ
理子の兄:   オダギリジョー
加奈子:      満島ひかり
満里奈:       青山姫乃
良一:        味元耀大
理子の夫:     斉藤陽一郎
理子の父:      足立智充
理子の母:      村川絵梨
大家:        不破万作
警察官:        吹越満
葬儀屋:     浦井のりひろ
児童相談所員:     岩瀬亮

勝手に評点:4.0
(オススメ!)

(C)2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

あらすじ

作家の理子(柴咲コウ)は、突如警察から、兄(オダギリジョー)の急死を知らされる。

兄が住んでいた東北へと向かいながら、理子は兄との苦い思い出を振り返っていた。

警察署で7年ぶりに兄の元嫁・加奈子(満島ひかり)と娘の満里奈(青山姫乃)、一時的に児童相談所に保護されている良一(味元耀大)と再会、兄を荼毘に付す。

そして、兄たちが住んでいたゴミ屋敷と化しているアパートを片付けていた三人。悪口を言いつづける理子に、同じように迷惑をかけられたはずの加奈子はぽつりと言う。

「もしかしたら、理子ちゃんには、あの人の知らないところがあるのかな」

これをきっかけに、理子たちはそれぞれに家族を見つめ直すことになる。

レビュー(まずはネタバレなし)

ぎょっとするタイトルではあるが、兄妹間の怨恨殺人事件ではなく、音信不通に近い兄の突然の訃報を受けた妹が、滋賀からはるばる宮城・多賀城まで足を運び、兄を火葬して遺骨を持って帰る話。

正直、この映画でここまで泣かされるとは思わなかった。

主演の柴咲コウが演じている村井理子は、原作者と同じ名前。つまり、原作『兄の終い』は実話ベースの話なのだが、この兄が長年いかに妹を困らせてきたかという恨み節や、最後までこんなに手間暇かけさせて、という愚痴を中心に割と軽い文体で書かれている。

だから油断していたところに、涙腺を攻められてしまった。

お涙頂戴映画のクサい演出は苦手だし、それに感極まることもないのだが、こういう不意を突く作品には脆い。泣かせを強調しない劇場予告も好感が持てる。

中野量太監督の戦術に嵌っているのか、こんなに泣けた映画は彼の代表作『湯を沸かすほどの熱い愛』以来かもしれない。

映画は冒頭、自室で受験勉強する少年がある本を手に取りページをめくる。「支えであり、呪縛ではない」と書かれた文章の意味は、やがて我々にも腑に落ちるようになる。

舞台は変わり、作家の理子(柴咲コウ)は、(斉藤陽一郎)や二人の息子たちと滋賀で暮らしている。そこに突如、宮城の警察から電話が入り、アパートで死んだ兄を引き取りに来てほしいという。

(C)2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

発見者は息子で小学生の良一。兄は離婚しており、身内は自分しかいない。

兄は子供の頃から母の愛情を独占し、そのくせ母が末期癌に侵されるとすぐに逃げ、定職も持たずに自分にはカネの無心ばかり。

迷惑な存在でしかない兄の訃報に、「早く、兄を持ち運べるサイズにしてしまおう」と、理子は多賀城に向かう。

生活力のない兄に見切りをつけて6年前に離婚した元妻の加奈子(満島ひかり)と娘・満里奈(青山姫乃)、そして兄と暮らし、今は児童相談所が保護している息子の良一(味元耀大)

そこに理子を入れた兄の元家族4人だけの火葬。納棺された(オダギリジョー)の顔がリアルで驚く。

『湯を沸かすほどの熱い愛』では愛する妻をラストで燃やして物議を醸したオダギリジョーが、今度は燃やされる側かと思うと感慨深い。

(C)2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

ゴミ屋敷同然のアパートに残ったものを総動員で処分し、巨大なゴミ処分場に兄への鬱憤を叫びながら投げ捨てる理子と加奈子。

だが、壁に貼られていた幸福だった時代の写真や、残された履歴書、加奈子との会話の中から、理子の知らなかった兄の一面が浮かび上がってくる。

何十年も会っていない瀕死の父親を、娘たちが田舎に訪ねていく、中野監督の作品『チチを撮りに』(2013)とどこか通じるプロットに思える。笑いと泣きのツボを熟知した演出が、本作ではさらに際立つ。

(C)2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

火葬された兄は回想シーンにしか登場しないのかと思いきや、亡霊のような存在として街中に何度か登場する。

それも柔道着を着て走り込みをしたり、バスローブ姿で駅のホームにいたり。オダギリジョー『658km、陽子の旅』(2023、熊切和嘉監督)でも、菊地凛子の亡父で町を元気に彷徨う幽霊を演じていたな。

この手の陽気な幽霊キャラには持ってこいの人選。口だけ達者な調子いいダメ男も、家族思いの実はいいヤツかもなキャラもどっちもいけるし。

兄を軽蔑し嫌悪感しかなかった理子は、訃報にも冷静すぎる態度に息子たちからも呆れられるほどだったが、数日間を加奈子たちと多賀城で過ごすうちに、次第に兄への感情が変化していく

いつもは凛々しく沈着冷静なクールビューティの柴咲コウが、大きな丸メガネとふっくら体型に見える衣装で、イメチェンしているのが新鮮。

主演の柴咲コウに代わり、もらい泣きを誘う役割を担うのが、生き別れた息子と再会し、もう一度家族になりたいと切に願う加奈子役の満島ひかり

子役の青山姫乃味元耀大も泣かせる。味元耀大『ふつうの子ども』(2025、呉美保監督)のヤンチャな問題児少年だった子か。振れ幅の大きさに驚く。

(C)2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

死ぬ数日前に、兄から届いたメールを理子は無視していたが、そこには「ようやく天職をみつけた。これで人生変われる!少し生活費を頼む」とあった。

やれ「ガス給湯器が爆発した」とか、「良一にピアノを習わせたい」とか、「酔って募金箱に5万円入れてしまった」とか、これまでも嘘のメールばかりでカネをせびってきた兄。

当然全て出まかせだと思っていたら、実はそうではなかったことが、徐々に分かってくる。キリン、焼きそば、警備員の制服、ちょっとした小道具がきちんとフックになっているところもうまい。

理子にだけ見えていた兄の亡霊を、住んでいたアパートの部屋に戻って念じればみんなにも見えるはずだと、加奈子や良一も、みな一人ずつ交代で部屋に入る。

それぞれが自分の思い出の中のオダギリジョーに再会できるのだが、この演出が単なる泣かせでないところが心憎い。特に、途中で着替えているのにはつい笑い声をあげた。

笑って泣けるのではなく、この映画は笑いながら泣ける作品ではないか。

「支えであり、呪縛ではない」

理子の著書にあるこの一文が、少し理解できるようになった気がする。